引き抜いた聖剣が独占欲剥き出しなヤンデレ彼女面してくる件

藍浦流星

この聖剣、ヤンデレにつき

 聖剣マルティアナ。

 それは1000年前に初代勇者が使っていた聖なる魔力が籠った剣。世界の中心地であるハイベルズ王国、その王城内にある選定の間の台座に突き刺さっており、王国騎士団の厳重な監視の下、大切に保管されてきた。


 伝説の聖剣というだけあってその力は特別であり、たった近寄るだけで暗黒の魔術はかき消され、魔族は忌避感を示すほど。まさに最強クラスの退魔の力を宿す剣だが、当然ながら誰にでも扱えるものじゃない。


 剣を引き抜ける基準は不明であり、例え勇者の血族でも引き抜けない。だからこそ王国は年に一回、我こそは聖剣を引き抜くに値する強者だと、世界のあちこちで募集を募り、手当たり次第に聖剣の担い手を探す。


 しかし誰も剣を引き抜くことは出来なかった。

 これには勇者の血族も、王族も頭を悩ませた。

 剣が何を望んでいるのか、特殊な力や血筋じゃないなら何が良いのか。


 明確な答えがわからないまま、いたずらに時が過ぎていく。

 そんな状態が続く中で、今日500回目の選定の儀が行われようとしていた。

 


 ◇◆◇



「うはぁ……めっちゃくちゃに人が集まってる」


 ハイベルズ王国――選定の間にて、灰色の髪をした少年が沢山の人だかりを見てポツリと言葉を漏らす。屈強な男達から凛とした女戦士、はたまたエルフの魔法使いまで、皆少年よりずっと強い人たちばかり。


 対する少年――アレックス・ブレイドはかなり普通な見た目だ。身長は175とちょっと高めだが、特段鍛えている訳でもなく、線は割と細め。服装は辺境の村から急いで出てきた為、かなり見窄らしい。

 使い古したシャツにカーキ色のズボン、どっからどう見てもモブ市民にしか見えない。ただ顔立ちは割と中性的で平均よりは上といった印象。


 しかし側から見たら完全に冴えない少年だった。


「僕が選ばれる訳ないだろ……」


 アレックスがここにいる理由。

 それは単に初代勇者の故郷が偶々自分がずっと暮らしてきた村であり、縁があれば引き抜けるんじゃね? という村に住む家族や友人の浅はかな理由だ。


 王国から離れた場所、いくつもある辺境の村の1つ――フォルス村にて生まれたアレックスは、ここにいる強者みたいに戦いにあふれた日常なんて送っていない。

 せいぜいが農作業と、たまに村に近づくモンスターを追っ払ったりする程度である。


「故郷同じって言っても……それ抜かしたらマジで接点ないのに」


 最初は絶対に行かないと渋ったが、王国から村への言伝で億が一引き抜いたら結構な報酬が貰えると聞いてから考えを改めた。そしてまぁ両親を楽させたいしお金の蓄えがあったら助かるし、と考えて今に至る。

 我ながらアホだなとアレックスは思っていた。


「おい坊主! お前も聖剣狙いかぁ?」

「……! は、はい……まぁ」


 いきなり背後から身長2メートルには届く屈強な男に声をかけられた。禿頭に顔にはタトゥー、もはや悪党みたいな見た目してるし聖剣が似合う感じは全くしない。

 アレックスはとりあえずボコられないようにと、自信無さげに頷く。


「はっはっはっ! お前……! そんななりじゃ無理無理! ヒョロそうなガキじゃ引き抜けねぇよ!」

「ですよねー……」

「えぇ、否定しないの……」


 てっきり否定すると思ってたら、アレックスも死んだ目をしながら答えた。荒くれ者風な男も思わず突っ込んでしまった。


「じゃあお前何しに来たんだよ」

「ワンチャン、お金貰えないかなって」

「……ああ、そっちか。まぁ確かに……それ目当てで来ている奴は多い」


 アレックスはてっきりボコられると身構えたが、意外にも男は割と気さくだった。見た目完全に悪い側なのに、何だそのギャップはとアレックスは思っていると、男は更に言葉を続ける。


「お前知ってるか、世界中で魔獣が現れてるって話を」

「いや……ずっと村で農作業やってて世間には疎く」

「……世界の色々な場所に魔獣が現れて、少なくない被害が出てんだよ」


 魔獣――それは闇の魔力と呼ばれるかつて勇者が倒した魔族たちの力によって、汚染されたモンスター達の総称である。自然環境で生まれるモンスターとは違い、魔獣は完全に人や世界そのものを根こそぎ破壊していく。

 王国騎士団や冒険者、はたまた流浪の戦士に至るまで魔獣は憎むべき対象であり、発見次第討伐が推奨されている。


 アレックスは存在だけなら知っていたが、今まで見たことなかった。


「今年の選定の儀はかなり長期にわたってやるみたいだし、増加する魔獣を一気に屠れる聖剣を扱える人材を、確実に選んでおきたいらしい」

「……なるほど」

「だから例年より人が多いし、ガチもんの猛者ばかり。坊主……悪い事は言わねぇ……生半可な覚悟なら挑戦は諦めな」


 と……荒くれ者の男は優しげに止めるよう言ってきた。

 確かに、僕みたいな奴に魔獣退治なり、世界の命運は重すぎるし向いていないかもしれない。だけどこっちだって譲れないものがある。


「生半可じゃないですよ」

「ほう……?」

「僕……ガチで引き抜いた報酬狙いなんで」

「さっきの話聞いてた?」


 そう僕はわざわざ長い時間かけて、ここに来ている。

 今更諦めろと言われても、いやいやせっかくのチャンスを無駄にしたら村の人に何言われるかわからない。


 それに――


「っていうか……さりげなくライバル減らそうとしないでくださいよ……。何ですか諦めろって」

「チッ……」

(舌打ちしやがったぞ……このハゲ)


 こういうのは大概口車に乗せようとしているだけだ。

 うっかり及び腰になるとこだった。


「次! エリーナ!」


 すると王国騎士団の人が列に並ぶ立候補者の誰かに声をかけた。女性だろうかとアレックスが思っていると。


「おっす、じゃあ坊主……俺が引き抜いてくるぜ」

(お前エリーナって名前かよ!!! 何でそんな名前なんだよ!)


 僕に諦めるよう進言してきた荒くれ者のハゲだった。

 名前詐欺どころの騒ぎじゃなかった。


「では聖剣マルティアナの選定を……」

「行くぞ……俺が選ばれし者だと証明してやる!!」


 アレックスはジト目で、聖剣を引き抜こうとするハゲを見ていた。柄を掴み――ミシミシと丸太のように太い腕が軋む。いやもう無理矢理引き抜こうとしてるじゃん――などと思っていると。


 バチィ――


「うがぁ!!」

「エリーナ殿!?」


 聖剣から電光が迸り、あろう事か乙女ネームをしたハゲを吹っ飛ばして壁に叩きつけた。ガラガラと石造りの壁が崩れて、周りの候補者がどよめく中でアレックスは顔を青褪めて、ガタガタ震えていた。


(あんな屈強なハゲをぶっ飛ばすなんて知らなかったんですけど……! あんなん食らったら僕絶対死ぬんですけど……!)


 こちとらガチで戦闘経験0の一般ピーポーだ。

 硬い壁に叩きつけられたら死ぬ。


「次! アレックス・ブレイド!」

「……っ!」


 などと思っている内に、自分の名前が呼ばれる。

 彼の視線の先には、光り輝く聖剣が1つ。

 剣身は水色に輝き、白銀の柄は誰もが見惚れてしまうぐらい美しく、花の紋様が刻まれている。アレックスは剣などの武器に疎いが、これ以上綺麗な剣なんて存在しないのではと思っていた。


「どうしました……?」

「あ、いえ……挑戦します!」


 見惚れすぎたアレックスは、焦るようにして聖剣が突き刺さる台座の後ろに立つ。後は柄を握って引き抜くだけ……さっきみたいにぶっ飛ばされたらどうしようと思いつつ、アレックスは手を伸ばして――柄を掴む。


『あなたは……っ』

「……?」


 気のせいか、頭の中に声が聞こえてきた。

 だけどアレックスは、気のせいだと割り切って力を込める。


「ふ――っ!」

 

 その瞬間――女の声が頭の中に再び響く。


『――ああ、運命って……本当にあったんだ』


 青い光が選定の間を照らす。

 集まっていた人々は皆眩しさから目を逸らし、莫大な魔力を感じ取って身を震わせた。


「ま、まさか……!」


 王国騎士団員は、ワナワナと身体を震わせて目の前の光景を食い入るように見ていた。彼の前に映るのは聖剣を引き抜き、驚愕を顔に張り付けたアレックスだった。


「「うおおお!! マジで引き抜いただと!!!」」

「お、お前……!」


 周囲はドヨドヨと騒ぎ始め、全身ボロボロになっていたエリーナは素っ頓狂な顔を晒す。かくいうアレックスも信じがたい状況に、自然と笑みが溢れる。


「は、はは……僕が、まさか……引き抜けるなんて」

『ねぇ、あなたの名前は?』

「っ!? さっきから話しかけてるのは誰――」


 また女の声が聞こえてくる。

 思わず周りを見渡すが、自分の近くに女の人はいない。

 挙動不審な動きをするアレックスを見ていた王国騎士団員は、どうしたんだといった視線を向けている。


『誰って、目の前にいますよ』

「……まさか……聖剣?」

『はい♪』


 まさか剣がこんな可愛らしい声をしてるなんて――アレックスは劇画タッチな顔をして見ていた。


「い、今ここに……聖剣の担い手が現れた……!」

「あんなひょろい坊主が……!」

「条件は何だったんだ!」


 辺りはすっかりパニック気味。

 アレックス自身も現実感が無かったが、聖剣は更に続けて語りかける。


「な、なんで僕を選んでくれた……んですか?」

『その前に』

「はい……?」

『私のことは聖剣じゃなくて、マルティアナって呼んで?』

「う……」


 ちょっと猫撫で声をしてくる剣を前に、アレックスは不覚にも照れる。


『あははは! かわいいわね! でも恥ずかしがらないで、遠慮なく呼んで良いから』

「でも……貴女は聖剣で」

『アレックス、あなたは私の担い手よ? これからは一心同体……もはや半身と言ってもいい。だから……お願い』


 そこまで言われたら仕方ない。

 アレックスはちゃんと「マルティアナ……」と呼んでみた。


『……っ』

「あ、あの……」

『ありがとう……』


 声が少し震えているあたり、多分嬉しいのだろう。


『ただ……アレックス。最初に貴方には色々言っておきたい事があるわ』

「は、はい!」

『聖剣の担い手という事は……これから貴方には数多くの試練が降りかかる。貴方が拒否しようが……いやでも脅威からやってくる』


 その言葉を聞いて、アレックスの脳裏に魔獣の話が過ぎる。


『厳しい戦いや辛い事が待ってるかもしれない、それでも……担い手としてやっていけますか?』


 マルティアナは少し不安そうだった。

 もしかしたら手放すかもしれない――だけどアレックスは、彼女の想定より肝が据わっていた。


「やっていける。確かに予想はしてなかったけど……村に暮らす大切な人たちが安心して暮らせるなら、未熟でも僕は頑張ってみるよ」

『……変わらない……なぁ』

「え……?」

『いえ、何でも』


 絶対意味ありげな発言じゃん――なんて思いつつ、アレックスはひとまず口を閉ざす。


『認めます、アレックス・ブレイド。貴方こそ私の担い手……貴方以上はこれから現れないでしょう』

「……!」

『これからも……よろしくね』

「ああ……! よろしく!」


 これまでただの村人でしかなかった自分が、あの聖剣に認められた。アレックスは思わず……涙が出そうなぐらい嬉しく思ってると、マルティアナは「さて……」と言葉を続けた。


『ただし、これから一緒に過ごすに当たって私から条件を提示します』

「……! な、何でしょう!」


 ひょっとして訓練毎日とかかな――と思ったアレックス。

 しかしマルティアナの発言は彼の予想とは全くズレた内容だった。


『まず同じパーティに女性を入れない事』

「……うん?」

『あと何処へ出かけるとき、私を携帯する事。こそこそ女の子に会いに行ったりしたら嫌だし』

「……はい??」

『寝る前は私と必ず話すこと』

「……」

『週に一回は私を携帯してデートに行くこと』

「ちょっと待って……」

『私以外の剣――いや鉄屑共を使わない事』

「……」


 どうしよう……まさか引き抜いた聖剣が、こんなにも面倒くさいヤンデレ女ムーブしてくるとは。アレックスの額には大量の脂汗が流れていた。


『――ねぇ、アレックス』

「ひゃ、はい」

『守って……くれますよね?』


 ギシィ――剣からクソデカ激重魔力が放出され、アレックスは身体を震わせた。やばい、こいつ手放さなきゃ……そう考えてアレックスは王国騎士団員に、やっぱり止めようと発言しようとした。


「すみま――皆の者」

(あれ!? 身体の言う事が効かない……!!)


 アレックスは自分の体が勝手に動かされている事に気付き、まさかと聖剣に意識を向ける。


『させませんよ……ふふ』

(こ……こいつ!)


 聖剣はあろう事か身体を操り出したのだ。

 もうアレックスはパニックになっていた。


「僕は聖剣の担い手、アレックス・ブレイド。たった今聖剣と男女の――いや誓約を交わした」

(今何言いかけた……!!!)

「一介の村人にすぎない僕が担い手とあって、不安に思うかもしれない。だけど……安心して欲しい」


 そしてマルティアナはアレックスの身体を操り、聖剣を天高く掲げた。


「僕は必ず誰もが認める、聖剣の担い手として相応しい英雄になってみせる!!」

「「「うぉおおお!!!」」」


 アレックス(操縦――マルティアナ)は今ここに宣言した。

 それはもうまさしく英雄譚の始まりのような演説。ただアレックス本人は退路を完全に絶ってきたマルティアナに戦々恐々としていた。


(な、なんて事を……!!!)

『ふふふ……これであなたは私を手放せない』

(冗談じゃない……!!! 僕は絶対に)

『これからもよろしくね……? アレックス……ふふふ』

(ひぇ)


 じっとりとしていて、艶やかな女の声がアレックスの脳内に響く。そしてアレックスは気づく、聖剣を握った瞬間からもう逃れようがないのだと。


『もう一生離さないから……』

(僕の人生……終わったかもしれない)


 結局その日は、王国騎士団員に連れられて担い手として正式に認可されて、マルティアナと一連托生の間柄となった。

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