第8話 武術大会に向けて
一方その頃、ヴィクトルは武術大会に向けて剣術の訓練をしていた。
武術大会は、剣術部門と魔法部門の二つに分かれていて、それぞれ希望者のみの参加となっている。早朝や放課後、休日に自主訓練を行うが、時間が合うと教官も足を運んで様子を見てくれた。
今日は教官がいるので、実戦形式で訓練を行うことになった。
訓練相手は姉の婚約者でもあるルーカスだ。彼の冷たい瞳と視線があう度に、ひんやりと心臓が包まれる感覚がする。ついヴィクトルの足がふらついた。
「そこまで!」
教官の号令に、同時に剣を下ろす。あのまま打ち合っていてもヴィクトルの劣勢は覆らなかっただろう。それが少し悔しい。
武術大会の剣術部門では、魔法の使用が許可されていない。それは戦闘では役に立たない属性の魔法を使うヴィクトルにとっては好都合だったのだけれど、目の前にいる王太子にとっては魔法を使えないのはデメリットだろう。そう思ったのにルーカスは魔法を使わなくても充分強かった。
(まだ、足りないな……)
五年前、王妃が崩御した年にヴィクトルはオゼリエ家の一員になった。
物心ついたころから金色の目が卑しいなどと実の親から愛されることなく、使用人からは極力関わらないようにほとんどいないものとして扱われた。それが当たり前だった。
両親がオゼリエ家にヴィクトルをなかば売りつけるように押し付けたのも、公爵家の恩を売れると同時に、厄介者を売りつけることができたからだろう。
ヴィクトルとしては、幼い頃から両親に気に入られたいがために頑張って勉強した努力がやっと報われるのだろうと思ったのだけれど。
それでも新しい家族と会うのは不安だった。またこの金色の瞳が卑しいと言われて新しい家族もヴィクトルに冷たく接するのかもしれない。ヴィクトルの瞳は人に不快感を与えるようだから。
だがそれらの思いは、初対面のリシェリアに会った瞬間、すべて吹き飛ぶことになる。
『私はリシェリアよ。同い年だけれど、私の方が半年早く生まれているから、お姉ちゃんでいいよね?』
月のない夜にも輝くような美しい銀髪に、銀色の瞳を大きくして輝くような笑顔で手を差し出してくる少女に、ヴィクトルは圧倒されていた。
リシェリアはじっとヴィクトルの瞳を見つめてくる。瞳を見られることに恥ずかしさを覚えたヴィクトルは、長い前髪を引っ張った。両親はヴィクトルの瞳を嫌っていたから前髪を伸ばしているのだけれど、見られると不安でついつい前髪を引っ張る癖がある。
そんな前髪を引っ張るヴィクトルの腕を取り、彼女は輝く銀色の瞳を近づけてきた。
『綺麗な金色の瞳だわ! まるでお月さまみたい!』
『そ、そんなこと……』
『なんで隠すの? もったいないわ』
『でも、僕の瞳は気持ち悪いから……』
『そんなことないわよ。隠す必要はないの。本当のあなたを見せて!』
ヴィクトルは産まれて初めて、救われた心地だった。
ある意味、リシェリアは自分にとっての救世主のような存在だ。
そのはずなのに。
リシェリアはなぜか家族以外の前で自分の姿を隠している。ヴィクトルに『隠す必要はないの』とか『本当のあなたを見せて』とか言ってきたのに、なぜ彼女は自分の姿を偽っているのだろうか。
その理由をリシェリア本人に訊ねたことがある。
『婚約破棄される前に、円満に婚約を解消してもらうためよ。そうしないとオゼリエ家は失くなってしまうから』
そう答えた後、リシェリアは慌てて『いまのは内緒よ』と口にしていたが、それでも彼女が話した内容は意味がわからなかった。
オゼリエ家と言えば、国王の右腕でもある宰相の家系だ。それが無くなるなんてことがあるのだろうか? そもそもなんでそんなことがわかるんだ?
疑問は尽きないが、あれ以来リシェリアに訊ねてもはぐらかすだけで答えは返って来なかった。
(どうしてリシェは、殿下に婚約破棄されるなんて思っているんだろうね)
しかもなんかいつも一人で「処刑は嫌だァ」とか「国外追放ならワンチャン」とかブツブツ言っているのも気になっていた。
だからというわけではないが、勉強の傍ら少しでも彼女の力になれるのならと、剣術の授業を受けることにしたのだけれど。
(まだ、殿下には届かないんだよね)
「……なあ、やっぱりさ、剣術部門の二年生の優勝候補はあの人だよな」
「ああ、アンぺルラの貴公子。騎士にしては野性味がなく、男女分け隔てなく優しいからいつも女子からキャーキャー言われているけど、実力は間違いないもんなぁ」
「いまから試合楽しみだぜ」
「いやいや自分たちの試合の心配しようぜ。一年生は、誰が勝つんだろうな……」
近くで武術大会に参加する一年生たちが数人集まって話している。
その内容から察するに、武術大会の剣術部門の優勝候補者について話しているのだろう。
(アンぺルラの貴公子って、たしかあの人だよね)
学年が違うから授業や自主練でも一緒になることはないけれど、姿を見かけたことはある。
長い紫色の髪を一つに結んで肩から前に垂らしている美男子。遠目から見ると一瞬女性だと思ったほど線の細い体つきをしているように思えた。
見た目だけだと優男のようにも見えるが、代々高名な騎士を輩出しているアンぺルラ侯爵家だけあって、その実力は同じ年頃の誰よりも高かった。
(確かに、二年生の優勝はほぼ確定しているね。若くして騎士の称号も持っているし……ただ)
誰もが知っていて、公然の秘密となっているものがある。
アンぺルラの貴公子で、若くして騎士の称号を授与されている彼の致命的な欠陥。
武術大会では人の命を奪ったらその時点で失格だ。
そもそも多重に張られた結界により、傷を負わせることは不可能だけれど、それでも殺傷はご法度となっている。
だから武術大会で血を見る可能性は限りなく低い。
だから剣術部門の二年生で優勝するのは、アンぺルラの貴公子だろう。
だけど、もしここが戦場なのであれば……。
だれもが、彼に勝ち目がないと口を揃えるだろう。
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