大きな人

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結婚前夜

お母さんが料理を作ってくれる。

大人という文字通り大きな背中を見せつけて。

私も料理をしようと思ったけれど、難しくて諦めてしまった。


ただ将来きっとあんな風にならないといけないのだろう。

大きくなったら、小さな人に背中を見せつけないといけないのだろう。


私にできるのかなぁ。

料理も苦手で、裁縫も苦手で、全部苦手。

大きくなりたくないなぁ。


ずっと小さな人でいたいな。

大きな人の背中を見つめ続けて、愛されて、助けてくれて、それでいい。

お母さんの後ろにずっといたい。


でも、気づけば身長が同じくらいで、なんだったら通り越して、お母さんの背中が小さく見えた。

いつか来ること。

分かっていたことだよ。

もう私は大きな人なんだよ。


友達に紹介された人と仲良くなって、同棲し始めた。

頑張って作った料理を出す。

お母さんが作ってくれた方が明らかに美味しい料理。


「美味しい」


言ってくれる。

飾り事かもしれない。

裏では不味いと思っているかもしれない。

でも、そう言ってくれるだけで嬉しい。


「本当に?」


一応聞いてみる。

これで「実は~~」とか言われたらショックだけれど。

でも、知りたいんだ。

本当に私は大きな人になってしまったのかと。

確かめたいんだ。


「僕はさ。

あまり味が分からないんだ。

決して味覚障害っていう訳じゃない。

豚肉と鶏肉の違いが分からない。

回転寿司と高級な寿司の違いが分からない。

味はするんだ。

でも、分からない。

だからさ、僕が判断するところって頑張っているかどうかなんだ。

一生懸命に作ってくれた料理なら美味しいって感じるんだ」


どうやら私は大きな人になったようだ。

誰か一人の手助けができる。

私が想像する立派な大きな人だ。

嬉しい。


「ありがとう」


同時に怖い。


大きな人になった。

なってしまった。

期待に応えないといけない。

子供だからは言い訳にできない。

大きな人なのだ。


いつか来ること。

お母さんの背中が懐かしい。

その背中を見る側で良かったんだ。


でも、やっぱり私は見せる側にならないといけない。

次の誰かにその背中を焼き付けないといけない。

私は大きな人なんだ。


久しぶりに家に帰る。

鍵を開けて、靴を脱いで、廊下を歩いて、扉を開ける。

そこにはお母さんの背中があった。


やっぱり娘でありたいな。

私にお母さんは力不足だ。


「お帰り」


こっちを向いて来る。

雄大な背中とは裏腹に本気で心配している顔。


あぁ、不安なんだな。

娘を送り出す初めての経験。

お母さんはお母さんであっても、結局元は小さな人だったんだ。

背中を見る側だったんだ。


皆元は小さな人だった。

そうだった。

そう思うと気が楽になる。

この経験は私だけじゃない。


私は大きな人だ。

本質は人なんだ。

それ以上でもそれ以下でもない。

人なんだ。


限界はあるし、できないこともあるし、弱点もある。

でも、できることもある。

そういう存在なんだ。


「ただいま。お母さん」

「相手の方はどうだった?」

「とってもいい人。

結婚しても後悔はないと思うよ」

「そうなの。

良かったねぇー」


心配する顔から、明るい顔に変わった。

やっぱり人だ。


「私はいつかお母さんになっちゃうんだね」

「私にとってはいつも通りの娘よ」


それもそうだ。

お母さんの前では小さな人になれる。


「娘でいさせてくれてありがとう」

「どういたしまして。

お母さんでいさせてくれてありがとう」

「どういたしまして」


誰しも母がいる。

誰しも親がいる。


その事実を知って安心した。

やっぱり人は人なんだ。

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