眼鏡、外せば

宇宙(非公式)

眼鏡、外せば?

「その眼鏡、外した方いいと思うよ」

「そうかなあ」

「私は外した方が好き」

「でも、外すとなあ」

 俺は困ったような顔をして見せる。目の前の少女は夜に包まれた教卓の上に腰掛けた。星空が窓から俺たちを覗いた。俺は大人しく最前列の席に着いた。彼女は紺色のスカートを揺らす。星のワッペンがついた髪ゴムでまとめられたポニーテールが揺れた。

「しかし、これを外すと君も、この机も見えなくなるんだ」

「それは、私もだけどね」

 彼女も眼鏡をかけている。金色の丸眼鏡だ。

 彼女は相変わらずの無表情ではあるけれど、その顔にはどこか不安そうな色が含まれている。

「色は一個前のお題か」

「どういうこと?」

「いや、こちらの話」

かなり小さくつぶやいたつもりだったが、彼女には聞こえていたらしい。時代の進歩を感じる。チャイムが教室いっぱいに響き渡る。もう、そんな時間か。僕は眼鏡をとった。


 僕は眼鏡、もといゴーグルを取る。耳につけているイヤフォンから、機械的な女声が聞こえてきた。

「指示が終わったら、イヤフォンとスーツを脱ぎ、部屋から出てください」

 最新式の設備で、VRの中でキャラクターと会話できるというエンターテイメントだ。最近俺が熱中しているもので、話していた彼女は実在しない。俺ももう二十六歳だ。

 虚しさと浮遊感の混じった気持ちを噛み締めながら、駅前を歩く。虚しさの方が勝ったのか、口から溜息が溢れた。

「何やってんだ」

あの女の子にも会えるわけじゃ無い。そう思っていた。思っていた。思っていたのだが、現実は違った。

 目の前に、あの女性がいる。いつもの無表情を、多大な驚きで包んで。かく言う僕も多分、彼女よりも驚いている。あの施設でのVR中のキャラクターは、架空のものじゃなかったのか。

「もしかして、あのVRの」

「じゃあ、あなたも?」

 お互い頷き合って、笑い合った。あの施設の運営者は嘘をついていた。だが、それでもいい気がする。

 どうでもいいことだけれど、彼女はやはり、金色の丸眼鏡をかけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眼鏡、外せば 宇宙(非公式) @utyu-hikoushiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ