5
「……さて」
笑いを引っ込め、公爵とその次男を見下ろす王太子に、数秒前までのどこか緩さのある気配は微塵もない。
縄をかけられ跪く二人を冷たく見据える目は、まさしく未来の為政者のものだった。
「マティス・フォンティーヌ公爵。お前が、フローレンス・アーデン侯爵令嬢毒殺未遂事件の首謀者であることは調べがついている」
「違──」
公爵が口を開くが、王太子の視線を受けた騎士がすぐさま彼を床へ押さえつけ、言葉が途切れる。
「この
「はっ」
公爵親子は布で即席の猿轡をかまされ、沙汰の続きを言い渡されることになった。
「公爵家次男、サムエル・フォンティーヌ。お前は父、マティス・フォンティーヌ公爵と共謀し、フレイヤ・アデルブライト夫人を誘拐・監禁した。お前たちの企みを私へと伝え、王家への忠誠を示した嫡男、ギデオンについては寛大な処置とするが……お前たち二人は身分剥奪の上、西の塔に生涯幽閉とする。……連れて行け」
「はっ!」
公爵──いや、公爵であったマティスとその息子のサムエルは、騎士たちに引きずられるようにして連れて行かれる。
隣室からは、縛られていた手首を軽く擦りながら嫡男のギデオンが現れ、王太子の前に跪いた。
公爵に掛けられたのは赤ワインだったのか、白いシャツに血のように赤い染みが広がっている。
「……ギデオン」
「殿下……申し訳ありません。まさか父がここまでの暴挙に出るとは……」
「あの者たちの企みの気配を察知し、すぐさま私に知らせたことで不問とする。着替えてくるといいだろう」
「殿下の寛大さに、心より感謝申し上げます」
騎士に案内され、ギデオンが場を辞する。
入れ替わるようにして、走ってくる足音があった。
「奥様の靴見つけまし──殿下!」
足音の正体は、フレイヤの靴を手に駆け戻ってきたジンだった。
慌てて跪くジン。彼の言葉で再びフレイヤへと意識を向けた王太子は、さっと口元を押さえるが、笑いを隠せていなかった。
「いや、すまん。災難だったな、フレイヤ夫人」
羞恥心で消え入りそうになりながら、フレイヤは目礼した。
「お、王太子殿下の御前でこのような……申し訳ありません……」
「オウェイン殿下、フレイヤは足も手も怪我をしておりますので何卒お許しください」
「なんと……。ローガンの我儘で離さないのかと思っていたが……」
王太子は一度瞼を伏せると、真剣な表情になってフレイヤを見つめた。
「本当に、巻き込んでしまいすまなかった。恐ろしい思いをしただろう。詫びや金では気が収まらないかもしれないが……奴の悪事の現場を押さえることに成功した報奨もかねて、せめて見舞金は贈らせてくれ」
「もったいないお言葉にございます」
「殿下、腕のいい侍医もお願いします」
「無論だ。傷一つ残らぬように治療せよと厳命しておこう」
(ローガン様!? 殿下!? そんな命令されるお医者様が心底気の毒です……!)
フレイヤの負傷は、縄を切ろうとした際に油断してナイフがかすめた手首付近の浅い切り傷と、樹皮がちょっと刺さって足の裏がわずかに切れたくらいだ。
あと一分ほど待っていれば、ローガンたち騎士が救助のため突入していたわけで、フレイヤが一人で突っ走ったために余計な怪我をしたとも言える。
それに対して王家から見舞金だの侍医の派遣だのとなると、過分なものに思えて仕方がなかった。
だが、断っては角が立つこともわかっているので、フレイヤは何も言わずに受け入れることにする。
「しかし──」
再び面白そうな顔になった王太子は、フレイヤとローガンを交互に見やった。
「その様子だと、上手くやれているのか? 近頃ローガンがこの世の終わりのような顔をしていたから、てっきり大喧嘩でもしたのかと思っていたが」
一体どんな顔なのか気になる。
そして、“近頃”というと、フレイヤに口づけなどをしてから帰ってこなくなった間のことだろうか。
「大喧嘩、というわけでは……」
歯切れ悪く言うローガンを見て、王太子は笑みを深めた。
「ではなんだ? 夫人に愛想を尽かされそうになっていたのか」
「……そんなところです」
「いえ、あの、そんなことは……。私はただ、ローガン様と話をしたかっただけなのです」
フレイヤがそう言うと、ローガンはわかりやすくぎくりと身体を強張らせた。
「聞きたくない……が、君一人守りきれずに、こんな騒ぎに巻き込んでしまった」
唇を噛み締めたローガンは、悲痛な覚悟を滲ませて続けた。
「……覚悟を決める時間が欲しい。一週間……いや、できれば一ヶ月ほど──」
さらに一週間も一ヶ月も対話をお預けをされるのは勘弁だ。
遮られるより先に言ってしまえと、王太子や騎士など周囲に大勢いることには目を瞑り、フレイヤは端的に告げた。
「好きです」
「……は……」
フレイヤは、ローガンのこんなに気の抜けた顔を初めて見た。
まさに“ぽかん”といった感じで、目は見開かれ、口も半開きになっている。
王太子がくすくす笑う中、フレイヤはもうどうにでもなれという気持ちで、ローガンの頬を両手で挟んだ。
「身長や顔や筋肉はどうしようもできないという言葉の意味がよくわからないのですが……私は昔からずっと、ローガン様のすべてが大好きです。あなたはお姉様の婚約者で、お姉様のことを想われているのだとわかっていても……ずっと好きでした。今も、大好きです」
「…………」
長い沈黙のあと、ローガンは王太子の方へ視線を向け、呆然として問う。
「殿下……これは、夢ですか」
「いや、現実だぞ」
「なるほど、やはり夢ですか」
「しっかりしろ、現実だ」
王太子は呆れたように笑い、「ジン、ローガンを引っ叩いてやれ」と言うが、ジンに「王太子殿下のご命令でも絶対に嫌です!」と断固拒否されていた。
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