Noah's ark
マスク3枚重ね
第1話 降り立つ
重く閉ざされたハッチが開く。それが開くのはいつ以来なのだろうか。私が知る限り遠い昔、歴史の授業でそんな話を先生が話していた気がする。真面目に聞いてなかった事をほんの少しだけ後悔するが、もうどうでもいい事だ。何故なら教科書に載るであろう歴史的瞬間を目の当たりにしているのだから。期待と興奮が周囲からも感じる。少しでも外を見ようと背伸びするが大人達の背中がそれを邪魔する。
「クソ、見えやしねぇ」ノアが吐き捨てるように言う。
「まぁまぁそろそろモニターに映るだろうからもう少し待とうよ」ジュエルがノアの背中を見つめながら言う。
「歴史的瞬間が一番に見れないんだぜ?俺は今すぐ見たいんだ!」ノアが八重歯を見せて吠える。
「わかるけどもう少しだって。ほら映ったよ!」
ジュエルが指を指した方を観ると大きなスクリーンには外の景色が映し出されている。
よく見えない。スーツについているであろうカメラとマイクが土煙と先生の息遣いをとらえる。風が強いのであろうスピーカーからは息遣い以外にもヒュゴーッとノイズのような音が聞こえる。
土煙の間から何かが映る。
「おい!見ろ!あれは何だ?!」大人の1人が言う。
「ガラスの柱?」
映像には光を跳ね返す柱のような建造物がずっと先に複数たっている。人工物?この星には知的生命体が居るのだろうか?
「おい!遂に宇宙人と会えるかもしれないぜ!」
興奮するノアが騒ぐ。周りの大人達には感嘆とどよめきが広がる。
「このまま降りても大丈夫なのか…?」
「我々がすんなり受け入れて貰えるとは思えないぞ…」
「相手が友好的なら問題ないだろう。これだけでかい星で資源も豊富そうだし…な…?」
大人達があちらこちらで意見を言い合っている。するとスピーカーから先生の声が聞こえてきた。
「今、歴史的瞬間を目の当たりにし、動揺する気持ちも十分にわかる。だが、この1歩はとても大きな1歩だ。停滞していた歴史が大きく動き飛躍的に加速していくだろう。我々はこれからの変化に適応しなければならない。この星に住む者がいるならば我々はその事を紳士に受け止め、これからの事を友好的に話し合わなければならない。その為には皆の団結力が試される。皆、力を貸してくれ!」
その言葉で皆の顔が引き締まり瞳が赤く光る。
「たっくっ!これだから大人達はよ!」ノアがやれやれと首を振り青い髪が揺れる。
「ノアも内心では心配でしょ?」ジュエルがくすりと笑う。
「な、んな事ねーし!」
「だって瞳青かったよ?」ジュエルは自分の大きく綺麗な瞳を指さしながら言った。
「うっせ!!そんな事ねーよ!!光の加減とか…むしろ興奮し過ぎたかな?!」
ジュエルが吹き出す。
「笑うなよ!!」
「ごめんって、それに大丈夫だよ!きっと素晴らしい星だよ!」ジュエルがなだめるように言う。
「ああ、そうだな外に出るのが楽しみだぜ!!宇宙人の友達100人はつくるぜ!」ノアはニッ笑とってみせる。
「瞳が青いまんまだけど?」
「言うなっ!!!!」顔を真っ赤にしながらノアが叫ぶ。
「おいおい、もう10日だぜ?」ノアが横になり天井にブルーボールをぶつけながら退屈そうに言う。
「安全確認の為だよ。これだけの星だからまず間違いなく生き物も居るだろうし、危険な生き物がいたら大変だよ。」ジュエルは椅子から足をブラつかせながら言う。
「わかってっけど、先生大丈夫か?」ボールが弧を描いたりスローになったりしながら天井から跳ね返るボールを器用にノアはキャッチする。
「先生ならまず大丈夫だよ。あの人の身体能力はずば抜けてるし、それに船長も着いていってるから…それやめたら?またカシマくんが怒鳴り込んでくるよ?」ノアのボールと天井を指さす。
「それは大丈夫だ!話はつけたからな!」ノアが瞳を黄色く光らせニヤリと笑う。
「もしかしてまた暴力?」ジュエルは少し眉を寄せる。
「ちっげーよ!あいつが欲しがってた俺のサイン入りボールをプレゼントしてやったんだよ」ベットから身体を起こしながらドヤ顔でノアは言う。ボールは宙に浮いたままだ。
「多分、カシマくんはブルーボールの重力制御ユニットが目当てだと思うよ?」ジュエルは呆れた顔をしている。
「へ?…アッイツ俺のサイン入りボール分解してやがったら許さん!!」そう言ってノアは部屋から飛び出して行ってしまった。
「やれやれ…」ジュエルは肩を竦める。これから1.2分後には上から罵詈雑言と何かが壊れる音が聞こえてくるだろう。
ジュエルがノアの部屋の棚に置かれたトロフィーと写真ディスプレイを見る。写真には先生とノア、私にカシマくんとサクラテスが写っている。ブルーボールラッツはこの船で行われる4対4のスポーツで昨年、先生率いる私達のチームが優勝したのだ。そのチームのキャプテンはノアで歴代最強の選手だった先生の再来とまで言われているが普段は少々ポンコツなのが玉に瑕だ。
上からバリン、ドガンと物音が聞こえて来てジュエルはため息をつく。ノアのベットに横になり考える。きっと私達子供も忙しくなるだろう。この星でもラッツはできるだろうか。いつものメンバーと、ノアとこれからも居られるだろうかと目を瞑りながら考える。自分の気持ちと向き合う。私達もいずれ大人になるのだから。
ピンポンパンポーン船内放送が流れる。
「調査が終了しました。安全が確認された為、外出が許可されました。船内時間14時にA地区とB地区の人達はaハッチ前に集合してください。続いて15時、C地区とD地区の人達はbハッチ前に集合してください。本日は少し外を見て回るだけになりますので手荷物等は御遠慮ください。詳しい話は集合時にお話しします。繰り返します。……調査が終了し……」
上の物音が聞こえない。するとドタドタと足音が近ずいて来て、けたたましくドアが開かれる。
「おい!聞いた?!外に出られるぞ!マジ楽しみだな!」ノアが興奮で瞳が赤くなる。
「あなたは直ぐに感情が瞳に出ますね。我らがキャプテンがこれじゃ今年は私がチームを優勝に導かなければなりませんかね。」カシマはそう言いながら大袈裟な身振りでメガネをクイッと上げる。
「うっせ!目いいくせにメガネかけてる奴に言われたかね!!」ノアの指が触れるのではないかという距離でカシマのメガネを指さす
「おや?メガネの良さが分かりませんか?これだから素人はいけない」カシマは嘲笑とともに首を振る。ノアが拳をつくり肩を回し始めた所で
「ハイハイそこまで!」サクラテスがピンクの長いサイドテールをなびかせ入ってくる。
「私達も準備準備!A地区の連中も来るから早めに行動!」サクラテスが手をパンパン叩きながら言う。「やっほー!ジュエー!」手をヒラヒラして挨拶をしながら2人を外に押しやる。ぶつくさ言いながらも2人は素直に言うことを聞き出ていく。サクラテスは2人の扱いが上手いのだ。
「テス。ありがとう。2人の仲裁は骨が折れるでしょ?」ジュエルがいつもありがとうと言いたげな顔を向ける。
サクラテスは肩を竦める。
「いい加減なれたわよ。それよりアンタ、ノアに気持ち伝えたの?」突然の質問にジュエルの瞳の色が急激に変わる。
「なっなななななな、ナンノコトカナー??」
顔が真っ赤に燃え上がり瞳も同じように真っ赤だ。
サクラテスは瞳を黄色く細め言う。
「何年一緒に居っと思ってんの?アンタがその感情に気付く前から気付いてたわよ。自覚したのは去年の決勝前でしょ?」サクラテスが図星を着いてくる。
「うぅ…」頭から煙が上がる。
サクラテスはため息を吐く。
「あれから何ヶ月経つと思ってんの?見守るつもりでいたけどもう限界よ!どんだけ気を使ったと思ってんの!?」
「すみません…」ジュエルは項垂れる。
「この外出はチャンスよ!カシマを遠ざけるからジュエは自分の気持ちをちゃんと伝えなさい。じゃないとあの鈍感はいつまでも気付かないままよ!ノアはちゃんと受け止めてくれるはずだから。」そういう彼女の瞳が淡い水色に変わり優しく微笑む。「はい!そうと決まれば行くよー!集合時間に遅れる」サクラテスが背中を押す。
「わかった!私頑張ってみるよ!この気持ちちゃんとノアに伝える!」ジュエルは胸を張って歩き出す。その背中を青い瞳が追いかける。「これでいいんだよ…」そう言葉を残して。
aハッチ前に私達は集まる。少し早くに着いたがA地区の人達が何人か既に待っていた。
「よっう!ノア!!B地区の連中はトロくてダメだな!これじゃ今年の大会は俺たちが優勝かな?!」金色の髪をたくし上げながらバッシュが馬鹿にしたように紫の瞳で私達を迎える。
彼等はA地区の人達で毎年決勝戦を争っているライバルだが、それ以上に地域性の問題もある。彼等は言わば金持ち連中だ。船内の権力者達がA地区に住んでいてそれ以外が別区画に住んでいる。勿論みんながそうでは無いがバッシュの様な差別意識があるやつもいる。私はそんな彼等が少し苦手だがノアはそうでも無いらしい。
「よう!バッシュ!相変わらずはえーな!さすがは最速の選手だぜ!でも今年も優勝を譲る気はねーよ!!」ノアは黄色い瞳でニヤリと返す。
「ちっ…お前さえ居なけりゃ優勝はうちのチームで間違いないんだがな。お前いい加減A地区に戻って来いよ。B地区の連中といるとお前の力も宝の持ち腐れだ。」バッシュがノアに真剣な顔を向ける。
「わりーなバッシュ!お前とチームを組むのも悪かーねぇけどよ、俺はB地区の皆が好きでこのチームで勝ちたいんだよ!こればっかりはゆずれねーさ」そうノアが言い終えるとバッシュは瞳を青くしながら「そうかよ…」といい、私達を一瞥したあと舌打ちをした。
「お前ら行くぞ」と取り巻きと一緒に少し離れた所にいってしまった。
「良いんですか?あなたは本来あちら側の人間でしょう?あなたがいずとも私たちの優勝は揺るぎませんよ?」メガネが余計な事言ってサクラテスにドツかれる。
「ぐっご」カシマが倒れ込みそれを見たノアが笑いながら言う。
「何言ってんだ!俺が居なけりゃA地区どころかC、D地区にも勝てやしねぇよ!」ノアが黄色い瞳を向けほんの少し赤い色に染まった気がした。「まぁ気にすんな!あんがとなカシマ!」ノアが照れたように後ろを向いたまま言う。
「別にそんなつもりで言ったのではありませんよ。私のデータベースがあれば先程の言葉は事実になります!」カシマは起き上がりメガネの
ズレを治し瞳を隠す。多分赤く輝いているのだろう。
「そろそろ時間だよ。人も集まってきたみたい」
ジュエルが周りを見ながら言うとスピーカーから先生の声が響き始める。ピーン
「あーあーマイクテスト、マイクテスト、大丈夫そうだね。皆さんおまたせした。遂に皆がこの星に足を踏み出す時が来ましたね。いくつかの説明と注意事項を話しておく。まずこの星は酸素濃度も正常で未知のウイルスが蔓延してるって事もない、多少放射能度が高いが問題ないだろう。つまり我々が住むのに適した環境だったって事だ。それとこの周辺で危険な生物がいることもなかった。大人しい生き物ばかりだったよ。多分外敵が少ない影響だろうね。それと知的生物の痕跡はいくつか見られたが半径150km圏内には居ないことも判明した。この10日間誰も接触してこない事を見るにこの星は何らかの問題で放棄されたか、半径150km圏外に居るが接触できる状況じゃないって事だ。つまり安全に散歩を楽しめるって事だ!時間の限りこの星を楽しんでくれ!」
皆から歓声が上がる。
「ただし、注意事項がある。あの柱の様な建造物には近ずかない事、老朽化が進んでるみたいでいつ崩れてもおかしくない。それとこの星の水は口にしない事!死にはしないが腹を壊すから注意だ。」
それからいくつかの注意事項をのべてから先生は一言。
「楽しんで来てくれ!」
その言葉で大きな音をたててハッチが開く。グッゴゴゴゴ、ガシャン眩しい光が瞳に入る。目を細めなければ外を見る事も困難だろう。一気に風が船内を駆け巡る。新鮮な空気が肺の中に入ってくるこれが外の空気だ。人工的に作られた空気とは違う新鮮な空気、身体の血管1本1本に酸素が巡るのがわかる。
「俺が1番のりだ!」ノアがそう言うと一気に走り出す。彼の身体能力で一気に跳躍し大人達を軽々と飛び越えていく。
「待ってノア!」遅れて私たちもノアに続いて駆け出して行く。後ろでバッシュが「出遅れた!」
と叫ぶ声が聞こえた気がした。
私達がノアに背に追いつく頃にはもう外に出ていた。頭上には青い空が広がり所々に白く大きな雲がゆっくりと流れている。ほんのり暖かさを感じる風が頬を撫でる。
「広いな。あれが空だろ?ホントに青いんだな!たけーし!反重力ブーツで飛んでも届かないぜ!」ノアが振り向いてそう言う瞳の色は虹色に輝いていた。その瞳の色はこの星の空よりも鮮やかで深く吸い込まれそうになる輝きを放つ。私の胸は高鳴っている。
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