第24話 恋バナ


 代々騎士の家系であるアンぺルラ家の長男として産まれたシオンは、幼い頃から当たり前のように剣の稽古をしていた。稽古を受け持っていた師範や、父である騎士団長から見てもシオンの剣技は卓越していて、彼が将来騎士団長である父の後を継ぐのだと多くの人々が思っていた。


 その雲行きが怪しくなったのは、シオンが六歳の頃。

 アンぺルラ家では定期的に、剣や弓に心得のある貴族を招いて近くの森で狩猟をしていた。それに父の共として参加したシオンは、剣で斬られた動物の死骸を初めて目にすることになる。

 滴る血に、生気のない動物の目。

 生きていたものが死ぬ様を初めて目にしたシオンは、頭から血の気が引くような感覚と共に倒れてしまった。


 それからだった、父のシオンを見る目が変わったのは。

 あのあと、血を克服するためにいろいろなことを試したが、そのどれもが意味をなさかった。


 血を見るとすぐに頭から血の気が引いて倒れてしまう。その繰り返しに、父はシオンに騎士としての性質はないと決定づけたのだ。

 それでも剣の腕だけは確かだったから、騎士の称号は授かることができた。


 六歳の頃から父が自分を見る視線は冷たかったけれど、二つ年下の弟や幼馴染みはシオンを慕ってくれている。

 幼少期に父から見放されたと感じた時も、弟と幼馴染みはシオンを応援してくれた。


【兄さまなら、絶対に素敵な騎士になれますよ。兄さまは、僕の憧れですから】

【シオン、わたくしは応援しているのよ。あなたが騎士になれることを】


 それが嬉しくて、だけど同時に常に何か重しを乗せられたかのように感じていた。


 騎士になってから、第三騎士団に所属して騎士の仕事をすることになっても、それはずっと続いていた。

 重しを乗せられた心は苦しく、晴れることのないモヤのようなものが常について回っている。


 だけどある日、そんなシオンの前に変わった少女が現れた。

 特別な魔法が使えるからと王国の庇護の下、王立学園に通っている平民の少女。

 貴族の令嬢と違って、表情がコロコロと変わり、なぜかシオンが話していない騎士として似合わないから隠しているはずの好みを知っている。

 最初は疑っていたけれど、それでも彼女の護衛を務めることになってから、心について回るモヤが少なくなり、軽くなったように感じていた。


「アリナさん……」


 黒髪に赤いカチューシャの少女は、なぜかシオンの婚約者とテラスで話している。会話はここまで聞こえてこないので何を話しているのかはわからないが、二人とも楽しそうに笑い合っている。


(内容が気になりますが、レディの話を盗み聞きするわけにはいきませんよね。……それにしてもアリナさんはオゼリエ令嬢と一緒の時も思いましたが、私と一緒にいるよりも楽しそうですよね。……クラリッサも、いつもよりも輝いた顔をしています)


 血が苦手だからと騎士としての性質はないと決定づけてきた父。

 輝くような瞳で、いつもシオンを応援してくれる、弟とクラリッサ。

 他の多くの貴族も、シオンのことを騎士としての上辺だけでしか見てくれない。


(……いけませんね、こんな考えを持つのは。アリナさんは護衛対象です。いくら他の人と違う瞳を向けてくれるからと言って、特別扱いをするのは騎士らしくはありません)


 胸がズキッと痛むことから目を逸らす。


 広間では楽団員により音楽が奏でられ始めた。

 それを待っていたらしい数人の男女が、音楽に合わせて踊り出す。


 そろそろサマーパーティも終盤。

 ダンスの時間が始まったのだ。



    ◇◆◇



「クラリッサ様は、シオン様のどういうところがお好きなんですか?」

「それは、その……優しくて、紳士的で、剣を振っている姿が、とてもかっこいいところよ」


 頬を染めながらそう語るクラリッサの姿は、恋する乙女そのものだった。

 シオンとクラリッサは婚約者である前に幼馴染みだ。幼い頃から一緒に居たら相手の良いところだけではなく嫌なところも見えてくるもののはずなのに、クラリッサの穢れを知らない澄んだ碧い瞳は、優しく滲むように婚約者への想いでいっぱいだった。


「普段は優しく穏やかなのよ。でも剣を振るっている時は、キリッとした真剣な眼差しになるの。その時のシオンの顔はね、とても凛々しくて素敵なの」

「……なるほど。それはいわゆる、ギャップ萌えというやつですね!」

「え、ギャップ萌え?」

「ええ。クールな人がふとした瞬間に笑顔を見せたり、怖い人が小さな動物に優しかったり、穏やかな人が真剣な顔をしたり……そういうのに、心をときめかせるのをギャップ萌えと言うんです」

「ギャップ萌え……知らない言葉のはずなのに、なんだかわたくしの心境を表しているみたいだわ。わたくしはシオンのギャップに、萌えを感じているのね」

「ええ、そうなんです!」


 若干違う気がするけれど、アリナはそう言い切る。

 ゲームの登場人物を布教するのに必要なのは、キャラの特性を知ることだ。

 その点で言うと、クラリッサはシオンのことをよく知っている。

 幼馴染みだからというのもあるだろうけれど、彼女はよくシオンのことを見ているのだろう。


 アリナはゲームの選択肢を思い浮かべながら、話を続ける。


「クラリッサ様は、シオン様の良いところをよく知っているみたいですね。……それでは逆に、シオン様の苦手なところ、またはシオン様自身が苦手としているものは何だと思いますか?」

「苦手なところ? ……そうね、シオンは血が苦手だわ。だけどそれは心が優しいからなの。わたくしは、そういうシオンのことも好きなのよ」


 やはりクラリッサはシオンのことをよく知っている。

 あとは、このクラリッサの想いを、どうやってシオンに伝えるかなのだけれど……。


「ところでアリナさん。恋バナというのは、わたくしだけのお話しかしないのかしら。そろそろ、アリナさんの話も聞きたいのだわ」

「え、私のですか?」


 まさか自分に話が振られるとは思わずに声が裏返ってしまう。


「アリナさんはお慕いしている方はいるのかしら?」

「えっと、この世にはいな……」


(いや、いる。存在してしまっている)


「いらっしゃるのね。その方の名前は? 好きなところは?」

「えっと、その……」


 キラキラとした碧い瞳で見つめられると弱ってしまう。

 思いを寄せる――というより、推しキャラと同じ世界に存在してしまっているが、推しは陰から見守るに限るのだ。

 前世の失敗もあり、アリナは推しと恋仲になろうなんて考えたことはなかった。


 答えに窮していると、クラリッサは少し寂しそうな顔になる。


「初対面のわたくしに、話せることなんてないわよね」

「……そ、そんなことっ」


 ――ないと口にしようとした瞬間、突然の強風に見舞われた。

 強い風がアリナの黒髪やクラリッサのふわふわしたブロンドの髪を弄ぶ。


「キャッ」

「えっ!?」


 クラリッサの短い悲鳴と、アリナの驚愕した叫び声が重なる。

 強風に煽られたアリナはなんとか踏みとどまったが、クラリッサの体が床に吸い込まれるようにして倒れていく。


「クラリッサ……!?」


 騒動に気づきすぐに駆けつけたシオンが手を伸ばすが、クラリッサが倒れるのが早かった。

 クラリッサは腕で動きを止めようとしたのだろう。彼女の腕は細く、とてもじゃないけれど体を腕一本だけで受け止めることはできなかった。


「……ッ」


 短く悲鳴を上げて、尻餅をついたクラリッサが右腕を庇うようにして抱える。


 それと同時に、テラスに降り立った人物がテラスにいる三人に怪訝な顔を向けてきた。


「あ? 何見てんだ?」


 突然の強風と共にどこからともなくテラスに降り立った、緑と赤のツートンヘアーの鳥の尾羽のような変わった髪形をした男――ケツァール。

 彼は自分が犯した事故に気づいていないらしく、視線を一身に受けて不愉快そうに鼻を鳴らした。

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