第10話 兄貴

 都心から電車で40分ほど離れた場所。静かな住宅街にあるマンション。

 呼び鈴を鳴らすとすぐにドアが開いた。

「いらっしゃい。」

 奥さんは笑顔で出迎えてくれた。

「こんにちは。」

「お久しぶりです。」

「どれくらいぶり?」

「ちょうど一年ぶりだと思います。」

「はや。なんか年々時間が過ぎるのが早くなってる気がする。あ、座ってて。今飲み物持ってくるから。」

「ありがとうございます。」

 葉子さんは自虐気味に笑いながらキッチンに入っていった。

 天気の良い昼間。

 換気のために窓が開けられていて、入ってくる心地よい風でカーテンが揺れている。外からは車やバイクが通る音が時々聞こえる。

「・・・。」

 忙しい日常を送っていたせいか、ここの空間はとても居心地が良く感じられる。

「せっかくお休みなのに奥さんほっといていいの?」

 オレンジジュースとお菓子を目の前に置かれる。

「毎年この日はここに来るって分かってますから。」

「そっか。ありがとう。」

 葉子さんはかすかに微笑んだ。

「あれから何年たった?もうずいぶん前のような気がするけど。」

「今年で10年経ちます。」

「・・・もうそんなに経つのね。」

「兄貴にお線香あげてもいいですか?」

「うん。」

 立ち上がり、隣の部屋に置かれた兄の仏壇の前に座る。

「・・・。」

 兄の写真は10年前から変わることなくずっと笑っている。


 笑っている。


 不思議なもので他の表情がはっきり思い出せない。うっすら想像は出来るけれど目の前の写真のようにはっきりとは思い出せない。


 ・・・。


 手を合わせ目を閉じる。


 正直去年までは一言二言心の中で話しかけ手を合わせていた。けれど今年は違う。「真野」の事を伝えなけれいけない。真野の娘の担任になった事、三者面談で真野本人に会った事も。

 これから自分はどうすれば良いのか?

 真野に真実を追求してきちんと謝罪させる事が正解なのか?それともただ黙って時間が過ぎるのを待てばいいのか。

 ・・・。

 10年前の事を掘り起こすのはどうなのかと少し疑問に思う所はある。けれど自分の心の中のざわつきを無視することは出来ない。

 兄が不幸のどん底に落ちながら死んでいった過去は忘れてはいけない・・・。


 兄はどんな事を思って死んでいったのだろうか。


 ふとそんな事を考える時がある。復讐してやりたいと思っていたのだろうか。それとも自身の病気でそれどころじゃなかったか。それは兄貴にしか分からないがそれでも想像せずにはいられない時がある。


 ・・・・。


 兄の写真からは何も語りかけてはこず、変わらずに笑っている。

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