輪郭

NADA

めがね

ぼんやりとした眺め

境界線は曖昧で、何もかもモヤがかかった霧の中のようだ


眼鏡をかける

レンズを通すとクリアに世界が浮かび上がる

細部まではっきりと見える

急に視界が開けて、たくさんの情報が目に飛び込んでくる


情報過多の現代

知らなくてもいいことばかり

眼鏡がまだ無かった時代は、身近な出来事や周りの小さな世界が全てだった


社会が進化して技術が生まれて、世の中は便利になった

眼鏡が発明されて、近視や老眼でも視力を保つことができる


情報は毎日アップデートされて、目まぐるしく世の中は動いている

ソファーに座ったまま、世界中の様子を知ることができる

地球の裏側のニュース、遠くの国の事件、有名人の近況

リアルタイムで手に取るようにわかる


見たくないものも、勝手に入ってくる

目を覆いたくなるような惨事

信じたくない隠されていた事実

足元から世間を揺るがす虚構

世界のビッグニュースでなくとも

自分にとって驚愕の新事実

知らない方が幸せ?

いや、何も知らずにいる方が怖い

遅かれ早かれ知るのなら、早い方がマシだ


この広い世界で、取るに足らないニュースかもしれない

けれども、穂花ほのかにとっては天変地異並みのショックなことだった


身に覚えのないクレジットの請求書が届いた

穂花は現金払い主義だが、給料日前など手持ちが無い時はたまにカードで支払いをする

だから、カードを使ったのなら何に利用したのかはいつも覚えている

八万円を超えるような金額は絶対に払っていない


思い当たることはひとつ

先月、ネット通販サイトでカード決済をした

支払い方法の選択肢が、消去法でカードしかなかった

渋々カード情報を入力したのを覚えている

大手通販サイトだから、大丈夫だろうと思ったのに

まさか、自分がフィッシング詐欺の被害者になるなんて


確かに携帯の小さな画面で見にくいサイトだった

広告のポップアップが邪魔でゴチャゴチャとしていた

どこかの時点で誘導ボタンに引っかかって別のページに飛んだのか

急いで入力したから、ちゃんと見ていなかった

注文した商品はまだ届いていない

きちんと画面を確認しなかった自分の落ち度だ

通販サイトに掛け合ってもらちがあかないだろう


ボタンひとつ押すだけで欲しい物が手に入る

便利な生活は危険と隣り合わせ

穂花がソファーで世界を見るように、誰かが穂花の世界を見ている

はっきりと細部まで


個人情報という暮らしが、どこからでもいとも簡単に見られてしまう

家の中で安全に便利な生活を送っているつもりが、ふと深い闇に足を捕られる

きっかけは些細なことに過ぎない

きっと皆軽い気持ちで、気づかないうちに踏み込んでいる

輪郭の見えない社会だった頃は、危険な世界とは住み分けができていた


今は一見しただけではわからないけれど、情報化社会の発達により、複雑に巧妙に至る所に罠の入口が仕掛けられている

よく見えるネット社会の魔法の眼鏡を使って




とにかく、カードを使えないように差し止めなければ…

穂花はため息をつくと、クレジットカード会社に電話をかけた





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輪郭 NADA @monokaki

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