【短編】思い出にしようと参加した皇太子妃選定の夜会で、片想い中の幼馴染の皇太子と彼の母親の前で無自覚に盛大に告白してしまいました!
小川かりん
公爵令嬢リズと皇太子
キラキラと輝く装飾と完璧に用意された食事の数々、さすが皇城のダンスホールだ。
「隣国のお姫様もいらっしゃるわ」
「あの方が最有力候補なのかしら」
そのきらびやかな会場の、あちらこちらで噂話が花咲いて、会場に負けず劣らず飾り付けた人間たちが作られた笑顔でけん制し合っている。
流れている穏やかな歓談用の音楽から、国歌に変わった刹那。
一斉にその会場にいる人という人が頭を下げて動かなくなった。
3人分の足音が聞こえてくる。
この国の皇帝と皇妃、皇太子だ。
会場に集められたのは、皇太子の婚約者候補のご令嬢たち。両親同伴もいる。名だたる高貴な身分の者たちばかりだ。
リズ・クレルはクレル公爵の長女で皇太子の1つ年上の17才だ。
身分としては申し分無いリズだが、男性が年下と結婚をするのが常識であるこの国では、皇太子の婚約者になんてなれない。
たとえどんなに幼い頃から仲が良かったとしても。
しかし、最近は全くなので、リズは冷めた目でその場にいる。
ここに集められた令嬢の中できっと最年長だろうと、リズは先ほどから見回していて分かった。
自分が呼ばれたのは、公爵家への配慮なだけだと。
着飾っているのがむなしくて、リズはずっと辛いのだ。
最後に大好きな皇太子に会いたかったから来たのだけれど。
婚約者候補たちは、順番に皇太子と一対一で話をする時間を設けられ、全員が終わった後に今後についての話がされて解散となると説明された。
リズは最後だった。
次から次へと綺麗なご令嬢が皇太子のもとへ行くのを見なければならないのが、こんなに辛いものなのかとため息をつきながら、黙々と食事をしていた。
皇城の料理はどれも美味しくて、公爵家のこだわった食事に慣れているリズも夢中になるくらいだ。
そうこうしているうちに、リズの番になった。
もう、私は無しでも良いのではないでしょうかと心の底から思いながら、皇太子の待つ部屋へ案内された。
コンコン
緊張を深呼吸で押さえつけて、リズは促されるまま部屋に入った。
皇太子は近くまで来て、手を差し出してきた。
リズは動揺を隠しながら、皇太子の手に自分の手をそっと置く。
部屋の真ん中にある円卓に、座り心地の良さそうな椅子が対面に置いてある。
そこへ案内され、リズが椅子に座ると、従者がお茶を運んできた。
皇太子が着席すると、従者は1人だけ部屋に残りあとは出ていってしまった。
リズは黙ってカップに口を付けた。
あ、美味しい!
さすが皇城、良い物を使っているわね。
リズがお茶を飲むのを皇太子に確認されるように見守られ、リズの気まずいティータイムが始まった。
……ずっと話しないのね。
そうよね、他の子とも話したんだもの。疲れるわよね。
せめて、婚約者になれない私の時は話さず喉休めに使ってもらったら良いわ。
皇太子は全くカップに手を付けず、リズの方を見たり、窓の方を見たりするだけだ。
何だか珍しく落ち着きのない皇太子を、時折リズは物珍しそうに視線をやっている。
あーあ、もう早く帰りたい。
何でよりによって好きな人の婚約者候補と同じ空間にいなきゃいけなかったの。
もう有力候補がいるなら、こんな出来レースしなければ良いじゃない。
さっきから心が折れそうよ。
最後に会いたかったけれど、こんなだんまりじゃ何も思い出にならないわ。
大好きだったのに。
先ほどから皇太子がリズから片時も視線を離さずいるのにも気付かず、リズは目線を下に向けたまま自分の世界から全く戻ってこない。
もう会わずに、あの可愛いお姫様のお兄様の婚約者として黙って国を出ていれば良かったのかしら。
何て偶然、まさか未来の義妹がいるなんて。
はぁ、全く嬉しくないけど、もう少しで晴れて他国の皇太子妃だわ。
ゴホッ
突然、皇太子が咳き込み始めたので、やっと我に返ったリズは目を大きくして皇太子を見た。
「大丈夫? あ、ですか? ミ、皇太子殿下」
使ってくれるか分からないけれど、リズはハンカチをそっと差し出した。
前にハンカチを出した時、断られてしまってから少しトラウマなのだけれど。
皇太子は「すまない」と言いながらハンカチを受け取った。
リズは綺麗に笑って、自分のハンカチで拭いている皇太子を見ている。
危ない危ない、ミハエルとかミカとか呼んでしまうところだったわ。
お父様とお兄様に、年頃なんだから止めなさいって注意されてから気を付けてたのに。
驚くとついつい。
今日はハンカチを使ってくれるのね。
はぁ、私たち仲良かったはずなのに。
いつからか、話をしなくなったのよね。
寂しくて苦しかった……もう今日で終わりにしなきゃ。
召喚された時、最後に会いたいなんて思って、心配そうにする家族を置いて1人で来てしまったけど。
会いたいなんて思わなければ良かった。
あの人が妃になるのかしらとか、考えないように見ないようにするなんて、無理だったわ。
着飾った姿で、婚約者になれない私が、婚約者候補の人たちといるなんて、何て惨めなんだろう。
もう、今後の説明なんて関係ないから、そのまま帰っちゃダメかしら。
あーあ、大好きだったのよ。
遠く離れて幸せに過ごしていたら、幸せな過去として忘れられるなんてお母様は言っていたけど、本当かしら。
私、こじらせる自信しかないわ。
あちらの皇太子殿下はどこかで私を見て気に入ってくれたとか、性格も聞いて面白がってくれたとか聞いたけど。
大切にしてもらえるかしら。
ミカを過去の思い出にできるかしら。
「っリズ!」
リズは久しぶりに皇太子の声が自分の名前を呼ぶのを聞いた。
目を丸くしたリズが「はい」と返事をすると、皇太子は気まずそうに視線をリズに向けながら額に手を当てて「いや、すまない」と言うだけだった。
久しぶりに名前を呼んでもらえただけで、満足しなきゃ。
頑張って思い出にするわ。
ありがとう、ミカ。
大好きだったわ。
さようならね。
従者が時間がきたことを知らせたので、リズは席を立って笑顔で皇太子にお辞儀をして部屋を出た。
名前を呼ばれただけだったわ。
他の人は何を話ししたとか嬉しそうに報告し合っていたのに。
ああ、何て惨めなの、早く帰りたい。
先に帰らせてもらいたい旨を伝えても、最後まで残ってくださいとしか言われないので、リズはため息をつきながら会場へ戻っていった。
リズが最後だったので、リズが会場に戻ると、皇帝と皇太子も戻って来た。
その後から、部屋に残っていたあの従者を引き連れて。
2人が皆の前に立つと、従者が話始めた。
「皆様、ご苦労様でした。実は私、皇妃でしたの」
魔法で姿を変えていた皇妃は、解呪の魔法であっという間に従者から元の姿に戻った。
会場内が大いにざわついたが、皇帝の咳払いで静まり返った。
皇妃は皇帝にお辞儀をして、何もなかったかのようにまた話し始めた。
「今回の皆様が飲んだ茶葉には少し仕掛けがございました。飲んだ者の考えが、特定の者に伝わるようになっていたのよ。皇太子と私ね」
えっ?!
会場にいる令嬢たちが青ざめていく中、リズだけが顔を真っ赤にして手で顔を覆っている。
"飲んだ者の考えが、特定の者に伝わるように"
最悪だわ、何それ、どういうこと?!
私とんでもないことを、やらかしたんじゃないかしら。
思い出したくもないような恥ずかしいことを、あれやこれやと考えていたことが、リズの脳内に蘇ってくる。
いやーーーーっっ!!!!
知らないうちに、公開告白してたってことよね?!
え、皇妃様の前で?!
こんな公開処刑あるかしら。
無理。もう、消えてなくなりたい。
あ、でも待って、この騒ぎの中帰れるんじゃないかしら。
会場から出ようと、少しずつリズは後退している。
「リズ」
今日2回目の声に、リズはビクッと反応した。
リズは不敬にならないように、手を少しだけ下ろして、消え入りそうな声で「はい」と返事をした。
「もう少し、話がしたい」
……話なんて、しなかったじゃない。
ミカは、咳き込んで、私の名前を呼んだだけ。
話なんて、してくれなかったわ。
リズは涙がこぼれそうになるのを我慢して、返事ができずにいる。
「ごめん」
……ちょっと待って。
何なにナニ? まだ私の声が聞こえるの?!
意味がわからないわ。
えー、あー、では、私の声が聞こえる人、手を上げてクダサイ……
気まずそうに皇太子が、笑顔で皇妃が、手を上げた。
会場内のほとんどが2人の挙手を理解できずにいる中、リズだけがこの世の終わりのような顔をして、皇太子と皇妃を交互に視線だけ動かして見ている。
なぜ……
「茶葉の効果は少しの間続くのよ」
リズの心の中での疑問に、皇妃がにっこりと笑って答えてくれたのを見て、リズは諦めたように視線を落とした。
ため息はさすがに飲み込んだけれど。
丸裸にされて、まな板に大の字で乗っている気分です。
「んふっ、ふふふっ」
皇妃は珍しくむせるように笑いをこらえている。
なかなか見られない姿に、会場一同、皇帝ですらあっけにとられている。
「ごめんなさいね。毎回この方法をとっているのだけど。皇太子がどうしてもと、呼べというから。でも招いて良かったわ。さて、皆様のことはよくよく理解できました。また通知文が届きますから、それをお読みになって」
皇妃の話で、皇太子の婚約者候補たちの集いは終了となった。
次から次へ我先にと逃げるように会場から参加者が帰っていく。
勿論、リズもそれに紛れて会場を出たのだが、馬車がまだ出られないというので、こっそり庭園で待つことにした。
月が綺麗に輝いている。月明かりの庭園も綺麗だけれど、リズはそれどころではない。
おかしいわね、公爵家の馬車が1番に来ないなんて。
それにしても、本当に最悪だったわ。
思い出にするにはキツイわね。
ああ、でもミカ、やっぱりカッコ良かったなぁ。
声も優しくて好きなのよね。
まぁ、きっと隣国の皇太子殿下もイケメンよね、お姫様は綺麗だったもの。
どんな声かしら。ミカみたいな私好みの声だと良いのだけど。
ミカよりも好きになれるかしら。
なれると良いんだけど。
涙を1粒落としてしまったことに気が付き、リズはハンカチが無い事を思い出して、ふふっと笑って涙を手で拭いた。
「リズ」
リズは、今日3回目の自分を呼ぶ声が聞こえてきたのを信じられず、目を大きくするだけで、返事を忘れてしまった。
もう恥ずかしくてそれどころではない。
いつから?
まだ声は聞こえるの?
「聞こえない。お願いだ、行かないでくれ。隣国の皇太子妃になんて、ならないで」
え、聞こえてるじゃない。
「聞こえてない」
さっきから私、何も言葉を発してないから。
「え……」
リズはもう恥ずかしすぎてどうでもよくなってきた。どうせ国外へ行くのだから、と投げやりに。
「もう、ご存知の通り、私あなたが大好きだったわ。私、隣国へ行って幸せになるわ。だから、あなたもお幸」
あ、ミカが近い。
皇太子はリズの唇から自分の口を離すと、辛そうな顔をした。
「行かないでくれ。僕も、リズが好きなんだ」
次から次へと落ちていく涙を、リズは止める術を知らない。
もっと早く聞きたかった。
でも、もう遅いわ。
決まってしまったことを、私ではどうにも……
皇太子はリズを抱きかかえて、皇城の方へと歩き始めた。
え、どこに?!
ねえ、ミカ??
返事がないので、きっとあのお茶の効力は切れたのだろう。
なので、リズは最後に涙と一緒に皇太子への想いを我慢しないことにした。
ミカ、大好き。大好きよ。
顔も好きよ。声も好き。大きな手も、背も、歩き方も何もかも。
優しい話し方も好き。
ああ、存在が好きなのかも。
私にこの気持ちを教えてくれて、ありがとう。
何だか離れたくないなぁ。
このままもっと一緒にいられたら良いのに。
リズが皇太子にもたれ掛かった時、どうやら目的地に着いたらしく、その部屋に入り、リズを優しくソファのような所へ座らせた。
そして、皇太子はリズの頬にキスをして、涙をそっと舐めるように唇で受け止めた。
「なら、今日はずっと一緒にいよう」
「き、聞こえてたの?!」
いたずらっ子のような顔をして、皇太子はリズを見た。
「ここ、どこかわかる?」
暗がりでよく見えていなかったけれど、やっと目が慣れてきたリズは息を飲んだ。
「ミカの部屋? 懐かしい……」
リズがもう軽く10年は入っていない皇太子の部屋だ。
「そう。なら、ここは?」
皇太子はリズの座っている場所を軽く叩いた。
「え、ミカの、寝台?!」
待って待って、心を読まれてたら、何も隠せないじゃない。
「隠す必要ないだろ」
「こ、こ、心を読んだら嫌いになるからっ」
嘘、嫌いになんてなれない。大好き。
「ふっ、僕も大好きだよ」
「ーーーっっ!!」
どうしよう、久しぶりにミカに会えただけでも嬉しくてしかたなかったのに。
好きとか言われるだけでも心臓が、もたない。
これ以上はキャパオーバーでダメかも。
「それは困るんだけど」
何で、何する気なの。
「ここは、僕の部屋の寝台だよ」
嘘でしょう。
待って待って、心の準備が全然。
私きっと隣国でするんだろうって思ってたから。
国によって違うかもしれないし、まだ猶予があると思ってて、そういう話は全く真面目に聞かなかったから、何も知らないし。
皇太子の顔色がどんどん悪くなる。
「リズ、そんな事を考えてたんだ。隣国なんて絶対行かせないから」
皇太子はリズに優しくキスをして口を離した後、次は噛み付くようにキスをした。
私も行きたくない。ミカのそばにいたい。
「僕も初めてだけど、して良い?」
心臓が、壊れそう。
「うん」
初めての思い出を持って行くわ。
幸せをずっと持って生きられるなんて。
私、幸せだわ。
「っっ! だから、隣国には行かせないからな!!」
皇太子はムキになってリズを食べるようにキスをした。
ちょっ、初めてって嘘じゃないの?!
「嘘じゃ、ないよっ」
「心を、聞かっ、ないでっ!!」
「リズが思ってる事が聞けるから、やりやすくて。また飲んでよ」
嫌よ!! もうごめんだわっ。
2人が寝たのは空が白み始めた頃、目覚めたのは昼下がり。
シーツを体に巻いて焦るリズを、皇太子は嬉しそうに見ながらのんびりしている。
「きっと全てが上手くいってるはずだよ」
昨夜、リズを庭園に迎えに行くまでに、皇太子は両親を説得し、公爵家の馬車を止め、隣国とクレル公爵家への書面も用意し、あとは出来の良い側近に任せて来たのだ。
「僕のこと好きって思ってる?」
リズは顔を真赤にして「残念、違うわ」と小声で言った後、皇太子の耳元でささやいた。
「愛してるって思ったのよ」
リズににっこりと笑われて、皇太子は真っ赤にした顔を、思わず腕で隠した。
「ああ、やっぱり僕はリズには敵わないな……もう1回良い?」
「だ、ダメよ」
「良いんだね」
「心をっ」
「もうさすがに聞こえないよ」
午後も目一杯、皇太子の腕の中にいたリズ。
とにかく恥ずかしくて、フラフラで、隠れるように帰りたかったのに。
皇族の立派な馬車で公爵家へ送られ、朝帰りなんてものではない。
夕方に帰宅した。
まだ離したくなさそうな皇太子を、何とか引き剥がし、皇城に残して。
残したはだったのに。
すぐに公爵家へ追いかけてきた皇太子は、リズに熱烈な求婚をする。
そうして、リズは自国の皇太子の婚約者となるのだ。
さて、それが瓦版の一面になり、書籍になり、デレデレな皇太子により年上の女性と結婚するのが流行するのは、もう少し後のお話。
【短編】思い出にしようと参加した皇太子妃選定の夜会で、片想い中の幼馴染の皇太子と彼の母親の前で無自覚に盛大に告白してしまいました! 小川かりん @karinpon
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