第2話
下へと続く階段。
進むか、戻るか。
しかし、フロンティアスピリッツに火のついてしまった僕の心は抑えられそうにない。
「……」
危険があるかもしれない。
それでも、この機を逃してしまったらきっと後悔してしまうと思う。
静かに深呼吸をし、意を決して階段を降りていく。
螺旋階段のようなカーブを描く階段をしばらく降りていくと、光が見えてきた。
「広いな」
外は東京タワーが収まってしまいそうな程大きな半球形の空間となっており、階段の出口はその空間内の中心にある巨大な岩の頂上へと続いていた。
今しがた降りてきた螺旋階段は塔のように天井と大岩を繋げている。
景色は一面の白。
雪でも積もっているのかと地面の白い物を手の平で掬うと、冷たさは無く砂のようにさらさらとこぼれ落ちていく。
「これは……塩か?」
雪だと思った物は大量の塩であり、地面という地面にはおおよそ5センチ程の塩が積もっているようだ。
今もなお天井からパラパラと少量の塩が降り続いており、時折思い出したかのように限界を超えて積もり上がった塩が崩れ落ちていく。
今いる巨大な岩塊はどれくらいの高さがあるのだろうか。
足のくるぶしまである塩に歩きにくさを感じながら、大岩の端まで移動する。
末端部は崖のように切り立っており、高さは50メートル位はありそうだ。
辺りを見回すと、大岩の外縁には岩を削りだしたかのような無骨な階段があり、少しずつ下へと降りていけるようになっている。
階段の行き先を視線で辿っていくと、大岩のふもとまで降りられそうだ。
下は平坦な土地が広がっており、ここと同じく塩が積もっているらしい。
眼下に広がる白い大地にはよく見ると黒い点がポツポツと見える。
目を凝らすと小さな人型の何かが歩いているみたいだ。
丁度僕が今いる崖の真下にも居たのでまじまじと観察してみると、子供のような体躯と緑色の肌、いわゆるゴブリンと呼ばれるモンスターだろうか。
その尖った耳と黄色いギョロリとした眼で辺りを警戒しながら歩いているようだ。
ぷつん。
身を乗り出して観察していたところ、何かが切れる音がした。
手に持っていたビニール袋が破れて、中に入っていたスキル結晶が空中に放り出されたのだ。
「あっ」
自由落下していくサッカーボール大の結晶。
数十メートルの加速を経て、真下にいたゴブリンの頭蓋へと直撃する。
やべえ。
地を覆う塩を踏み分けながら、大岩をくり抜いて作ったような階段を使って急いで下に降りていく。
現場には結晶が二つ落ちていた。
一つは落としてしまったスライムのスキル結晶(全)。
もう一つはゴブリンのスキル結晶(全)と表示されていた。
倒しちゃった……。
そういえばあの画面みたいなのはどうすれば呼び出せるんだっけ。
確か……。
「『つよさをみる』」
──────────
名前:久保幹兎
所有ポイント:3
固有スキル:初回限定ドロップ
スキル:無し
[機能]
──────────
「おっ、出てきた」
ポイントが2ポイント増えていることからゴブリンが2ポイントでスライムが1ポイントなのだろう。
スキル結晶が2つになってしまったので、二重にしたビニール袋を二組用意して中へ入れる。
改めて辺りを見回すとこの半球形の空間は直径おおよそ400メートル程であり、現在地はその中央の大岩の麓である。
何もなさそう塩の平野の先を見据えると大体200メートル弱で壁がある。
流石にそろそろ戻ろうかなという意識が芽生えそうになる直前、向こうの壁に何かの入り口のような物を発見する。
周辺を警戒したが、他にゴブリンは見当たらない。
「よし、行くか!」
両手に重いビニール袋を持ちながら入り口へと歩きだす。
塩が積もっているので平地に見えたが、歩いてみると思ったよりも地面に凹凸があった。
どうやら多量の塩によって平らにならされているらしい。
足元に気を付けながらゆっくり歩いていると、背後でかすかに塩の落ちる音を聴いた。
天井から降ってきたのだろうと何気なく振り返ってみると、塩まみれのゴブリンが立っている。
「!?」
塩の中に体を埋めて隠れていたのか!?
やばい!
ゴブリンは口角を持ち上げ、何かを振りかぶる。
「ギィイイ!」
ゴブリンの叫び声と共に放たれた投擲物は顆粒状の白い──
塩だ。
一握りの塩だ。
「何何何何!?」
訳も分からずに凄く驚いたが、塩なのでダメージは無い。
怪訝な顔のゴブリンが更に僕へと塩をまく。
「何?」
僕に塩が効かないと分かると、ゴブリンは気まずそうに踵を返して立ち去った。
「何なんだ、一体」
不可解な状況に首をかしげながら、僕は再び次の層へと繋がっていそうな入り口に歩みを進める。
────────────────────
同時刻、とある銃社会の国。
世界を同時多発的に襲った巨大な地震により多数の建物が崩れる被害があり、多くの人が混乱の最中にあった。
災害時における暴徒を警戒した男は銃を持って家の中を見回すと、見慣れない黒い扉が出現していることに気が付く。
訝しみながら男が扉に手を触れると、黒い扉は煙のように消え去り、後には奥へと続く通路が現れた。
銃を構えながら薄暗い通路を進むと、粘液状の何かが跳ねてくるのが見えた。
男は迷わず手に持つ銃の引き金を引き、標的に何発か命中させる。
粘液状の怪物は光の燐光となって消え去り、その場には宝石のように見える綺麗な石が残された。
色はくすんだアクアマリンのように見え、大きさはうずらの卵ほどだろうか。
宝石ならば破格の大きさである。
直後、空中に何やら画面のような物が見えたが、先刻まで飲んでいた酒がまだ残っているのかと思いハエを払うように手を振ると画面は消えていた。
地面に転がる青い宝石のような物を眺め、男は自然と笑みが浮かぶ。
すぐさまゴールドラッシュの再来であると認識した男は気を良くしてどんどん奥へと突き進む。
何度か粘液の怪物が出てきたが、銃があれば何の問題もない。
何発か当てて体積を減らせばすぐに倒すことができ、必ず宝石のようなものを落としてくれる。
やがて男は下へと繋がる階段に辿り着く。
嬉々として階段を降りた先には奇妙な光景が広がっていた。
遮蔽物の無いだだっ広い地面を埋め尽くす銃と弾丸である。
男はその中の銃を一つ手に取ってあることに気が付く。
拾った銃と自分が持ち込んだ愛銃が瓜二つであるということに。
愛銃には凝った意匠が凝らしてあったが、地面を埋め尽くす銃のどれもが男の愛銃と同じデザインが施されていた。
男は考える。
俄かに信じがたいことだが、上の階層で用いられた武器が下の階層で複製されるのではないか、と。
高揚していた気分が段々と落ち着き始め、次第に嫌な予感へと変わっていく。
ガチャリガチャリと散乱した銃と弾丸を踏み締めて何かが徘徊する音がすぐ近くで聴こえた。
恐る恐るその方を見ると、奇妙な猿のような生き物が目に入った。
男は即座に銃を抜き、猿の怪物へと何発も撃ち込む。
しかし、猿の怪物に効いた様子はない。
猿の怪物の体毛には砂や金属の粉が植物の樹脂のようなもので塗り固められており、銃弾が通用しなかったのだ。
猿の怪物は男と全く同じ構えで銃口をこちらへと向け、男は脂汗が滝のように吹き出す。
侵入者が使った武器を複製し、侵入者の戦い方を模倣し、侵入者の攻撃に対する耐性を獲得していく。
だとしたら、『銃』を使うのはまずかった。
「F**k……!」
迷宮内に乾いた音が響き渡った。
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