反対尋問
@aqualord
第1話
「では弁護人、反対尋問をどうぞ。」
「はい。では、弁護人の大木からお尋ねします。先ほど検察官からの質問に対して、あなたは、現場で犯人をはっきりと見た、犯人も被告人も眼鏡をかけていて、身長や髪型、体型も被告人と同じで、なによりも顔が非常に似ている、と言いましたね。」
「…」
「お答えになる時は、頷くだけではなく声に出してください。」
「はい、そう言いました。」
「あなたが見た犯人と被告人の顔が非常に似ているとというのは、どういう点でそう言えるのですか。」
「口元とか。」
「口元が似ているだけで、顔が非常に似ていると証言されたのですか。」
「違います。目つきがそっくりです。目の大きさとか、鋭さとかです。それに、頬のこけ方とか。」
「今あなたが仰った、被告人と犯人の顔の類似点のうち、あなたが被告人と犯人が非常によく似ていると判断する根拠となる重さで言えば、全体を百とすると目はどれくらいの重要さを占めていますか。」
「すみません、質問の意味がわかりません。」
「そうですね。・・・あなたいくつかの要素を挙げて被告人と犯人の顔が非常によく似ていると仰ってますね。」
「はい。」
「それぞれの要素を総合すると、被告人と犯人の顔が非常によく似ているということなのですか。」
「はい。」
「では、その口元とか目とかの要素はそれぞれ同じくらいの重さで、あなたが被告人と犯人の顔が非常によく似ているという結論を導く要素となっているのですか。」
「いえ、違います。」
「では、犯人と被告人の目の類似性というのは、被告人と犯人が非常によく似ていると考える上でどれくらいの重さをもっているのですか。」
「ああ、はい。ええと。6割くらいですね。」
「口元は。」
「口元は3割くらい。」
「頬のこけ方は。」
「1割くらいです。」
「あなたは、被告人の目をはっきりと見たのですね。」
「異議!証人は犯人をはっきりと見たとは証言していますが、目をはっきり見たとは言っていません。誤導です。」
「弁護人どうですか。」
「異議には理由がないと思います。証人は犯人をはっきり見たと証言したうえで、顔が非常によく似ている、顔がよく似ていると証言する理由の6割くらいが目が似ている事にあると言っているのですから、当然、目もはっきり見たのか、という質問をしたまでです。」
「検察官、そういうことですので、異議は却下しますが、大事なところですので弁護人は誘導無しで質問してください。」
「質問を続けます。では、あなたは被告人の目はどの程度見えたのですか。」
「はっきり見えました。」
「犯人の目と、被告人の目はどれくらい似ていたのですか。」
「もう、そっくりといって良いくらいです。」
「あなたが犯人の目を見たのは眼鏡越しですか。」
「はい。」
「眼鏡越しにみた犯人の目と、被告人の目がそっくりだった、そういうことですか。」
「はい。そうです。」
「検甲23号証を示します。先ほど検察官もあなたに提示しましたが、あなたがみたという眼鏡というのはこの眼鏡ですか。」
「おそらくそうだと思います。」
「おそらく、というのはどういう意味ですか。」
「さっきも言いましたが、私が見たのとそっくりの眼鏡ですが、私が見たそのものかどうかわからないので。」
「そっくり、というのはどういう点ですか。」
「眼鏡の形や、色、ええとそれから、レンズの感じとか。」
「それは、レンズの感じも、あなたが見た犯人の眼鏡とこの検甲23号証の眼鏡が同じという意味ですか。」
「はい。」
「レンズの感じが犯人の眼鏡と、この検甲23号証の眼鏡とで同じ、ということで間違いないですか。」
「はい。間違いありません。」
「あなたが見た犯人の目というのは、この眼鏡のレンズ越しにご覧になったのですか。」
「異議。証人は、この眼鏡のレンズ越しに見たとは供述していません。」
「異議を認めます。」
「被告人がこの眼鏡を犯行時につけていたという検察官の主張だと、この眼鏡越しに見たということになると思いますが。まあいいです。質問を変えます。あなたが見た犯人の目というのは、この眼鏡と同じ感じのレンズ越しにご覧になったのですか。」
「はい。」
「正確にお聞きしますね。今被告人は眼鏡をかけていますが、検甲23号証と同じ感じのレンズ越しに見た犯人の目と、今この法廷で眼鏡をかけている被告人の眼鏡越しの目がそっくりなのですか。」
「はい。そっくりです。」
「では、この検甲23号証の眼鏡を被告人がかけたら、あなたがレンズ越しに見た犯人の目と同じになるはずですね。」
「はい、そうです。」
「裁判長。被告人にこの検甲23号証の眼鏡をかけてもよろしいですか。」
「どうぞ。」
「いま、被告人に検甲23号証の眼鏡をかけてもらいました。証人、いかがですか、あなたが見た犯人の目とそっくりですか。」
「・・・」
「声に出して答えてください。」
「違います。」
「被告人がつけていた眼鏡と、この検甲23号証の眼鏡は度数が全く違うのです。この検甲23号証の眼鏡はいわゆるビン底眼鏡というもので度数の非常に高いものなのです。さて証人。あなたは先ほど、被告人の顔と犯人の顔が非常によく似ていると仰いましたが、この検甲23号証の眼鏡をかけた被告人の顔と犯人の顔は非常によく似ているのですか。」
「・・・」
「大事なところですので、はっきりとお答えください。」
「似ていません。」
「以上で反対尋問を終わります。」
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