第12話 砂嵐の中で

ノア達がエムザラに出会って1ヶ月がたった。

「遂に出発だな」ノアが完成した大きな車を眺めながら呟く。


「僕、砂漠から出たことないから、これから何があるか楽しみだよ!」エムザラが大きな鞄をパンパンに背負ってやって来る。


「お主、そんなに何を持っていくのじゃ?そんなには持っていけんぞ?」アークが片眉を上げ、腕を組みエムザラに言う。


「そんな…おばあちゃんが残してくれた本は全部持ってきた行きたいんだよぉ」エムザラが眉を落とす。


「エムザラ…本は置いてけよ…」ノアが顔を赤くする。エムザラの本はどれも過激な内容が多かった。言うなれば大人の本だ。


「そんなぁ…仕方ない、厳選するか…」エムザラが渋々本を広げ、どれを持って行くか思案し出す。アークがやれやれと首を振り、大きな車に乗り込みノアも続く。


中はとても広く快適だ。アーク曰くキャンピングカーというやつらしい。


「本当すげーな!改めてありがとうな!」ノアがお礼を言うと、アークは胸を張る。


「これくらい朝飯前じゃ!材料がなくて時間はかかってしまったがの」


「これから冒険が待ってんだな!ワクワクして来たぜ!」


「ノアや、はしゃぐのはいいが気を引き締めるのじゃぞ?今の地球はわしの知る地球とは大きく変わっている」アークが眉根を寄せ何やら難しい顔をする。


「ただの進化でサンドワームの様な生き物が生まれるとは思えんのじゃ…それにお主、身体が重くないか?」ノアは瞳を白くし考える。


「まぁ最初は動きずれーと思ったけど、今は慣れたぞ?」


「うむ、地球の重力が変化している様じゃ…一体何故じゃ…?」アークが腕を組み、うーむと考える。


「まぁそんな悩む事じゃねーだろ?それより早く行こうぜ!冒険が待ってるぞ!」ノアの瞳が興奮で赤く輝いている。


「お主はそればっかじゃのう!まぁ良いわ!確かに今考えても答えは出んからのう」


するとエムザラが肩を落とし車に入ってくる。


「決めた…これらにしたよ…」エムザラは泣く泣くといった面持ちで本を何冊か持っている。ノアが何を持って行くのかと見てみると、前に少しだけ読んだ、余りにも過激な内容で読むのを辞めてしまった本だった。


「本当にこれ持ってくのか…?」ノアが指差し、赤い瞳を向けると「僕の1番のお気に入りだからね」と笑顔で答える。


「エムザラが好きならいいけどさ…」するとエムザラが小声で言ってくる。


「今度、ここに書かれてる様なこと…したいんだけど…いいかい?」エムザラの頬が真紅に染まり、もじもじと上目遣いで見つめてくる。


「無理だろ…これからは車で生活すんだから…」エムザラががっくりと項垂れる。アークが車の運転席に座り幾つもあるスイッチを押す。


「お主らそろそろ出発するぞ!忘れ物はないかの?」2人が「無い!」と言うと車が浮かび上がる。


「うお!浮いたぜ!」ノアが助っ席に座り興奮する。


「当然じゃ!元々島国だった所に向かうのじゃから、飛べないでどうする!」アークがハンドルを握り、手前に倒すとどんどん浮かび上がる。


「本に出てきた車は飛ばなかったと思うけど…」エムザラが釈然としないと顔で訴えかける。


「どれ!出発じゃ!」一気に上昇し、天井部分のハッチが自動で大きく開く。

「こんな出入口なかったよ!?」エムザラが驚き口を開ける。


「すまん…派手にしたくて勝手に改造したのじゃ…」アークが舌を出し可愛く笑う。車はいや、船は高く舞い上がり空を飛んでいく。そんなに早くはないが、砂漠を一気に進んで行く。


「そういや名前つけねーのか?」ノアが地平線の彼方まで広がる砂漠の光景を眺めながら、何ともなしに言う。


「何の名前じゃ?」アークが前を向き操縦しながら聞いてくる。


「この車にだよ」


「僕がつけていいかい!?」エムザラが目を輝かせながらノアの肩に両手を乗せる。


「どんな名前がいいか考えてたんだ!」


「一応聞くよ…」ノアの瞳が青くなり、エムザラはエヘへと笑い言う。


「疾風暗黒丸がいいと思うよ!やっぱり黒い外観とこのファルムならピッタリの名前さ!」


ノアが心の中でため息を吐く。前にエムザラが使っている銃に名前があると聞いた時『惨殺殺人丸』と言っていた。エムザラはどこをとっても素敵な女性だが、ネーミングセンスだけは壊滅的だった。ノアが何も言えないでいるとアークが鼻で笑う。


「そんな中二病、こじらせた様な名前は却下じゃ!もうメルヘンロマンスシップって名があるのじゃ!」ノアが驚きアークを見つめる。アークのネーミングセンスもエムザラと同レベルだった。


「何だい!?その貧弱そうな名前は!絶対、疾風暗黒丸の方がカッコイイよ!」エムザラが身を乗り出し、ノアの頭に胸が当たる。


「何がカッコイイじゃ!可愛い方が良かろう!メルヘンロマンスシップで決まりじゃ!」2人は口論し出しノアがため息を着く。


「ノアはどっちがいいと思う!?」エムザラが耳元で声を上げ、ノアの肩を揺する。


「お主は分かっておろうな?絶対にわしの方が良いに決まっとると!」ノアは人生初めての女と女の板挟みにあい、逃げ出したくなる。だが答えないのは男では無いと口を開く。


「エムノアーク号で良いんじゃねーか…?」


2人は黙り、数秒の後に2人は同時に「ダサい!」と言う。その後、2人は好き勝手に言っていた。「ノアはセンスがないよ!」や「お主のネーミングセンスはどうなっておるのじゃ!」と散々言われ、この2人にだけは言われたくないと思いながらもこの船の名前がどうなるのかとノアは最後まで見届けた。結果、『暗黒女神プリンセス・ヘラロマンス丸・ブリュンヒルデお姫様(仮)』になった。ダサすぎる。もうこの船から降りたいとさえ思ったがノアは我慢する。先生が言っていた。


「男は女性の意見は尊重しなくてはならい」ノアが目を瞑り先生の言葉を噛み締める。


「まぁ取り敢えずはこれでいいよね?ノア?」


「うむ…多少、華やかさに欠けるが良いじゃろ?ノアや?」


「ああ…2人の思いが詰まった素敵な名前だな…」ノアが固く目を瞑り、うんうんと頷いて見せる。決して2人に瞳を見られる訳にはいかない。


しばらく暗黒女神プリンセス・ヘラロマンス丸・ブリュンヒルデお姫様(仮)と3人は快適な空の旅をしていたら突然アークが声を上げる。


「お!砂嵐じゃ!」2人が運転席側に寄ると目の前に天にも届く砂の壁が押し寄せて来ている。エムザラが青い顔をする。


「アークちゃん!迂回して!」


「この速度だと迂回は難しいのう。あと数分もしたら突入するじゃろう。何、砂嵐位でどうこうなるような、柔な作りは…」エムザラがアークの話を遮る。


「ダメだよ!砂嵐の中には奴がいる!」エムザラの身体が震えている。


「ヤバいのか?」

ノアが見つめるとエムザラが真剣な面持ちで頷く。


「アーク、どうにか回避できるか?」


「いまからは無理じゃ…」アークが首を振る。


「なら音を出さないようにできるかい?出来るだけ目立たないように」


「それなら可能じゃ。ステルス機能が付いておる」アークがいくつかのスイッチを押し、暗黒女神プリンセス・ヘラロマンス丸・ブリュンヒルデお姫様(仮)がその場に着地し、エンジンが止まる。すると全体の表面が陽炎のように揺らめき消える。


「これで外から船体は見えなくなっておる」


次第にブリュンヒルデは砂嵐に呑み込まれていく。沢山の砂粒が当たりパチパチと音を立て初め、ゴーっと凄まじい風が船体を揺らす。3人が黙って何も見えなくなった窓を見ていると、一瞬、稲光が走る。キュイーンと高い音が鼓膜に響き、何かが通り過ぎていく。


「サンダーバードだよ…」エムザラが小声で言う。


それらは船体の上を高い音と共に幾つも過ぎていく。その度に雷鳴が轟き、チカッチカと光が視界を染める。次第に雷鳴が止み風も弱くなっていく。視界は開け、先程の光景が嘘のように空が晴れる。


「さっきのは一体何じゃ!?まさか、あれが生物なのかの!?」アークが立ち上がり、ボタンを操作する。


すると外の映像が窓に映し出され、幾つもの何かが空を飛んでいくのが見える。さらにアークが操作すると映像がコマ送りされ飛んで行く生物が映し出される。それは黄色い大きな翼を持ち、長いクチバシ、まばらに黒い模様がある怪鳥で全身が帯電しているように電撃を放っている。


「嘘だろ?あれ鳥か!?デカすぎんだろ!」ノアが目を見開き、瞳が赤くなる。何故か少し楽しそうだ。


「サンダーバード…砂嵐の中を飛び回る怪鳥だよ。あれに仲間達はほとんど食べられたって、おじいちゃんが言っていたよ」


「そっか…かっけぇって思っちまった…エムザラの仲間達を襲った奴なのに不謹慎だったな。ごめん」ノアの瞳が青くなり、申し訳なさそうに謝る。


「そんな事気にしないよ!おじいちゃん達の仲間は僕もほとんど覚えてないし、僕も初めて見たから興奮したよ!かっこよかったね!」エムザラも危険が去って安心したのか、先程の光景を思い出し純粋に楽しんでいた。


2人は「すげかった!」とか「凄い光ってたね」とサンダーバードの話で盛り上がっていたが、アークは1人で難しい顔をしていた。


「アークどうした?そんな難しい顔して?」ノアが話しかけるとアークが口を開く。


「お主も無関係では無いぞ?あれは…あの生物は反物質が影響している…」


「反物質って船動かしたり、ワームホール開く時につかうやつだろ?あの鳥と関係あんのか?」ノアが白い瞳で片眉を上げる。


「そうじゃ本来はエネルギーを生み出す為に使われるもの。そもそも反物質が何かわかるかのう?」


ノアが腕を組む。何度も授業で聞いてはいるが具体的に何なのかは知らない。カシマ辺りなら多分答えられるのだろう。


「良いか?反物質とはこの世の全てが素粒子で構成された物質に対し、鏡に映るような存在じゃ。わしを作った岡村博士が生成に成功するまで仮説でしかなかったのじゃ。その反物質と物質の素粒子同士をぶつけ対消滅反応を起こし、莫大なエネルギーを生み出せる。それが反物質エネルギーじゃ」アークが目を瞑り滔々と語る。


「何となくわかったけど、サンダーバードと関係あるのかい?」エムザラが首を傾げる。ノアは正直よく分からなかった。


「サンダーバードだけじゃなく、サンドワームも同じじゃ。本来、生物は軽い重力と高い酸素濃度で大きくなる傾向がある。じゃが、今の地球はその逆、高い重力と低い酸素濃度なのじゃ。こんなに生物が大きくなるとは考えにくいのじゃ…」アークが一息付き言う。


「地球の生物の体内でも対消滅反応が起こり反物質エネルギーが生成されている…」


その言葉にエムザラもノアもよく分からないと顔を見合わせノアが口を開く。


「それって何か問題あんのか?」


「馬鹿もん!大アリじゃ!このまま生物達が超進化し続けたらどう成るかわかるかのう?怪獣大戦争が起こるぞ!もしかするともう既に地球の何処かで、世界を破壊できるだけの生物が生まれているかもしれんぞ!?ゴジラじゃ!ゴジラ!」アークが興奮するが2人はゴジラがよく分からなかった。


エムザラは思う。私の身体はどうなのだろうかと…

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