第6話 【時戻り】の魔法


「ゲーム、ですか? なんでしょうそれは……」


 リシェリアが選んだ道は、すっとぼけることだった。

 じっとこちらを見つめるアリナの視線が痛い。


「リシェリア様は、嘘を吐くのが下手なのですね」

「そ、そんなことないわ!」

「ほら、引っ掛かりやすい。……ふふ、ちょろい悪役令嬢もそれはそれで可愛いかも」


 なんか不穏なことを言われている気がする。

 これは、本当にバレているのかもしれない。


「どうしてわかったのですか?」

「ルーカス殿下があなたのことをリシェリアって呼んでいたから気づいたんですよ。リシェリア様も転生者じゃないかって」


 そういえば昨日ヒロインの前で、名前を呼ばれた気がする。

 あの時、アリナが思案気だったことが気になったけれど、確かに黒髪おさげで地味な格好をした人間が、ルーカスからリシェリアと呼ばれていたら怪しむだろう。ゲームのリシェリアとは見た目が違うのだから。


「でも、リシェリア様が私と同じ転生者でよかったー。ゲームのリシェリアは美人だけど、ヒロインに対しては怖いじゃないですか。だから少し心配していたんです。攻略対象と関わらなくても、何か影響力が働いて詰め寄られたらどうしようって。でも、安心しました。リシェリア様はちょろ……良い人そうなので!」


 いまちょろいを言い換えたな。


「ということで、リシェリア様。私の代わりにゲームのヒロインになりませんか?」

「お断りします!」


 隙あらば何と言うか、アリナはなにがなんでもリシェリアをヒロインの代わりにしたがっているみたいだ。


「どうして駄目なんですか?」

「それは……」


 リシェリアは悪役令嬢だ。

 だけどその役割とは関係なく、このゲームに置いてヒロインと攻略対象の関係性がストーリーを進める要になっている。それは攻略対象よりも、ヒロインが幸せな結末を迎えるためにも必要なことだ。


【時を戻すと、お相手から自分と過ごしたこれまでの記憶が消えてしまいます。この時はもう一生戻ってくることはありません。それでも、時を戻しますか?】


 これが『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の、キャッチコピー。

 主人公のアリナが、自ら持つ特別な力――【時戻り】の魔法を使って、何度も過去に戻りながらエンディングまでの最適なルートを導きだし、攻略対象者たちと関係を深めていくのが主なストーリーだ。


 これだけ聞くと何度も過去に戻れるのなら、攻略が楽かもしれないと思うかもしれないけれど、その力には代償があった。

 その代償はゲームの終盤に明かされて、攻略対象との好感度が低いと裏ルートでヒロインが精神を蝕まれて死んでしまったり、運良く生き残っても寝たきりになったり……散々な結末が待っている。しかも終盤になるともう【時戻り】の魔法は使えなくなるため、魔法を使いすぎてしまってからでは遅いのだ。


 だが、その魔法の代償は、攻略対象者との好感度――「真実の愛」により、打ち消すことができる。

 その為に、ヒロインは自分にとってのたった一人のヒーローを見つけなければいけない。

 ――まあ、好感度が低いと、「真実の愛」が発動しなくて、裏ルートに入ってしまうんだけれど。


 だからいくらゲームの世界に転生したからと言って、他の人間がヒロインの代わりになることはできない。


「アリナさんもわかっているはずです。このゲームで生き残りたければ、あなたがヒロインになるしかないって」

「……でも、能力を使わなければ、ワンチャン生き残れるかなーって」

「それは……」


 可能だろうか?

 ヒロインが死ぬエンドは、どれも【時戻り】の魔法の使い過ぎによるものだった。ゲームではアイテム販売やガチャで手に入れることができる、「ポプラの花」を使って時を戻っていたけれど、この世界ではどうなっているのだろうか?


 ゲームの世界に入ってから気になっていたことがある。

 ゲームではスマホ画面を操作することにより、簡単にストーリーを進めることができた。

 だけど、ここはゲームの世界といえども現実だ。

 ゲームではステータスを上げるためのミニゲームとしてプレイすることができた授業の内容は、ゲームみたいにオートプレイで進めることができない。ゲームではアイテムで回復することができた体力は、睡眠や食事などでしか回復することができない。


 それに悪役令嬢とヒロインが転生者だとしても、ストーリーを修正するために強制力が働く可能性もある。


「……それでも、万が一ということもあるわ。だから、ちゃんと考えないと。時を戻れるのは、一週間だけなのですから」

「たしかに、そうですけど……」


 うーんうーんと、アリナは声に出して唸っている。


 それにしてもアリナはどうして、頑なにリシェリアをヒロインにしたがっているのだろうか? 

 最初に迫ってきた時に、「私は壁になりたいオタクなの」と口にしていたけれど、それが関係しているような気がする。


「アリナさん。どうしてご自分では攻略しようとは思わないのですか?」


 私の質問に、アリナはカッと目を見開くと、ずいっと顔を近づけてきた。

 その目は、何と言うがギラギラと輝いている。


「そんなの決まっているじゃないですか! 私は推しから認識されたくないんです。それよりも遠くから眺める方が性に合っているというか……。だからゲームでも初期設定の名前でプレイしていたぐらいなんですから」


(私は自分の名前を使って……って、そんなことは関係ないわっ)


「はあ……、いっそモブだったらよかったのになぁ」


(わかる。私も悪役令嬢じゃなければ、推しを遠くから眺めているだけれで幸せだったはずなのに……たぶん)


「まあ、何はともあれ。やっぱりリシェリア様がヒロインをやってください!」


 どうやらヒロインはあきらめることを知らないようだ。

 

 昼休憩の時間は一時間と短いため、一度話は持ち越しとなった。

 もう週末で、明日と明後日は休みだということもあり、リシェリアはアリナをタウンハウスに誘うことにした。


 アリナは「……はっ、ヴィクトル様の城……ッ!?」と震えていたけれど、狼狽えながらも頷いていた。転生してきてからゲームの内容を語り合える相手がいなくて、寂しかったのかもしれない。




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