６
フレイヤの予想通り、コネリー侯爵家の夜会は、若い令嬢やその父兄、有力貴族たちがひしめく豪華絢爛なものだった。
（これは……壮観ね……）
言葉を失うフレイヤをローガンがそっと促し、二人は会場の中央へと進んでいく。
そこでは、本日の夜会を主催するコネリー侯爵が、招待客たちから次々に挨拶を受けていた。
若き侯爵は、見目麗しい貴公子という評判通りの人物のようだ。
涼やかな白金の髪はゆったりと長く、シャンデリアの光を受けてキラキラと輝く。目は深く澄んだ海を思わせる深い青で、男性らしい輪郭はありながらも、「美人」と賞するのがふさわしい印象だ。
にこやかに挨拶をする様子を見ていると、コネリー侯爵がふと、こちらへ視線を向ける。
そして、ふんわりと柔らかに微笑んだ。
（……なんだか、出会った日のローガン様を思い出すわ。寄宿学校に入られる前は、まだ線が細くて、華奢な王子様みたいだったのよね）
懐かしい気持ちに浸っていると、ぐっと腰を抱き寄せられる。
どうやら挨拶の順番が回ってきたようだ。
「やあ、ローガン。久しぶりだね」
「……ああ」
どうやら二人は知り合いらしい。
ローガンはコネリー侯爵と打ち解けた──というよりは、ややぶっきら棒で遠慮のない口調で話し始める。
「婚礼の時には顔を出せなくてごめん」
「いや、継承で大変だったんだろう」
「そうそう。国内外を飛び回っててもうバッタバタだったよ。……それで、愛しの奥様を紹介してくれないのかい？」
「…………」
数秒沈黙していたローガンは、フレイヤをより引き寄せながら「妻のフレイヤだ」と短く紹介した。
流石にこの挨拶の場面では『口を塞ぐ』宣言は無効だろうと判断して、フレイヤは礼をする。
「お初にお目にかかります、コネリー侯爵。ローガンの妻、フレイヤです。どうぞお見知りおきくださいませ」
「初めまして、フレイヤ夫人。ローガンには昔から親しくしてもらっているんだ。……遅くなったけれど、結婚おめでとう。今宵のパーティーを二人で楽しんでくれると嬉しいよ」
「ええ、ありがとうございます」
「ではな」
「うん、またね」
挨拶待ちの人々がまだまだいるので、二人は侯爵のもとを離れる。
（侯爵様とはどういう関係なのかしら。聞いてみたいけれど……余計なことを言ってまた公衆の面前でキスされるのは避けたいわ）
何がきっかけでローガンが暴走するかわからないので、フレイヤは沈黙を選んだ。
「何か食べるか？」
「…………」
「はい」くらいは言っても大丈夫だろうとは思ったが、話し合いの手段を封じられていることへのちょっとした反抗心で、黙ったまま頷いてみる。
ローガンがほんのわずかに眉尻を落とすので、フレイヤは罪悪感を抱くのと同時に、胸の奥がきゅっとなるのを感じた。
（今日は睨まれていないせいかしら？ それとも、ローガン様に嫌われていないようだとわかったから？ なんだか、彼の感情がちゃんと表情から伝わってくる気がするわ）
口元を自分の手で押さえて防御し、「食べます」と囁いてみる。ローガンは小さく頷いて、食事が並ぶテーブルの方へと歩を進めた。
盛装のドレスなのであまりお腹には入らないが、用意されている食事はどれも美味しそうで、フレイヤは厳選しつつ口に運んでいく。
果物にも手を伸ばそうとした時、会場内がにわかにざわついた。
（あれは……！）
会場に入ってきたのは、壮年の男性一人と、二人の青年だ。
先頭を歩く壮年の男性は、ベリシアン王国宰相、フォンティーヌ公爵である。白髪交じりの黒髪は六十歳近い年相応だが、恰幅よく威厳あふれる姿に老いは感じられない。
続く青年は、公爵家の子息たちだ。
フレイヤの脳内に収まっている貴族名簿が正しければ、黒髪で冷たく暗い雰囲気の方が嫡男のギデオン、栗色の髪で人当たりのよさそうな雰囲気の方が次男のサムエルのはずだ。
ギデオンは二十四歳、サムエルは二十一歳でともに未婚。
公爵でおまけに宰相という大貴族の子息なのに婚約者も未定なので、特に嫡男の方は訳ありなのではないかと噂され始めているが、それでも妻の座を狙う令嬢は多いことだろう。
その証拠に、コネリー侯爵へ狙いを定めていた女性たちの一部は、二人の公爵家子息へ熱視線の先を移している。
フレイヤは彼女たちとは違った意味で、彼らに注目していた。
白百合の茶館で令嬢たちが話していたように、何者かがアーデン侯爵家の令嬢フローレンスを排除し、レイヴァーン伯爵家のソフィアが王太子の婚約者の座につくことを狙ったのならば、伯爵家に圧力をかけられる程度の力がある人間である可能性が高い。
すなわち、侯爵家以上の家柄ということになる。もしくは同格か少し格下でも、レイヴァーン伯爵家に関する弱みを握っているとかだ。
フレイヤが知る限り、父伯爵は弱みとして握られるような後ろ暗いことなんてしていないし、相手が格下であれば告発して逆に排除することも可能だろう。
なので、一旦格上に限定してみた場合、侯爵以上の貴族家と、大臣以上の役職者が怪しいということになる。
ただ、そこまでの大物だと、犯罪に手を染めるなどという危険を冒さずとも、伯爵家にはある程度働きかけられるはずだ。
狙いが王太子であれフローレンスであれ、毒などという物騒な手段に手を出した時点で、何かよほど大きな企みが裏にあると考えられる。
正直なところフレイヤの手に負えない事件だし、当然、こんな場で悪巧みについて黒幕自らペラペラと喋るわけはないが、夜会は重要な社交の場だ。
何かしらの情報が行き交う可能性は非常に高いので、さり気なく聞き耳を立てるのが本日の作戦とも言えない作戦である。
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