第10話 石鹸の匂い

結局ノアは獲物を狩ることは出来なかった。エムザラは狩った砂兎の肉を鞄に収め、ノアはオアシスの水を大量に運ぶ。

「エムザラ…これ…重すぎ…」ノアはヨタヨタと歩きながら前を歩くエムザラに言う。

「いやー助かるよ!僕1人だと、とても運べないからね」そう言うエムザラの鞄は明らかにノアの荷物より重そうだ。大量の肉が入っている自分より大きな鞄を背負いながらも足運びはとても軽やかだ。

「嘘だろ…?俺、これでも身体能力に自信があったのに…」

「ほら早く帰らないと日が沈むよ!」エムザラが先の方で手を挙げている。ノアは歯を食いしばり、砂に足を取られながらも走り出す。

「うぉぉぉ!負けねぇぇ!」

「それでこそ男の子だ!」エムザラも笑顔で走り出す。砂漠の砂の上を跳ねるように走る姿は美しい、デカい鞄がなければだが。



2人が鉄の扉の前に着く頃には日が傾き、砂漠の砂が夕日を受けてオレンジ色に染まっていた。

「はぁ…はぁ…やっと着いたぜ…」肩で息をしながらノアは水の入ったタンクを下ろす。エムザラは息1つ乱れていない。

「お疲れ様。頑張ったねノア!直ぐにご飯を作るから」エムザラが扉を開き、煙を浴びる。中に入るとアークはいない。

「おーい!アーク帰ったぞ!」すると奥からアークの声が微かに聞こえる。

「奥の部屋でまだ作業してるってよ」

「ノアは耳がいいね!僕、聞こえないかったよ」エムザラが感心しながら鞄をドスンとテーブルの上に置く。

「俺から言わせればエムザラの体力の方がすげぇけどな…」エムザラはテヘヘと可愛く笑い、テーブルに肉を広げ始める。

「先にシャワー浴びてきなよ。僕の部屋のがまだ水が出るからさ!」ノアは「わかった。あんがとー」とエムザラの部屋へと向かうと奥の部屋からウィーンやガンゴンと機械音がする。アークが頑張ってくれている様だ。

「アークにもちゃんと礼を言わねぇとな」そう呟き、エムザラの部屋に入る。確か奥まった所がそうだったはずと昨日の事を思い出し、1人で顔が赤くなる。エムザラがここから裸で出てきた時の事が当分は忘れられないだろう。

黒いスーツを脱ぎシャワーの部屋へと入ると小さな鏡とパネルが着いている。それを押すとミストの様な温かいシャワーが出る。石鹸が置かれていてそれを使うとエムザラと同じいい匂いがする。鏡に写る自分はシャワーの熱で顔が赤くなっており、ピンク色にそまった瞳が見えそれを手で隠す。




シャワーから上がり、自分の服に着替えて白いテーブルの所に行くとスパイスと肉を煮込むいい香りがする。もうひとつの廊下の奥から漂って来ているようでノアはそちらに向かう。すると扉の空いた部屋があり、匂いはそこからのようだ。中はキッチンで黒いスーツ姿のままエムザラが料理をしている。

「シャワーあんがとなー」ノアが少し赤い瞳を大きな鍋の前のエムザラの背に向ける。こちらに顔を向けエムザラが少し眉根を落とす。

「シャワー使い方わかったみたいだね。教えるの忘れてたよ。ごめんねー」エムザラは摘みを捻り鍋の火を弱くする。

「あんぐらいなら分かるから大丈夫だ…」ノアがエムザラから目を逸らす。

「それなら良かった。鍋を見ていてくれないかい?僕もアークちゃんを呼んだらシャワーを浴びてくるよ」そう言いノアの横を通るエムザラの香りは今の自分と同じ匂いがした。


ノアが椅子に座りボーっと濃褐色(ブラウン)の瞳で火を見ていると、アークがキッチンにやって来る。

「お帰りなのじゃ!始めての猟はどうだったのかのう?」アークが伸びをしながら言う。

「ただいま。全然ダメだったよ…かすりもしねぇ」ノアがガックリ肩を落とす。

「そうかいそうかい。精進するんじゃな」アークがノアの青い髪を撫でる。

「子供扱いすんな…」ノアが嫌そうな顔はするが手を振り払ったりはしない。

「お主はわかりやすくて可愛いの!」アークがノアの髪をぐちゃぐちゃにする。

「こら!何すんだ!」さすがに手を振り払う。

「ちゃんと髪は乾かすのじゃ。わしもエムザラが上がったら入るから覗くなよ?」ノアが振り返り怒る。

「覗くか!てか、AIがシャワー浴びて大丈夫なのかよ!」アークがため息を着く。

「わしをそこらの機械と一緒にするな!AIである前に乙女なのじゃ!シャワーも浴びられず何百年たったと思ってる!」

「それは臭そうだな…」ノアが黄色い瞳で鼻を摘むと、こめかみにグリグリと小さな拳がめり込む。

「いでぇぇぇ!すまん!ギブギブ!」アークの腕をパチパチ叩く。

「お主、ほんとデリカシーがないのう!この身体は新しいから問題ないのじゃ!いずれ女に刺されるぞ?」一瞬、銀の砂粒がチラつき刃が見える。ノアが頭を下げ素直に謝る。

「申し訳ありませんでした!」

「分かればいいのじゃ」シャワーを浴びたエムザラが部屋に入ってくる。昨日の白いTシャツにジーンズ姿だ。

「アークちゃん上がったよーって2人共、何してるんだい?」こめかみを押さえて、頭を下げるノアと刃を手に持つアークを交互に見る。

「ただの教育じゃ!シャワー借りるぞ!」アークは刃を消し、素足でペタペタと音を立てて出ていく。

「ノア大丈夫かい?」エムザラの言葉に「大丈夫だ」と答える。

「女は怖ぇな…」ノアが青い瞳を向けると、エムザラが薄く笑う。

「そうだよ?女は怖いんだ…」エムザラが熱の帯びた赤い顔をノアの耳元に寄せる。

「排水溝がつまっていたよ…男の子だから分かるけど…シャワー室ではダメだよ?」ノアが石のように固まり冷や汗が流れ、瞳が今までに無いくらい赤く染まる。

「アークちゃんが寝た後に僕の部屋においで…」そう言うとエムザラの赤い顔が離れ、石鹸の匂いを残す。

その後、3人で食べたカレーの味はほとんど覚えていない。アークが時折「お主、大丈夫かの?」と聞いてくるが生返事しか出来なかった。




朝、昨日の残りのカレーを3人で食べる。ノアの目の下はさらに黒いクマが出来ていた。アークがカレーを食べながら心配する。

「お主ほんとに大丈夫かの?昨日も今日も寝不足気味じゃないか」ノアが赤い瞳で明らかに挙動不審気味に反応する。

「いや、その…考え事をしてて…なっ?」ノアの瞳が若干青くなりエムザラを見ると、赤みがかった素敵な笑顔で答える。

「本当にノアはエッチなんだから!」ノアがスプーンを落とし、アークが顔を赤くする。

「何かすまんの…わしが居るとお主も…その…1人の時間が欲しいじゃろうな!今夜から部屋を別々に寝ようかのう」アークが目を逸らす。

「ちが…そうじゃねぇ!違くはねぇーけど…いやちげーんだよ!!」ノアの真っ赤な瞳がエムザラにすがるように向けられる。エムザラは目を逸らし「今夜は早く寝るんだよ?」と赤い顔で言われ、「はい…」としか答えられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る