039:新生生徒会、その裏で
「へー、焔から生徒会誘われたんだ。良いじゃん、やってみたら」
そう言いながら、勇に軽い気持ちで焔の誘いに乗るのを勧めてくるのは、彼の友人・田仁口颯汰である。
颯汰は竹部に上がっても勇と同じクラスであり、勇が教室にいる間はずっと彼と駄弁っているし、何よりも、友人であり続けてくれる。勇は颯汰の存在に強いありがたさを覚えつつも、会話の言葉を続けた。
「ワシらよりも、編入生2人の方がノリノリじゃからのう……で、巫実さんとも昨日の夜話し合ったんじゃが、とりあえず入るだけ入るかーって感じじゃよ。一応焔がこっちを誘った理由にも正当性はあるし、断る理由は今のところ無いのう」
「そっかそっか。今の生徒会、結構な少人数だったし、人数増えるだけでも大分助かるんじゃないかな。焔って、一人で切り盛りするタイプだろ? やらなくて良いことまでやっちゃうし、勇が居てくれたらおれとしても安心さ」
「うん、ワシも焔には無理はさせたくないからのう。何か助けになれば良いんじゃがな」
勇は颯汰の言葉に賛同して、コクコクと頷いた。
焔はあの年齢にしてはかなりしっかりしている方で、最初は全ての作業を焔が一人で切り盛りしていたと聞いている。本来なら水無月宏夜が生徒会長になり、生徒会向きの人材もそちらの派閥だったので、ほぼ確定だったところを、焔が票を掠め取ってしまったので、人集めが大変だったとか。その中で焔に協力しようと名乗り出たのが、佳奈芽と義喜のコンビだったらしい。焔は人望はあれど、そういった根回しはまだまだ未熟な為、こういう事になりがちなようだ。
その後、勇は教室を離れ、巫実を迎えに教室へと向かう。この後は生徒会に入るための手続きをしなければならないので、巫実を回収したら購買部で何か買って、食事を済ませておきたいところである。
勇が二年生の階の廊下を歩き、巫実の教室まで向かった。
「あ……勇くんっ」
巫実は既に準備を済ませており、勇が来るまで待機していたようだ。席から立ち上がり、廊下で待っている勇のところまで小走りで駆け寄った。
勇はそんな巫実の頭をよしよしと撫でながら、その頬にキスした。
「おー、よしよし巫実さん、待たせたかの〜」
「ううん、大丈夫……行こっ」
巫実は勇の言葉にそう言いながら首を横に振ると、勇と共に生徒会室の方へと足を運び始めた。
*
萌絵と吏人は先に生徒会室に来ていたようだが、扉はまだ開いておらず、焔が来るまで扉の前で待機していた。
二人は一緒に来たわけではなく、たまたま同じタイミングで生徒会室に辿り着き、こんな感じで二人っきりなってしまったのだが、口うるさく接してくる吏人の反面、萌絵は何処となく距離を取っていた。
(う、うぅん……なんか嫌だな、やっぱり……。うちは今の所その気はない、し……)
萌絵はこちらに話し掛けてくる吏人に対し、チラチラと見ながらげんなりしていた。自分に対して恋愛的好意を寄せられることに関しては別にどうも思わないのだが、吏人はこちらの好みの管轄から外れる少年であり、恋愛的発展に関しては微塵も期待出来ないような状況である。
吏人はそんな萌絵に対してお構いなしに、ひたすら話し掛ける。
「まぁ、そんなこんなで、日本の東京の街並みって、大正の大震災とWW2で二度ほど焼き払われてまして、その上で耐震構造が〜って話で、平成に入って色々と立て直しが入ってる建物も多いわけですよ。この学校も最初は木造建築でして」
「……」
(話し上手な上に、興味持てそうな話題持ってくるのが苛つく……)
ここは流石政治家の息子。話題に持ってくるのに無難かつ興味を持てそうな話題を持ってくるのが、如何にもそれらしい感じだ。この吏人、自分でも成績は良いと自負しているが、こちらが思ってる以上に地頭の出来はしっかりしているのだろう。
萌絵がハーッと溜息を吐いたところで、吏人が話題を足切り替えた。
「ああ、そうだ。萌絵さん。一つ聞きたかったのですが」
「なぁに」
「萌絵さんって、不知火生徒会長の事好きなんですか? やけに熱っぽい視線送ってましたけど」
「……!?」
(き、気付かれてる!?)
焔に対しての自分の気持ちは一切口にしていなかったものの、吏人はこちらの行動で気が付いていたようだ。
動揺している萌絵に対して、吏人は言った。
「ま、あの人が好きなのはしゃーない話ですよ。ボクだって女子だったら不知火生徒会長に憧れますし」
「ま、まぁ……うん……この事はご内密に……」
(あれ……? 思ったより冷静だな……)
吏人の事なので、いつものテンションでこちらに問い詰めてきそうだと思ったものの、それが無かったので、萌絵は拍子抜けしていた。こちらの事が本当に好きなのか、と疑いたくなるぐらい、普段の行動と今の言動が一致していない。それとも、最初から叶うわけないと諦めていたのか。
吏人は弱々しく内緒を約束してほしいと言ってきた萌絵に対して、クスッと小さく笑みを浮かべた。
「別に外に漏らすつもりはありませんよ。あくまでも、確認の為です。好きな子が誰が誰をどう好きかってのは、こちらも把握しておかなきゃいけませんから」
「そ、そう、なんだ……」
(ん……? 雰囲気変わった……?)
この瞬間から、いつものヘナヘナヘラヘラしている吏人が、消え去った気がする。今、目の前にいるのは、自分が知っているいつもの吏人ではなく、別の誰がなんじゃないかと錯覚してしまった。
そして、吏人は続けた。
「ま、不知火生徒会長に色仕掛けをする訳じゃないなら、それ良いです。そっちも自分の立場、分かってない訳じゃないでしょう」
「……!」
(なっ……は……えっ!?)
萌絵は吏人のその台詞を聞いて、琥珀色の目を丸くして彼を凝視した。
「ち、ちょっと待って…貴方、もしかして……!」
「おっ、早速来ておったかぁ。いい心掛けじゃ」
萌絵が吏人を問い詰めようとしたところで、焔が勇と巫実を引き連れて、こちらへとやってきた。萌絵はその3人を見るなり、「ぁ……」と声のトーンを小さくして、いつも通り振る舞った。
「こんにちは、生徒会長さん。授業終わったらすぐ来ちゃいました」
「右に同じくですよ。そうしたら、丁度、萌絵さんもやって来てですね、こりゃもう運命ですよね〜」
「吏人くん、あまり揶揄わないでくれるかな……」
萌絵は若干引き攣り気味な笑みでそう返した。
そして、いつも通りになった吏人を見つつ、先程彼に言われた言葉を思い返しながら、気が気でない事を改めて再確認した。
(これ……うちがわざと巫実ちゃんに接触してるのバレてるって事だよね……?)
*
その後、勇、巫実、萌絵、吏人の4人は生徒会への入会申請を生徒会室で出し、焔がそれを受理。晴れて、4人は正式に生徒会のメンバーになり、生徒会の人数も3人から7人へと一気に増えた。本来ならば勇と巫実だけ役職につけるつもりが、一気に4人も増えてしまったので焔も苦笑しつつ、「協力が多いのは有り難い事じゃ」と、申請書類一式をテーブルの上にまとめた。
新年度も始めたばかりで生徒会の仕事といえば、部費の計算や、新入生に向けての案内周りなどがあるが、部費は部長会議を開くことが最初で、新入生の案内周りは最初に教師との話し合いで歓迎式の日程を組むなどする為、暫くの間は急ぎの仕事はなかったりする。後者は話し合いで何をやるか等決める事が必要だが、やる事は毎年決まっている為、深く話し合って決める事も無かったりするのである。
特に吏人と萌絵はこの学校に来てから間もない事もあり、今日は帰っていいとのお告げが焔から達しがきた。勇と巫実は残って議事録やらなんやらの整理や、前年度の部費や今年の予算案についての引き継ぎなどやるらしく、少し仕事があるみたいだ。
一応会計になった吏人も、勇を手伝いたいと申し出たものの、「先に勇に引き継いで貰ってから」との事で、帰らされた。本来なら、焔も勇に任せたかった案件である為、ぽっと出の自分がそこに首を突っ込むのは、まだまだ良くない事なのだろう。
吏人は生徒会の扉を閉じながら、横に立っていた萌絵に言った。
「もう少しボクを頼ってくれてもねぇ……良いじゃないですか。梅部だからって戦力外にされてるんですかね」
「うーん、そんな事ないと思うけど……吏人くんは私と同じで編入生だし、最初から面倒な仕事させたくないのかもね」
「んー、まぁ、気持ちは分かりますけどねー。明日になれば手伝わせてくれるのかなぁ」
と、吏人は溜息を吐きながら、萌絵を見た。
「で、そっちが生徒会に入った目的は何なんです? まさか、不知火生徒会長に下心があって入った訳じゃなかろうですし」
「せ、生徒会長さんの為って言うなら、もう少し別の手段選んでるし……」
(け、警戒されてるな……これ……)
萌絵は改めて自分と吏人が「敵同士」である事を実感しながら続けた。
「君が入るって言った以上、うちもそうしない訳にも行かないから、取り敢えず、かな。君も君で、なんで生徒会に入ろうとしたの?」
「いや、ボクは入れるもんなら入っておこうかなーと思いまして。不知火生徒会長の為に動きやすい位置でもありますし、一石二鳥かと」
そう言って、吏人は続ける。
「ま、ボクは萌絵さんとバチバチにやり合うつもりはないですよ。萌絵さんは魔法能力はまぁあれど、格闘能力にはそんなに長けていなかった筈ですしね。そこへ格闘能力も強いボクが相手になったら、そっちは速攻負けるでしょう」
「う……」
(見た目に反して、強いんだ、この子……)
こちらに本性をチラ見せしてきた時点で、只者ではない空気を感じ取ってはいたものの、本当に只者ではない、この都知事の孫は。しかも、その口振りから察するに、不知火から派遣されたわけではなく、純粋に自分の活動を妨害する為にここにいる。
――このままでは確実にこちらが負ける日が来るであろう。
萌絵は続けた。
「そっちに誰がバックにいるかは知らないけど……うちのこと、このまま野放しにして良いの? 泳がせてるだけ?」
「うーん、泳がせてるだけですし、仮にも好きな女子相手ですからね。そりゃもう、こっちも慎重ってもんですよ」
「……」
(ど、どこまで本気なのか分からないなぁ……)
昨日までの吏人なら、好きだと言われても「そうなんだ、ごめんね」で返せるが、今の吏人は自分を好きだと言っていても、それが本心から来てるのか、そうじゃないのか、分からなかった。いや、そもそも、向こうはこちらに好意を持っていないのじゃないか、と、疑ってしまう。男子がこちらに近づく為なら、好意があって、口説きにくる、というのが一番しっくりくる流れだ。
萌絵から疑り深い目線を向けられている事に気が付いた吏人は、フッと小さく笑みを浮かべた。
「流石に、ずーっと野放しにするつもりはさらさら無いですよ。ま、でも、その手段は選びましょうかね」
と、
「例えば、ボクと萌絵さんが恋仲になっちゃったりね」
――瞬間、萌絵の時間が停止した。
それから暫く萌絵の脳内で吏人の言葉が何度か往復したのち、ハッと我を取り戻し、慌てて言葉を返した。
「そ、そんなの有り得ないでしょ! 君みたいなモサオタクが女の子を一人でも落とせるとは思わないし……それに、うちの好みは生徒会長さんみたいな人だし、君はそれとは真逆のガキんちょでしょ。絶対、ぜーったい、有り得ないんだから!」
そうだ。萌絵は吏人に対しての恋愛的な眼中は全く無く、好みの管轄ですらない。少なくとも、現段階では彼に落とされる隙は無い。その筈なのだ。
だが、その萌絵の認識もその場であっという間に覆された。
「うーん、そこまで言われちゃうと、こっちも意地でも落としたくなるもんだなぁ」
そう言いながら、吏人は眼鏡を外して、彼女の前に素顔を晒した。
「――ッ!」
萌絵の前に映し出されたのは、凛々しい端正な美少年の顔だった。不知火家特有であるおっとり顔の焔とはまた違った方向ではあるが、人々の目を惹きつけるには十分な顔立ちをしている。もし、眼鏡で顔が隠されていなければ、女子からは相当な人気があるに違いないだろう。
吏人は再度、小さく笑みを浮かべると、眼鏡を胸ポケットに仕舞い、萌絵に近付いた。
「ま、顔はボクの一番の武器ですからね。こういうのは普段から隠しておいた方が良いんですが、こうなったら止むなしですね」
そう言って吏人は萌絵の背中側にある壁に手をついて、彼女に接近した。
「貴女の正体は金輪際黙ってますので、ボクと恋仲になってくれませんかね」
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