040:人の本心はなかなか見えない

「――は……えっ、んなっ!?」


 萌絵は吏人に「自分と恋仲になってほしい」と言われ、目を丸くして、酷く動揺してみせた。

 ここで「黙って欲しい代わりに行為をしろ」と言われれば、萌絵でも多少納得するし、この美少年相手ならば満更でもない、と思えたのだが、まさかの恋仲要求だったので、非常に困惑した。恋仲ともなれば割り切れる関係でもないので、流石に首を横に振る。


「む、無理に決まってるでしょ……そこで行為を求めるなら分かるけど、恋仲って……」

「ん? そりゃ、相手の行動を縛り付けるなら恋仲の方が良いに決まってますからね」


 と、


「行為はあくまでも取引の道具であり、相手の行動を縛り付ける効力もなく、バレた時のリスクも高い。けど、恋仲ぐらいなら、リスクもないし、そっちへのダメージも少ない筈ですよ」


 続けて、


「生憎、ボクは萌絵さん以外の女性には良くも悪くも興味無いですし、恋仲になってくれるんなら相応に大事にしますよ。流石に勇さんと伊和片さんみたいなバカップルみたいな真似は出来ませんけど」

「ッ……」

(これも妨害工作の一つなんだろうし、流されたらダメ……とは思うんだけど)


 萌絵は壁についている手をギュッと握り締めて、改めて吏人の顔を見た。


(でも、何かあった時に体を差し出す必要がないのは、結構な好条件だよね……。いや、もしかしたら食われる可能性もあるけど、その時はすでにお互い恋仲として認識してるし、違和感ないかもしれない……)


 すぐに頷くことは出来ないものの、何かあった時の取引条件としてはかなり好条件である。少なくとも、自分の純潔と引き換えにするよりは絶対に良い。

 吏人は何やら色々と考えていそうな萌絵を見て、「ふむ」と、何かしら察すると、言った。


「まぁ、ボクはそういう条件なら口止めするって話なので、どうしてもって時には申し出て下さい。こっちはあくまでも貴女の活動を妨害するのが目的であって、潰すのは目的ではないので」

「ぅ……それは信じて良いの?」

「勿論。ボクは別に一から不知火生徒会長の味方って訳でも無いですからね。敵が同じだけです」


 そう言って、吏人は萌絵の体をまじまじと見始めた。その視線があまりにも舐め回すような視線だったもので、萌絵は思わず彼の顔から視線を逸らしてしまった。


「な、なに……話が終わったら、さっさと離れてよ……」

「んー……いや、んん?」


 吏人は何やら萌絵の体に気になる点があるらしく、首を傾げて凝視し続けていた。

 そして、彼が手を伸ばした先は――萌絵の胸だった。


「えっ」


 萌絵は固まり、吏人の手は彼女の胸の膨らみを服越しにむにむにと揉む。吏人は手を動かしながら、「ん……ぁ、あー……」と何か納得したように声を上げながら、言った。


「これが所謂成長途中、ってやつか……デカけりゃ良いってもんじゃ無いが、こういうのはあるに越したことは無いからな……。うーん、しっかし、見た目よりあるな……多分CとかDぐらいか?」

「……!」


 萌絵は平然とセクハラをかましてくる吏人に対して、わなわなと体を震わせながら、彼の腕を掴んだ。

 瞬間、


「スパークッ……!」


 萌絵はポツリと術名を呟くと、自分の手から吏人の腕に向かって、軽く電気を放った。ピリピリと吏人の腕に静電気以上の軽い電撃が走り、その衝撃から思わず彼女の胸から己の手を離した。


「のわっ! いって! 急に何するんだ、乱暴だな〜」

「急に何するんだ、は、こっちの台詞なんだからね! 乙女の胸をいきなり揉まないでよ!」


 萌絵は吏人がこちらから離れると、自分の胸を抱えるように腕を組み、彼をキッと睨み付けた。


(前言撤回……こんなのと恋仲になったら、絶対食われるじゃないの……!)


 これは等価交換で純潔を渡す事になっても、そうじゃなくても、結果は同じだ、と、萌絵は吏人に対して強い警戒を見せた。

 吏人は「ちぇっ」と、唇を尖らせながら、胸ポケットに仕舞っていた眼鏡を取り出し、再び耳に掛けた。


「ったく、そんなに色気がある体でもないくせに、何を警戒してるんだか……あっ、でも、感触は堪能させてもらいましたので、今晩のお供にでもしますね! 楽しみだな〜」

「コイツ、今、女の子に対してすごい最低な事言ってる! ああ、もう、本当に許さないんだからね!」

(顔が良いからって、少しでも気を許そうとしたうちがバカだった……!)


 萌絵は今にでも吏人を殴り倒したい気持ちでいっぱいだったものの、何とか堪えた。

 吏人がこちらに好意を寄せているから迫ってきたと思ったのだが、今の行動から感じ取ると、好意よりも性欲の方が優先されているのだろう。しかも、こちらに色気がない体と言ってきた割に、いけしゃあしゃあと夜のネタしようとする、その根性。萌絵からすれば最悪以外の何物でもないだろう。


(「その日」が来るまで、格闘の技術も上げて、絶対コイツを捩じ伏せてやるんだから……!)


 萌絵がそんな風に吏人に敵意剥き出しにしているところへ、生徒会室の方から足音が聞こえてきた。


「佳奈芽と義喜は外で飯食っておるのか〜。ワシらも誘えって話じゃな」

「巫実さんは購買部で何買うんじゃ? プリン食べてそうじゃ」

「あ……えっと、サンドイッチと、お茶と……他にもお菓子……」


 生徒会室で仕事をしていたであろう、焔、勇、巫実の3人が昼食を買いに、廊下へ出てきたのである。

 勇は自分たちの目線の先にいるのが、萌絵と吏人である事に気が付いたようで、こちらを見るなり「おっ」と声を上げて駆け寄った。


「お前ら、まだ帰っておらんかったのか。すっかり家に戻ってるものかと思っとったぞ」

「お疲れ様です、勇さん方! いやー、萌絵さんと秘密の話をしてましてね〜」

「秘密ってほど秘密でもないんだけど」


 元気良く勇に返事をしている吏人を見ながら、萌絵は苦笑して額に汗を浮かべた。確かに秘密の話ではあるものの、男女二人の場合だと、それが別の意味で受け取られる為、もう少し上手い具合に誤魔化して欲しいものだったのだが。と、同時に、先程までの吏人と、今、勇に後輩然して接している吏人が同一人物に見えず、戸惑った。自分が先程見ていた・接していた彼は一体誰だったのか。

 萌絵が困惑している中、吏人は手をわきわきと動かして、続けた。


「あっ、話の中で萌絵のおっぱい揉みましたよ。見た目よりはある感じでしたね」

「ち、ちょっと!」

「お前、それ、ちゃんと合意を得て触ったんか? ダメじゃぞ、女性の体は無闇矢鱈に触ったら」

「賀美河くん、そこなの!? いや、間違ってないけど!」


 それはそれとして、合意を得ずに触りそう、という点では勇は見抜いているらしく、そこは安心した。やはり、誰から見ても、吏人はエロガキだと認識されるような事をしているのだろう。

 ふと、萌絵の視線が吏人と合った。吏人は眼鏡越しにちらっと萌絵をチラッと見ると、小さく笑みを浮かべて、その後は平常運転に戻った。萌絵はそれがなんだか照れ臭くて、思わず彼から目線を逸らす。


(もう……なんなの、コイツ。本当、調子狂うんだけど……)


 その後、勇達は萌絵と吏人が帰っていくのを見送り、購買部で昼食を購入。生徒会室内で食べている間に、佳奈芽と義喜も外から校内へと帰還、と、焔にとって揃って欲しいメンバーが揃っていた。

 勇達が昼食を食べ終えた後、佳奈芽は義喜に自分の爆乳を触らせたり、彼のほっぺを摘んだりして遊びながら、ふも思い出したように「そういや」と、顔上げて、焔に聞いた。


「咲良宮のお嬢ちゃんもここに入るんだっけか? 眼鏡のガキの方は問題ないと思うけど、あのお嬢ちゃんは生徒会に突っ込むのやめた方が良い気がするんだがなぁ」

「んー? 佳奈芽が他人を拒否するなんて珍しいな。何か理由でもあるんか」

「うーん、オレの中で、あのお嬢ちゃんに対して違和感ってのがある」


 佳奈芽は焔に言われて、ワシャワシャと頭を掻きながら続けた。


「オレはいろんな女と関わってきたが、あれは友達にするにしても慎重にした方がいいタイプの女だ。普段はニコニコと味方面してるが、自分に危機が迫ったら、周りを犠牲にしてでも自分だけ助かる方法を模索するし、何よりも肝心なところで裏切るかもしれねぇ。水無月宏夜の親父みてぇな胡散臭さがあるんだわ」

「アイツの親父?」


 勇は宏夜の周りのことは殆ど知らないようで、佳奈芽の言葉にしっくり来ていないらしく、その場で首を傾げていた。

 そんな勇に対して、巫実は勇に耳打ちして教えた。


「あ……多分、水無月輝之さんのことかな……。結構な有名な政治家さんで人気ある人……」

「ああ……」


 勇もその顔はテレビで一度は見たことあるようで、ピンと来たようだ。

 確かに勇もガキんちょながらに、輝之に対して苦手意識はある。が、そんな輝之と萌絵が同じところにカテゴライズに分類されるような人間とは思えず、勇は思わず反論した。


「って言っても、咲良宮さんからは別に黒いオーラとか、そういうのは感じられんかったぞ。巫実さんと友達になってくれたわけじゃし、あの人のことを悪く言うのは感心せんわ」

「アホか。わざわざ伊和片の嬢ちゃんに近付く時点で怪しいって分からんのか」


 そして、佳奈芽は楽観的な勇を一刀両断し、続けた。


「嬢ちゃんも、知り合ったばかりだし何も言えねーだろうが、あんなのとなんでもかんでも教え合う仲になるのは推奨しねぇぞ。そういうのはここにいる砂利ガキの役目だ、何かあったらまず、砂利ガキに言え」

「あ、あぅ……け、けど」


 巫実も言葉を返した。


「折角私なんかに話しかけてきてくれた子だし……なのに、仲良くしないのも嫌だなって思うの……。どういう場面を想定しているのかは分からないけど、警戒するにしてもまだ早い段階なのかなって思って……」

「明確にこっちに何かしてるわけじゃない以上、ワシらの方から下手にアクションも起こせんからのう。暫くは普通に仲良くしてもらって、何かあったらそっちに伝える。それで良いじゃろ」


 そして、勇から提案が入る。

 こちらは萌絵の事を深く知らない以上、佳奈芽の言う言葉もまだまだ真実味もなく、警戒するような人間かどうかの判断が出来ない。巫実と仲良くしてくれると言ってくれた以上、まずはそこに乗るべきだと思うし、その中で何か違和感があったら伝えれば良い。現状としては、それぐらいしか勇達に出来ることはない。

 佳奈芽は「ま、そうだな」と、頷き、流石にそれ以上の言及は避けた。


「オレはあんまり良い顔は出来ねぇが、お前らがそれで良いんならそれで良いよ。ただ、世の中、こういった甘い話にはどこか罠があるからな。気を付けろよ」

「巫実さん」

「……うん」


 巫実も揶揄目的で話しかけられ、弄られた経験があるので、重々承知しているのだろう。あくまでも、萌絵は今までの彼女達とは違って、転校生かつ、こちらの事情等はそんなに知らない筈なので、まだ信頼に値するかもしれない、という部分だ。無論、萌絵がいじめっ子グループに所属し始めたら、それこそ勇が盾になってでも縁を切らせるし、巫実も距離を置く。今は生徒会という目もある為、そういう事にはならなさそうだが。

 焔は佳奈芽と勇・巫実の会話をその耳に受けつつ、どうしたもんか、と、首を傾げていると、ふと、思いついたように提案した。


「仲良くなったって話なら、伊和片さんから咲良宮さんへ遊びに誘ってみたらどうじゃ。そこに勇も同席しておけば、何かあった時に対処もしやすいじゃろう」

「えっ、ワシもか!?」


 勇は目を丸くして巫実を見た。勇自身、萌絵と巫実には自分の関係ないところで仲良くして欲しいと思っているし、自分みたいな異物が割り込んでは萌絵にも迷惑が掛かるだろうと思える。

 巫実は勇から視線を浴びると、小さく微笑んで頷いた。


「私……勇くんにも側にいて欲しいし、一緒に来て欲しいな……。それに、私一人だと変な事しちゃいそうだし、怖いから……」

「んー、わざわざワシがついて行くような事でもないとは思うが……分かった、うん」


 勇は巫実にもそう言われたら断れないと、頷いて了承した。


「とりあえず、予定日は次の休みとかにしておいて、まずは咲良宮さんに伺うんじゃよ。そうしたら、良いかダメかちゃんと返答をくれるだろうし、そこから予定のすり合わせじゃ」

「わ、分かった……おうちに帰ってからでもいいかな……?」

「うん、良いと思うぞ。その時にまた色々レクチャーするかのう」


 人付き合いが得意な勇と、人付き合いに慣れていない巫実。上手い具合にお互いを補っている関係性だな、と、生徒会の面々は二人を見た。

 因みに、その後、生徒会の面々が解散したのは午後3時前のことだった。

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