海の呪い
電車の座席は譲るためにある。
自分が座るのはお年寄りや身体の不自由な方、子供が近くに来た時に譲るための一時キープでしかない。
私はなるべく現金を使うようにしている。
個人経営の飲食店にとってはクレジットカードや電子決済の手数料も塵も積もれば、の痛手になるだろう。
お釣りは駅で保護犬保護猫、あるいはコンビニの募金箱に入れる。
そして、目的地に向かう途中で倒れている自転車があれば起こして綺麗に並べ直す。
身体に染みついた癖であり、祈りだ。
私は善人ではない。
これは全て徳を積むための行為でしかない。
目的地に到着した私は抽選券を引く。
77番。
確実に徳の効果は出ている。だが、この数字では目当てのスロット台に座ることはできないだろう。
しかし、今の私にチャージされた徳の量を考えれば、何を打っても当たるだろう。
だが、かといって大きなリスクが伴う台は打ちたくない。
私は店内を物色する。
海物語のミドル機の釘がどう見ても開いている。
遠目にもわかった。
台が輝いて見える。客を引っかけるために意図的に開いているように見せているのか、サービスなのかはわからない。
ひとまず席について、釘を凝視する。
凝は念の基礎である。
オマケ入賞口が潰されていたりといった明らかにおかしな部分は見受けられない。
しかし、まだ油断はできない。
千円札を入れて、回転数をカウントする。
私はほくそ笑んだ。
こんなもん徳とか関係なく勝てるがな。
今日は焼肉か寿司やな。
早起きの老人たちが続々と海物語の島に集まってくる。
ここは実質、老人ホームのようなものなのだ。
そしてわずか20回転で私の台の中を魚群が横切った。
揃った図柄はカメ。つまり3だ。
基本的に奇数、中でも3と7は強い数字とされている。
「7〇7」と7で聴牌したら、99.9%当たる。
それが世界の理である。
まぁ、海物語は関係ないが。なんか知らんが海物語は平気で外してくる。
偶数は弱い。
サメ(4)とか強そうなのもいるのに弱い。
こいつが来たら割と絶望的な気持ちになる。
ともかく、3で当たったということはひとまずもう一回当たるということだ。
奇数で当て続ければ、無限に玉が増えていく。
私の台の皿には約1500発ずつ玉が降ってくる。
しかし、5連チャン目の時短を消化している時である。
「いいわねー。あなたそれ1000円くらいで当たったでしょう」
「はぁ」
「素晴らしいわ。頑張って! 応援してるから!」
左の席に座る70歳くらいだろう女性が急に私の応援を始めた。
ヤバい。攻撃を受けている。
私は曖昧に会釈を返す。
「おすそわけいただきたいわねぇ」
はっきり口にしやがった。そもそも、それが狙いだろう。
私の背中越しに右隣の老婆に声をかける。
そして右からも拍手とともに「がんばれー」「続けー」の声が聴こえてくる。
彼女たちは純粋な気持ちで応援しているわけではない。
これはパチンコ店でのみ発動する呪いである。
他人を応援することで、徳を積み、なおかつ吸収する。
いや、当たってない奴を応援しろよ。
しかし、彼女たちは決してそうはしない。
奪う徳がないからだ。
そして私になすすべはない。
彼女たちを邪険に扱えば徳が下がる。しかし、放置すれば左右からの呪いによって徳が吸われていく。
目を付けられた時点で詰んでいるのだ。
もし、心の中で「このバ〇ア」などと思ってしまえば、その瞬間にサメが「やぁ、悪い子はここかな?」みたいな感じでやってきて連チャンを終わらせる。
「あ、さっそくおすそわけいただいちゃって」
左隣のバ……ご老人の台が「キュイン」と鳴った。
確定ってことである。
しかも、タコ。
111だ。
奇数は強い。
しかし、ここで何か不穏なことを考えれば死ぬ。
私はにこやかに。
「おめでとうございます! 続くといいですね」
「いやいや、そんなそんな。もう生い先短いですから。パチンコも一緒。続きません」
生い先短いギャグやめろ……反応が難しい。
「いえいえ、長生きして、長く連チャンも続けましょう!」
「いやいや、すぐ死にますから」
それやめろって!
「死にません!」
とか言ってる間に私の台と老婆の台に揃ってサメが3匹ずつやってきた。
最悪や。
人を呪わば穴二つ。
揃って海が腐った。
なんてことをやっている間に、右隣が当たっている。
ジュゴン。
777。
心の中で小さく「おめでとうございます」と呟いて、席を立った。
【急募】応援呪いの跳ね返し方。
―――――――
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徳が積めます。
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