4
城下の大通りは、夜になっても多くの人で賑わっている。
旅人に空室の案内をする宿屋、新酒の入荷で盛り上がる酒場、大道芸人。
王侯貴族が催す大きな夜会なんかも賑やかなのだが、フレイヤはこの雑然として活気に溢れた街の音が好きだった。
「連れ出したオレが言うのも変な話だけどさ」
「なに?」
街中では完全に口調を崩したユーリが、ふと、からかうような視線を向けてくる。
「結婚して早々、他の男と二人でこっそり出歩いてていいわけ?」
「……!」
わかりやすく目を見開くフレイヤを見て、ユーリはぷっと小さく吹き出した。
「今気づいたのかよ」
「だって、ユーリはユーリで……男の人だってことは忘れてないけど、そんなこと考えもしなかったから」
「まあ、そうだろうな。オレの方も、妹か弟みたいなもんだと思ってるし。じゃなきゃ、旦那様と奥様も流石に黙ってない」
子供の頃のユーリ、フレイヤ、ルパートは、まるで三兄弟のようだったと言われる。
フレイヤが伯爵令嬢らしく振る舞えるようになり、ユーリが一応は敬語を使い始めるようになったのちも、きょうだいのような関係や気安さはあまり変わらない。
「さて、今日はどこに行く?」
「これが最後になるかもしれないし……馴染みのお店にちょっとずつ、全部顔を出そうかな」
「そいつは大変だ」
肩をすくめたユーリだが、「これが最後になるかも」というフレイヤの言葉がその通りであろうことは理解していた。
「食いすぎて腹壊すなよ」
「ぎゃっ!」
ぐしゃっとフレイヤの頭を撫で、令嬢とは思えない濁った悲鳴にけらけら笑いながらも、彼の瞳の奥には複雑な感情が微かに揺らぐのだった。
ある程度馴染みがある店全部に顔を出そうかと意気込んだフレイヤだったが、時間は限られている。
いくら腕が立つユーリがそばにいると言っても、彼は一人。
街がまだ賑わいの
そのため、特にお気に入りで、仲のいい常連客もいる二つの店へ行くことにした。
そこで『親に見つかってしまったから、今後はなかなか来られないかも』のような話をしておけば、街の情報網で、交流があった人たちにはそのうち伝わるだろうと踏んだのだ。
「うおっ、レイじゃん! 無事だったのか!」
「うん……まあ、一応」
毎日のようにこの大衆食堂で夕食を食べているという馴染みの面々が、三、四ヶ月ぶりに現れたフレイヤを見てわらわらと近づいてくる。
「もしかして、お父さんとかに見つかっちゃった?」
「俺はてっきり、結婚でもしちまったのかと思ってたぜ」
「あー、僕も」
理由案として考えていたものと、実際の理由の両方が出て、フレイヤは曖昧に笑った。
「そんなところ。だから、次はいつ抜け出せるかわからないんだ」
「そっかぁ」
“稀によくいる”お忍び客に、こういう例は少なくないのだろう。
それ以上深く尋ねられることはなく、話題は王都の流行や身近なニュース、時に猥談、そして真面目な話など、脈絡なく様々に移り変わっていくいつもの流れになるのだった。
──二つの店でそれぞれ一時間ほど過ごし、フレイヤは屋敷へ戻ることにする。
来た時と変わらず活気に溢れている三番街を見納めるようにしながら、帰路を辿った。
豪商や貴族の邸宅が立ち並ぶ区域が近づくにつれ、少し気が重くなる。
しかし短い時間とはいえ思い切り羽を伸ばせたので、少なくとも半月くらいは、この上ない暇にもローガンの無関心にも耐えられるだろう。
「……お嬢様が夜に出歩けるってことは、ダンナ様の帰り、やっぱり遅いんです?」
「遅いっていうより……しばらく帰ってきてないの」
「あー、そういえばまた殿下が王都を出てるんでしたっけ。新婚なのにこき使われて可哀想だけど……ま、仕方ないか」
何か含みのある言い方が気になって、フレイヤは「どういうこと?」と首を傾げた。
「いや……どうも、殿下のまわりがきな臭いみたいで」
「……ローガン様も、殿下の周辺は安全じゃないって言ってたわ」
「…………」
ユーリが沈黙し、立ち止まる。
「あの話、いよいよ真実味が増してきた気がするな」
(あの話……?)
またもや首を傾げるフレイヤを、ユーリの青い瞳が真っ直ぐに見つめた。
「なんの確証もないから、
「ええ」
「フローレンス嬢はどうも、病気じゃなさそうなんですよね」
「え……?」
フローレンス嬢──王太子の元婚約者で、アーデン侯爵家の次女だ。
彼女が突然の病に倒れ、王太子妃を務めるのが困難な病状であることから、新たな王太子妃候補を立てる必要に迫られ、姉のソフィアが殿下に指名を受けた。
それを受けてソフィアとローガンの婚約は解消され、代わりにフレイヤがローガンと結婚することになった──いわば、すべての起点のような人物である。
その彼女が病気ではないとは、一体どういうことなのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます