報酬

翠雨

第1話

 秋晴れの空に、小鳥のさえずりが聞こえる。心地よい風が咲花はなの頬を撫でた。

 壁で囲まれた大きなお屋敷。前回来たときは、禍々しい気配がしていたのに、今日はとても穏やか。


 ………その禍々しいものを連れてきたのは、咲花なのだが。


 宇津木咲花はなは、除霊師をしている。本人は、学生のうちのバイトくらいにしか感じていないのだが、まぁ、少しなら続けてもいいかもしれないと、考えを改め始めていた。


 ピーンポーン


 師匠の家のインターフォンを鳴らす。

 前回の仕事中、怨霊に追われることになってしまい、逃げ込んだのが師匠の家だった。


 応答があり、しばらく待っていると鍵が開く音がして、師匠のお弟子さんが顔を出した。

「お待ちしておりました」

 メガネをかけた、物静かで知的そうな男性だ。年は、咲花よりは少し上、二十代中盤というところだろうか。

 少しだけ背筋を正して、門を潜る。

 お弟子さんが、門の扉を閉めるとすぐに、叫び声をあげた。

「ぅわぁぁぁ~!!」

 お弟子さんの視線は、咲花の隣に向かっている。


 咲花に取り憑いている、青年の霊──名字は南条だが、咲花はレイくんと呼んでいる──に驚いているとしか考えられない。


 咲花は、霊が見えない。除霊師として働くには不便なのだが、様々なアイテムを駆使することで仕事が出来ている。

 咲花に取り憑いているレイくんは、何かと助けてくれているのだと、最近、気がついた。

 怨霊に追われているときも、師匠の家の門は自動で開いた。鍵は、師匠が開けておいてくれてのだろうが、門を開けてくれたのはレイくんだと思っている。


「ぅぎゃあぁぁ~!! 足が、足が~!!」

 お弟子さんは、何もない地面を指差して叫んでいる。


 レイくんは、かなり凄い呪術師だったらしく、霊になっても霊力が大きいらしい。だから、足もあるのだが……。


「本当に、めがね君は騒々しいですね。咲花さんは、一人前の除霊師なんです。失礼のないようにしてくださいね」


「は、は、は、は、はい~!!」


 知的で落ち着いた雰囲気だったのに、師匠がめがね君と呼ぶ理由がわかった気がする。


 師匠の家に上がり卓の前に座るまで、めがね君はちょこちょこと小さな悲鳴をあげた。

「めがね君!! そのめがね、外しておきなさい」

「そ、そんなぁ~!! 見えないですよ~」

「南条くんも見えなくて、ちょうどいいでしょう」

 めがね君はめがねを外して、やっぱりはめなおした。


「めがね君。お茶をお願いしますよ」

「は、は、は、は、はい~!!」


 師匠は、めがね君が部屋から出ていった方向を見る。

「あれでも、除霊師の素質はあるんですよ。霊も見えていますし、もうちょっと落ち着いてもらえればいいんですけど」

 素質はあっても、霊が見えない咲花よりも凄いのではないかと思ってしまう。


 師匠の視線が、咲花の隣からめがね君が出ていった入り口にゆっくりと移動する。


 しばらくすると、「あわわわぁぁああぁ~」という叫び声と、食器の割れる音がした。


 レイくんが、面白がって邪魔をしに行ったに違いない。


 「あわ!」とか「ひえ~!」とか、可愛そうになってきたので、「レイくん!! 隣にいてね」と呼び戻した。


 カチャカチャと鳴ってしまっているが、なんとかお茶を持ってきためがね君は、咲花の前に緑茶を出してモゴモゴしている。

「南条くんにも、お願いしますね」

「は、は、は、はい~!」

 カタカタとひどい音を立てて、咲花の隣の座布団の前においた。

 そこにちゃんと座っているんだと感心していると、

「ひ、ひぃ~!!」

と、めがね君の叫び声が上がる。

「レイくん、ちょっと、大人しくしていて」

「めがね君が勝手に驚いただけなんで、咲花さんは、お気になさらず。

 めがね君は、そのめがね、外しておきなさい」


 めがね君は、言われた通りに一度はめがねを外すが、見えないのだろう。またつけ直す。


「本題ですが、これが報酬です。南条くんのぶんは、咲花さんの報酬にのせておきました」

 前回の仕事の報酬だ。予想外の怨霊だったので、報酬を弾んでもらえた。最終的に怨霊を倒したのはレイくんなので、レイくんのぶんの報酬もあってよかったと思う。

「それから、南条くんには、私からのお礼ということで、咲花さんの除霊師としての登録を、霊付きに変更しなければならなかったんです。つまり、霊が守っている除霊師ということです。

 その登録では、南条の名前は伏せておきました。

 これで、どうでしょう?」


 南条は、とんでもない呪術師の家系で、それが表に出ると、レイくんが面倒なことになりそうだったので、師匠の胸の留めてくれたようだ。

 レイくんがいるはずの場所をじっくりと見ると、うっすら喜ぶ感覚が伝わってきた。師匠の表情から、レイくんは喜んだのだとわかる。

「レイくん、よかったね」


「あわわわぁ~」

 大声をあげためがね君が、両手で真っ赤になった顔を塞いでいる。

「だから、あなたは、そのめがね、外しておきなさい!!」

「だって、その! あわぁぁ~! ほっぺに、チューとかぁ!」


 レイくんが、咲花がわからないのをいいことに、勝手なことをしていたようだ!!

「レイくん!!」

 咲花の怒号に驚いたのは、めがね君だった。

「は、咲花さんの方が強いんですかぁ~!!」

 咲花とレイくんのいるはずの場所を、交互に見ている。

「そりゃ、そうでしょ。南条くんは、咲花さんにベタ惚れなんですから。

 めがね君、悪いことは言いません。そのめがね、外しておきなさい」

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報酬 翠雨 @suiu11

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