めがねぇさん

空本 青大

―O-O―

「ん~~……やっと着いたぁ」


駅のホームで大きく伸びをした私は、二両編成の電車を見送ったあと、改札口へと足を向けた。

この辺鄙へんぴな駅に降りた客は、自分を含めて四人程度だった。

改札を出る前に、スマホのマップアプリで目的地を検索しようと、一旦ホームに置かれていたベンチに腰掛ける。

目の前を同じ車両に乗り合わせていた女子高生二人組が通り過ぎていく。


「ねぇねぇ知ってる?最近さぁ……」

「え?なになに?」


二人のあとをおじいちゃんが続き、すぐにホームからは私以外の人間がいなくなっていた。


「ここから歩いて一~二キロってとこか」


道順を把握した私は、よし!っと一念発起しベンチから立ち上がる。

人の気配の無い改札から出ると、目の前には一面の野山が広がっていた。


二十分後――


うっすらと背中に汗をかきながら、私は目的地に到着していた。

眼前には長年雨風にさらされ、今にも朽ち果てそうな小さめの鳥居があった。


「おお……いいねぇ」


右ポケットからスマホを取り出した私は、様々な角度から撮影を始める。

昔からこういう寂しい雰囲気の神社に惹かれるものがあり、子供の頃から社会人になった今でもこうやって写真に収める趣味を続けている。

周りからはよく女の趣味じゃないと冷笑を浮かべられるが、好きなものはしょうがないじゃないかと開き直っている。


「本殿も撮って、あと夕陽に照らされるところも写したいなぁ」


時間を忘れ趣味に没頭し、日が暮れるまで撮影会は続いた。


――――――――――

――――――――

――――――


「はぁ、もう真っ暗だ……ライトつけなきゃ」


撮影に満足した私は、スマホからライトを発し、足元を照らしながら駅の方向へとトボトボ歩いていた。

虫以外の生き物の気配が感じられず、木の葉や道草が風で揺れる音が静かに聞こえてくる。

夜の暗闇の不安や恐怖に駆られ、自然と早足になった。

そのとき、足になにかドン!と重いものがぶつかり、バランスを崩した私は、盛大に道に顔をぶつけた。


「いっ……たぁ~~……メガネが曲がっちゃった……一応かけられるけど、ズレちゃうよぉ……」


愛用のメガネのフレームは横に広がり、鼻パッドは取れかかっていた。

左手でメガネを押さえつつ、右手でスマホライトを持ち再び歩き始めた。


駅近くの風景が見えてきて、ようやく街灯の光が目に映り、安堵したそのとき―

街灯の灯りの下に、四つん這いになってモゾモゾと動く人の姿を見つける。

地面に手を付け、何かを探るような動きをしていた。

不審に思い、静かに横を通り抜けようとすると、


「めがねぇ……めがねぇ……」


と、か細い女の人の声が聞こえてきた。


もしかしてメガネを探しているのかな?

だとすれば、同じくメガネをかけている者としてはほっとけない。

意を決して、私は彼女の後ろから話しかけてみることに。


「あ、あのぉ……何か探してらっしゃいます?よろしければお手伝いしますよ?」


恐る恐る話しかけると、聞こえてないのかブツブツと独り言を繰り返しながら探し続けていた。

彼女が探し回っている周辺を見てみると、これといって落ちているものは見当たらなかった。

一応のため、彼女が見ている逆サイドも見てみたが、それらしいものが見つかることはなかった。

メガネどころかなにも見当たらず、不可解な状況に難儀していたそのとき、壊してしまい手で押さえていたメガネをうっかり下に落としてしまった。

拾おうと屈むかがと、目の前の道路に映された私の影に、別の影が重なった。


心臓の鼓動がバクバクと激しくなる。


「ねぇ」

不意に話しかけられ、体がビクッと反応する。


「ど、どうしました?」

震えそうな声を必死に取り繕い、体を微動だにせず言葉を返すと、「見つかったわ」と淡々とした口調で彼女は答えた。


何事かと思ったが、見つかったのなら良かった。

さっき話しかけてスルーされたが、恐らくは探すので必死で答える余裕がなかったのだろう。

安心した私は、手にメガネを持ち立ち上がり、すぐ後ろにいた彼女の前にくるっと周り向き合った。

メガネをかけてなかったので、視界が少しぼんやりしていたが、一応は姿が確認できた。


背丈は私と同じぐらいの百六十センチぐらいだろうか、髪は肩につくぐらいの長さで、白いワンピースを着ていた。

顔は……前髪で顔の半分が隠れよくわからなかったが、どことなく上品な雰囲気が漂っていた。


「いやぁ、良かったですね」


言葉をかけた瞬間―


彼女の両手が伸び、私の顔をすごい勢いで掴んできた。

すさまじい力で顔を抑え込まれ、身動きがとれず、声も発することができなくなる。

どうにか抵抗しようと手で彼女の顔を思いっきり叩く。

だが、ビクともせず私の顔に、より一層力が込められる。

意識がなくなりそうになり、再び私は彼女の顔を叩く。

すると、前髪が横に流れ、彼女の目があらわになった。


目……がない。

正確には眼球がなく、目の部分は奥が真っ暗で見えない洞穴ほらあなのようだった。


「めがねぇ……めがねぇ…………」


最初に聞いた独り言を再び繰り返し、私の目を見つめながら彼女は呟いた。





* * *


「ねぇねぇ知ってる?最近さぁ……」

「え?なになに?」

「ここらへんで“めがねぇさん”が出るらしいよ?」

「誰それ?」

「夜になると、村にある街灯の近くで、四つん這いになって、『目がねぇ目がねぇ』って言いながら、女の人を襲う女の悪霊?みたいなの」

「都市伝説的なやつ?」

「まあそんなもんかな。親戚のおばさんから色々教えてもらってさ。詳しいこと知りたい?」

「うん、ちょっと気になる」

「その“めがねぇさん”ってのはさ、昔このへんの村で一番の大地主の娘だったの。ある日その娘さんが結婚することになったんだって」

「ふんふん」

「親が決めた政略結婚だったんだけど、その相手がちょっとあれだったのよ」

「あれ?」

「娘さんメガネかけてたんだけど、旦那がメガネ嫌いだったのよ。それでいっつも冷たい態度とって、夫婦仲は最悪だったんだってさ」

「え~?理由がしょうもな!」

「娘さんはどうにか機嫌を直してもらおうと、メガネを外して旦那につくしてたのよ。でも、生活に支障が出て大変だったみたいだけど」

「コンタクトつけたらいいのに」

「時代的になかったし」

「なるほどねぇ」

「そんである日、買い物しに大きな町に行ったとき、旦那が別の女と浮気している現場を見ちゃったらしいのよ」

「最悪じゃん。わ~やだやだ」

「娘さんその場で詰め寄ったんだけど、旦那が逆ギレして逃げちゃったのよ。」

「修羅場だ……」

「旦那が山の中に逃げ込んで、そのあとを娘さんがついてって、山奥でようやく旦那を捕まえたんだって」

「すげー執念」

「でもってもみ合いになって、旦那にメガネ壊されちゃった娘さんがつまずいちゃって、近くにあった崖から落ちちゃったんだ」

「旦那が落ちればいいのに……」

「顔から落ちて顔がぐちゃぐちゃになって、特に目がひどかったみたい。眼球が外に飛び出してどっかにいっちゃったとか」

「ちょっとグロはやめてよ~」

「ごめんって。まあとりあえずそんなことがあってから、成仏できず夜な夜な『目がねぇ』って言いながら目を探す、娘さんの悪霊が出るようになったんだって」

「でもうちらここらに住んでるけど、会ったことなくね?」

「なんか村の外から来た女の人じゃないと見えないみたい」

「なんで?」

「旦那の浮気相手が村の外の女だったから、それが関係してるんじゃない?」

「ほえ~。まあこんなとこ来る人そうそうおらんから、そんな気にしなくていいかな?」

「まあ来ても、メガネかコンタクトしてたら大丈夫みたいだしね~」

「さっき襲うって言ってたけど、襲われたらなにされるの?」

「さあ?それについてはおばさん知らないみたいだった」

「ふーんまあいいや。とりあえず帰ろ帰ろ」

「そだね」


――――――――――

――――――――

――――――


夢中になってすっかり暗くなってしまった。

わたしが好きな荒廃系神社のブロガーさんの記事を見て来たが、いい写真が撮れた。

ブロガーさんは、予告でここの村に訪問することを書いた記事を最後に、更新が途絶えてしまった。

一体どうしたんだろうか?

……まあ仕事が忙しいとか、そんなところだろう。


「最近視力が落ちて見えづらくなってきたなぁ……そろそろメガネかコンタクトつけなきゃ」


そんなことをぼやいていると、駅の近くの街灯に差し掛かる。

すると―


街灯の光の下に、人の影がうごめいていた。

ブツブツと独り言が聞こえ、なにかを探しているようだった。

鬼気迫る雰囲気に、何を探しているのか気になり、二人のうちの一人におずおずと尋ねてみた。


「何か探しものですか?」


くるっとこちらに顔を向けたその女の人の目はくり貫かれ、漆黒が広がる深い穴のようになっていた。


「……めがねぇ」





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めがねぇさん 空本 青大 @Soramoto_Aohiro

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