罰当たり

秋永真琴

罰当たり

 男子トイレの手洗い場に眼鏡があった。

 鏡の前につるを伸ばしたまま置かれている、黒縁のスクエアなフレームの眼鏡は、まちがいなく悠真ゆうまのものだ。こんなところに忘れていって、どうやって帰ったんだ。少し考えてから、僕は眼鏡をたたんでポケットに入れた。

 翌日の昼休み、教室でいっしょに弁当を食べながら、悠真は「なあ駿太しゅんた、どこいったと思う、俺の眼鏡?」とぼやいた。今日はコンタクトだ。

「いくら訊いて回っても見つからない。先生も守衛さんも拾ってない。この高校、意外と治安が悪いね」

「浮かれてる罰だ」

 と、僕は冷淡に返す。「顔を洗って、髪を直して、コンタクトをつけて、顔面をばっちり決めて、それで眼鏡のことなんか忘れちゃったからだ」

「見てきたように正解を言う……。お前は明智あけち恭介きょうすけか、折木おれき奉太郎ほうたろうか」

 名探偵の比喩にコナンとか金田一きんだいちを出さないのが読書家の悠真らしい。以前は学校の帰りに、よく本屋につき合った。最近は減った。

「別に、女と会うのに眼鏡のままでいいだろう。ダサいって嫌がられるのか」

「最初に会ったときにコンタクトだったからなぁ。まだつき合いたてで沙織さおりちゃんの好みも掴みきってないし、様子見だね」

「眼鏡の悠真を好きじゃない女ならどうせ続かない」

「沙織ちゃん! いまどき女子を〝女〟って呼ぶな。海賊か。駿太のキャラじゃないって」

 顔をしかめてみせる悠真の雰囲気は柔らかい。他校の友だちに紹介されてできたハツカノと放課後にデートを重ねる日々は幸せなようだ。

「まあ、俺が浮かれてるのは事実かな。罰ねぇ。気を引き締めろっていう神さまの警告かも――あっ、ちょっとごめん」

〝女〟からのLINEが来たらしい。スマホを手に取る悠真に「気を引き締めて返信しろ」と言ってやる。悠真は笑って「親友からも警告か」と返してくる。

 神さまは、悠真みたいないいやつに罰を当てないだろう。当てるのは、よこしまな人間だ。眼鏡はもうしばらく預かっておくことにする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

罰当たり 秋永真琴 @makoto_akinaga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ