人生について駄弁る約10分

離散

約1000文字の起承転結

「人生で最も経験する事とは何だ?」

先刻頼まれたコーヒーを飲み干した教授はその隈をまざまざと見せつけるように私に問う


「……質問の意味が分かりかねます」

静寂に響く雨、そして溜息が何とも梅雨に似合っている。と他人のように一時ぼうと、そして慌てて考え始める


「そのまま人生という永い時を過ごす中で、一番見る、聞く、行うことについて尋ねている」

瞳に温もりは無く、絖りのある視線が私の目に注がれる。

何かを考えようとして、1つ、最近に読んだ本のことを思い出した。確か、その本では……


「人生で最も経験する事、それは別れ、だと思います」

「……はぁ」


「人は出会いと別れを繰り返し生きていきますが、最後の別れは大切な人との別れで、その人とはもう二度と会うことは出来ないと」

「……へぇ」


「「……」」

うんともすんとも言わぬ空気。そしてぢりぢりと砂塵のような痛みのある視線憤怒が私に際限なく襲いかかっているのを知って、私は素直に言うと少し舌なめずりをしそうになった。


「私はそれは間違いだと思う。まるきり見当外れで見境が無い」


「まぁ……はぃ。そうですね」

何時になく、と言うより初めてここまで怒られている。というか話している気がする。いつの間にか、屋根に打付ける雫の音も頭から飛んで行き、私の脳は最大効率で正解を探し始め


「答えを言おう」

ようとした


教授は手に持ったカップを傾け、私の方に底が見えるようにしていく


「……あ」

カップの底に溶け残ったコーヒーの粉末が鴉のような色をしている


「人間が1番経験することは『繰り返す』事だ。これで」


「8度目ですね」


「……この際だからこうはっきり言った訳だが」


「次は9度目の正直ですよ。多分」


「君……本当に……」


わなわなと震える教授を見て、私は多分次もやるだろうなぁと適当に思う。それを察知したのかどうか、教授は私にがつがつとにじり寄り、眉間に人差し指をがつんと当てる


「痛いです教授」


「教授じゃないと何度……。」


「もう、駄目じゃないですか幸一郎さん。可愛い私達の孫

をそんな、ねぇ?しゅうくん?」


「そうですよ幸一郎さん」


「親しみを込めておじいちゃんと言えおじいちゃんと」


「でも私は本で大学で講義する人を教授って言うって」


「自分のこと私って呼ぶのも辞めろほんとうに……。他の人の前でも言うじゃないか……」


手を顔に当ててさめざめと泣くおじいちゃんに、僕はちょっとだけ満たされた。

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