第4話
時折上から落ちてくる鈍器にだけ注意を向け、中央に少量の水が流れる谷底を歩いていく。
なぜかは分からないけど、羊のモンスターはスキル結晶を落とす直前に「あっ」と声をあげるので集中力を欠かさなければ攻撃を避けられるのだ。
ちなみに羊から得られるポイントは3だった。
もしかしたら、それぞれ1層のモンスターが1ポイント、2層は2ポイント、3層は3ポイントとなっているのかもしれない。
しばらく歩いていくとひらけた空間が現れ、とても大きな湖へと辿り着く。
ぐるっと一周歩いたとしたら1時間位かかるだろうか。
自分が通ってきた道以外に通路らしき物は無く、ここがこの迷宮の終着点なのかもしれない。
「何も無いな」
湖がある以外は特に何も無い。
もしかしたら水の底に何かあるかもしれないが。
「次元収納で一旦水を抜いてみるか」
僕は次元収納スキルを念じて湖の水を対象とするが、水が収納される様子がない。
「駄目だ、抜けない……」
確か次元収納スキルでも他者が触れてる物は収納できないんだっけ。
じゃあ、底に何か居るのかも。
収納する範囲を絞ればいけるかな?
「『次元収納』、水を100メートル四方で継続的に収納」
スキルが正常に発動し、ドミノが崩れていくかのような凄い勢いで100メートル四方の水が次々と収納されていく。
莫大な体積が消えていく影響により空間内へと風がなだれ込んでくる。
「壮観だね」
風に揺らされる髪を押さえながら行く末を見守っていると、池の水がバスケットボールのコート程の面積が残った辺りで収納がストップした。
そこに「居る」のか。
更に細かく水を収納すると、巨大な魚がその身を晒す。
腹部から背部にかけては白銀色と銀灰色の美しいグラデーションとなっており、体全体に黒い点のような斑文が広がっている。
尾の部分がずんぐりと太くなっている以外は概ねサーモンである。
問題は成人男性なら丸呑みに出来そうな程の巨軀だ。
大きなサーモンはひとしきりジタバタと跳ね回った後、観念したかのように口を開く。
「待った、オイラは敵じゃないよ」
「君、喋れたのか」
「少し話したいことがあるんだ。ここまで歩き通しで疲れたでしょ?さ、座って座って」
そう言われると確かに足に疲労感が溜まっているような気がしてきた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
言われるがまま腰を下ろした瞬間、
「死ねぇ!『ロギガンド』!」
サーモンの右鰭のあたりに燃え盛る火球が浮かび、高速で撃ち出され──
じ、『次元収納』ッ!
座した姿勢では回避は到底間に合わず、一か八かの次元収納による防御を敢行する。
間一髪。
当たる直前で火球を収納することに成功する。
少し前まで羊が崖の上からスキル結晶を落としてくるのを次元収納で防いでいた経験が活きたのだろう。
ひりつくような熱の余波が遅れてやって来て顔を熱くする。
「い、いやぁ、流石ここまで来ることはあるね。今のはただお兄さんを試そうとしただけで、オイラはお兄さんを傷付けるつもりはこれっぽっちも無かったんだ」
平然と騙し討ちをしてきた魚がそんなことを言っているが、絶対嘘だ。
この魚のモンスターは心の隙間につけ込むのがやたら上手い。
というか、多分こいつは人の心を惑わすスキルとかを持っているのだろう。
「君の話はもう聞かない」
「ま、待って。『
大きなサーモンがスキル名らしきものを宣言すると、みるみる内にその巨体が萎んでいく。
変化が終わると、そこには銀色の長髪に赤い瞳の少女が立っていた。
さて。
「どうやって倒すか……」
「待って待って待って、人の姿で意思疎通が取れるんだよ?もうちょっと歩み寄ろうとしても良いんじゃない!?」
「言葉が通じるからって話が通じるとは限らないし……」
「一旦落ち着こう?ね?こんなに美少女が頼み込んでるんだよ?」
少女に化けた魚は赤い瞳をうるうるさせ、上目遣いで僕のことを見てくる。
「昔話で鬼とかの妖怪が人間の女に化けて油断したところを襲うなんてありふれた話だからなぁ……」
「何でそんなに覚悟ガンギマリなの!?」
どうするか……。
この魚のことは1ミリたりとも信用できないけど、一度背中を見せて相手の反応を伺ってみるか。
「うーん、ちょっと待ってて、僕の仲間を連れてくるよ」
というのは勿論嘘だが。
僕は振り向き少女に対して背中を見せる。
『次元収納』、僕に対する全ての遠距離攻撃を対象として常時発動。
これで相手の飛び道具に対して反応できれば収納可能なはず。
「ひゃはは!くたばれ、『ロギガンド』!」
案の定、背中を見せた途端に少女が先程と同様の魔法を使って来たので素早く振り向いて火球を視界内に納めた。
難なく火球の収納に成功した僕は非難めいた視線を少女へと送る。
こちらに指を向けた姿勢で固まる少女は汗を滝のように流し、目線はぐるぐると胡乱に彷徨っている。
「とりあえず色々試してみるか」
まずは物理攻撃。
羊たちが落として来たスキル結晶は時間停止状態で収納しておいたので、取り出したら凄い勢いで出てくるはず。
取り出し位置を少女の直上に指定して、『取出』。
直後、何もない空間から高速で射出されたスキル結晶が少女の頭部に直撃する。
「うわぁ!ビビった!」
少女は驚きこそしたものの、ダメージを受けた様子がない。
効かないか。
次は酸を使った腐蝕攻撃。
「『超酸射出』」
「わぷっ」
野球ボール大の強力な酸が撃ち出されて少女に直撃するも、効いていないようだ。
他に何か攻撃手段あったっけ……?
僕が悩んでいると、少女は反撃しようしたのか指先を僕へと向けた後、苦虫を噛み潰したような表情で取り下げる。
炎の球を先程の収納で防がれたことを思い出したのだろう。
あ、そうだ。
先ほど収納で防いだ炎球を敵の背面に当たるように調整して、『取出』。
「ぎゃん!?熱ッ!!」
背面で火球が爆ぜた少女は熱さと痛みを和らげようと地面を転げ回る。
効いた……?
うーん、もしかして道中で使用された攻撃方法だけ効いていないのかな。
なるほど、漫画でありがちな同じ技は通じないというやつか。
恐らくこのフロアボス的な奴は塩を撒かれたり、重い物を上からぶつけられたり、腐蝕攻撃に対する耐性があるのだろう。
しかし困ったことに僕が取れる攻撃手段はそう多くはない。
大量の水を戻して溺れさせる?
いや、元は水の中に居たんだから効かなそう。
空気を収納して窒息死させる?
いや、空気は水と違って目に見えないから継続的に収納するのが難しそうだ。
それなら──
「『取出』、全てのスライムのスキル結晶」
宣言の後、虹色の雨が降る。
一気に取り出された大量のスキル結晶は大質量の波と化し、引き攣った顔の少女を飲み込んだ。
……圧死ならどうだ?
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累計獲得ポイントが10ポイントを超えた為、[機能]の一部が解放されました。
新たに『ステータス』、『ショップ』、『トレード』、『オークション』機能が利用できます。
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「ん?おしらせの表示が出てきたということは倒せたのかな。『つよさをみる』」
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名前:久保幹兎
所有ポイント:306
固有スキル:初回限定ドロップ
スキル:次元収納、超然再生、物理破壊耐性、腐蝕耐性、超酸射出、悪食
[機能]
──────────
「300ポイントも増えてる!」
恐らく3階層のボスだから300ポイントなのかな?
ポイントは何に使うのかもまだよく分からないけど、何となく貯まると得した気分になる。
「そういえばこの機能って項目試してなかったな」
僕はウインドウの一番下の[機能]の部分を意識する。
────────────
[機能]のご利用にはIDの設定が必要です。
IDを決めてください。
────────────
「ID……、名前そのまんまだと怖いから少し入れ替えて“kubotomiki”はどう?」
設定したIDは問題が無かったらしく、そのままいくつかの確認画面を経て僕のIDが決定した。
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[機能]
ハイシン
ステータス
ショップ
トレード
オークション
────────────
「配信?見る分には良いかもしれないけど、僕自身がするのは無理だな。その下のステータスは……っと」
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VITA 101/101
MANA 0/0
STR 87
DEF 79
AGI 98
MAG 0
RES 100
LUK 148
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上から生命力、魔力量、筋力、守り、素速さ、魔力、抵抗、幸運……だろうか。
「この数字……、恐らく普通の成人男性の平均が100って感じかな」
魔力量と魔力の項目だけはゼロだけど。
きっとこのステータスという機能は保有ポイントを割り振ってステータスを上昇させることが出来るのだと思う。
「ステータスの割り振りは後で考えるとして……ショップを見てみよう」
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※ショップ、トレード、オークションの機能は迷宮の外でのみご利用いただけます。
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ショップの項目を確認しようとしたところ、ダンジョンの外でしか使えないという表示が現れる。
「うーん、後で見るしかないか。よし、とりあえず後片付けするか。『次元収納』」
僕は全放出したスキル結晶を回収する為に次元収納スキルを起動させる。
元々は湖だったこともあって周囲一帯はすり鉢状に窪んでおり、一瞥するだけで全てのスライムのスキル結晶を収納できた。
その後、やたら大きな虹色の結晶が少女が最期に居た辺りに鎮座しているのを見つける。
「あれ?このやたらデカいスキル結晶、次元収納スキルでも収納できないな」
仕方なく湖の跡地を降りていき、動物の象くらいの大きさがありそうなスキル結晶に触れる。
──────────
ロキ(捕縛)の神核結晶
──────────
あの魚、ロキって名前だったのか。
『このアイテムは収納出来ないよ。オイラの意思が宿っているからね』
「ん!?」
手で触れている結晶の奥底から、あの魚の声が聴こえた気がした。
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