桜花狂乱~魔法が使えない私でも、魔法使いになれますか?~
くろゆ。
第1話 桜花爛漫! 百戦錬磨の一年生!
中央大陸の東側にロッド王国という王国がある。
魔法という存在の発見を成し遂げた偉大なる科学者、リリー・ナイトメア生誕の地であり世界最古の王政国家。
そのような、古今東西魔法といえばここ!な魔法大国の王都にあるのは王国最大の魔法学園だ。
将来魔法使いとなり軍隊や官僚を含めた国の官吏、もしくは研究者など国のエリートとして働くことを願った者たちが通う王国屈指の名高き名門校である。
そのような超優秀な魔法使いのたまごたち勢揃いの学園には先日、ピカピカの一年生が家族の期待を背負って前途洋々に入学したばかり。
けれども彼らは、王国最高難度と言われる試験をくぐり抜けた百戦練磨の猛者どもだ。
そんな猛者どもの中に紛れて、めちゃくちゃ魔法が使えない女の子がいた。
めっ――――ちゃ、魔法が使えないのである。
なんならぶっちゃけると、一ミリも魔法が使えないのである。
※
「どどど、どうしよう……」
今まさに、僕の目の前には空き巣もびっくりな誰がどう見ても挙動不審なピンク色の髪の女の子が、あたりをキョロキョロ見ながら立っていた。
「ソフィアくん、君の番だよ。存分に君の素晴らしい魔法を見せてくれ!」
「……え、えっとあの……えっと…………」
「なぁに遠慮することはない。ずっと魔法をぶっ放したくてイライラしていたのだろう? 安心したまえ! 本気でぶっ放してやって問題ないぞっ! なんならついやりすぎちゃって的を壊しちゃっても、学園ごと壊しちゃっても、全て通り越してこの星ごと壊しちゃっても、私はぜーんぜん君を責めないからね! はっはっは! 先生としてそれだけは約束するし、むしろ加点対象だっ!」
いや、学園も星も壊しちゃったら絶対だめだろ。とついツッコミそうになったが、喉まで出掛かった言葉をすんでのところで飲み込んで止める。いけないいけない。僕はあまり目立ってしまってはいけないのだ。
それにしてもこの状況は明らかに常軌を逸していた。なんでピンク色のこいつはそこまで魔法を出し渋っているのだろうか。
今は校庭で行われる学年合同の学園初日のガイダンス。先生たちは入学した一年生を何人かのブロックに分けて一列に並ばせ、的に向かって魔法を撃たせることで全員の能力を測っている最中だ。
受験では筆記中心でそれ以外といえば個人の才能である魔力量しか見られなかったからな。こうやって入学後に魔法を測ることで受験時に見れなかった実技の部分を授業初日で見てやろうということなのだろう。
ならなぜ入学後になってそんなことをするのかとは思うが、大抵の人間は魔力があれば魔法も扱えるのが当然だし、不正のしにくい魔力量だけ見てしまって、ただでさえ受験人数の多い試験を時短しようということなのだと思う。
というわけで彼女は何かしら魔法が扱えるはず……。
なのにこいつはまるで猛禽類に捕らえられた小動物のようにビクビクと体を震わせるばかりで全く魔法を使う素振りすら見せなかった。
「ほらほら、あまり君に時間をとるわけにもいかないんだ。後がつっかえちゃうから早いところやってくれると助かるよ」
先生が無感情になって彼女を急かす。
それにしてもこの教師、喋り方がいかにも教師然とした厳かな口調なのに、体躯がそれとそぐわない。まるで初等教育すら済ませていないような女の子……というかそのものだよな? なんで教師の中に紛れ込んでんだよ! と再びツッコミそうになったのだが、ゆっくりと深呼吸することで回避する。
それから時間が10秒、20秒と経っていく。遠くから別のブロックで放たれている魔法の音のみが耳をつんざくように聞こえてきた。
さっさとやればいいのに。……というか次は僕の番なのだ。早いところ終わらせてしまいたいのに、こいつが全然的を撃たないせいでなかなか自分の出番がやって来ない。
後ろの奴らも顔をしかめていかにも「早くしろよ」と言いたげな雰囲気を醸し出していた。
……だからだ。本当はこういうことをやりたいわけじゃないし、できるなら影のように隠れて生きていきたいのに、しかたなく、仕方なーく、こいつの腰をツンツンとつついてやることにした。
別に助けてやろうって意味じゃない。
ここで僕がどうにかしなければ多くの人が被害被るのだから、それを回避しようとしたまでである。
「え?」と振り返ろうとする少女。それに向かって僕は「振り返んな」とだけ言ってバレないようにこっそり彼女の手に「魔法石」をもたせた。
彼女は戸惑いを見せながらもそれをぎゅっと握ってちらりと見やる。しばらく硬直していたが、やっとそれの正体に気づいたのだろう。彼女は意を決したように右手を前に突き出し、的に向かって――――。
「ふぁ、ふぁいあーぼぉうるっ!!!」
こぶし大の火球を繰り出した。
それにより、的を見事に壊し――はしなかったが、大魔法使いが見れば鼻で笑うような焼け焦げた痕だけを残して火球は消えた。
先生はそれをじっくりの眺め、「ふむ」と目を細めてから目の前の少女を舐めるように見つめる。
一瞬バレたか、と冷や汗がにじみ出たが杞憂だったらしい。先生はぱっと顔を明るくしながらサムズアップをした。
「ちょっと威力は弱いが、君は受験時に入学を認められているからな。――合格だっ!」
にしっと笑う先生。
ピンク色の少女はぱああああっと花の咲いたような笑顔になり、「ありがとうございました!!」と一礼する。
※
「今日はどうもありがとう! ……えっと、君だよね? 私に魔法石をわたしてくれたの」
その日の夜。
僕の寮にピンク色のあいつがやってきた。
「……そうだが。それより勝手に寮にくんなよ」
「えへへぇ~。どうしてもお礼が言いたかったの。なにせ君がいなかったら今頃私は死んでいたからね!」
彼女は「あ、上がらせてもらうね」とだけ言ってずかずかと僕の部屋に通ずる廊下を歩きながら明るい声で話す。
「死にはしないだろ」
「えぇ? しぬよ~。だから君は命の恩人! この恩は一体どうやって返したら……ま、まさか体!?」
「んなもんいらねぇぇ。ていうかお返しとかそんなんいいよ。お前が早いところやってくんなきゃこっちも延々と待たされる羽目になっていたから、僕はそれを回避しようとしたまでだ」
僕がそう言うと、彼女は僕の部屋の床にちょこんと座った。殺風景の僕の部屋に女の子がいるという事実になんだか歯がゆいようななんとも言えない感じで、顔を歪める。
というか僕の部屋なのによくもまぁ自分の家みたいに振る舞えるなこいつ。
すると彼女は上に着ている服を一枚脱いで服をパタパタと仰ぐ。
「……のどかわいたぁ」
「自分家か!」
えらい図々しい。
それが命の恩人に対する扱いか! と思ったがまぁ僕だって客人(勝手に向こうから来ただけだが)にもてなす礼儀も無いような慇懃無礼なやつじゃない。
僕は魔法で作られた魔道具、「冷蔵庫」から冷えたお茶を取り出してコップに注ぎ、テーブルの上においた。
「あ! ありがと~」
「……………、」
彼女は両手でコップを持ってごきゅごきゅと喉を鳴らしながら一気に飲み干す。
それから。
「……私の名前、ソフィア・アストレアって言うの」
唐突に自己紹介をしだした。
「それからね、私の好きな食べ物はいちごのクレープで、それから好きな景色は桜がいっぱい咲いた並木道で――」
「いや知らないよ。君の好きなものを知っても出せるわけじゃないし、好きな景色を知っても連れていけるわけじゃない」
僕が呆れたように言うと、ソフィアは「あ、たしかに」と言ってからえへへと笑う。
「じゃあ、君の名前はなんていうのかな」
「なんなんだいきなり……。言わなきゃだめか……?」
「ええぇ? 教えてくれないの? きっと今日こうやって知り合ったのもなにかの運命なんだよ。減るもんじゃなしに教えてよ」
「………………、」
僕はしばらく沈黙する。僕だって理由がなければさらっと言ってやっても良いのだが……。
するとソフィアはこの沈黙にたまらなくなったのだろう。
「じゃあ……」と言ってから一つ提案した。
「上の名前だけでいいよ! 下の名前ってちょっと人に言いにくいもんね」
「じゃ、じゃあそれなら……」
僕は渋々といった風に自分の名前を教える。
「エマ、だ」
頭をポリポリ掻きながらそう言うとソフィアは驚いたような顔で、
「エマくん……! 可愛い名前だね! 女の子みたい……」
聞き捨てならないことを言った。
「……は? 僕は女だが」
「え!? 女の子なの!?」
ソフィアは更に驚いたように目を大きく開く。
「そうだよ。どうみても女だろうが」
「いやぜんぜん」
「やっぱお前失礼だな」
こいつを助けたのはやっぱり悪手だったのだろうか。
「――じゃあ、エマちゃん……なんだね!」
「うん。……というかそうなると君は男だと思った相手の部屋に入ったわけだ。よくもまぁあんなにずけずけと入れたな。危ないとか思わなかったのか?」
女の子としてどうなんだ、と説教したつもりで言ったのだが、ソフィアは笑顔を絶やさずにこう言った。
「行くよ。男の子だろうが女の子だろうが。私のことを助けてくれた人には直接お礼を言わなきゃ、私の気持ちが相手に伝わらないままでしょ? それってすごくむずがゆくない?」
さも当たり前のようにこいつは言うんだ。
「…………お前変だよ」
「よく言われる」
えへへ、と笑うソフィア。その姿に不本意ながらドキッとしてしまったのは多分入学したてでなれない環境に疲れているからだろう。
とにかく気を紛らわすためにソフィアから目をそらしながら話題を変えた。
「……で、なんでお前は今日あんなに魔法撃たなかったんだよ。あの程度の焦げ付きで許されるなら腕に自信が無くても撃てばよかっただろ。どうせこの学園にいる時点で魔法が使えないってことは無いんだし」
そう言ってソフィアを見ると、彼女は「げっ」といった感じに気まずそうな顔になる。
「おい、なんかあんのかよ」
「えっと……それは……」
指をツンツンさせながらもじもじするソフィア。
あぁ、これはなんか隠してるな、って思った。分かりやすすぎるだろ。
「言わないんだったらもう終しまいだ。今日の事は何も見なかったし何もなかった。お前は今日クソ雑魚い魔法を放って入学初日から微妙な成績がついた落第生だ。それじゃ、気をつけて帰れよ」
そう言って彼女の帰宅を促そうとすると、「待って!」と待ったがかかる。
「おいなんだよ。なんもないんだろ?」
「……あ、ある! あるけど……。んん~…………!」
「言いにくいことはあまり人に言わないほうが良いんだぜ? 僕だって名前隠したし、おあいこだ」
ほら、さっさと帰れよと手で払う。
すると彼女は深呼吸してから一拍おいて、顔を赤らめながら大声で叫びだした。
「――――わたし、魔法が使えないのっ!!!」
「………………は?」
しばらく僕はこいつが一体なんて言ったのかわからなかったし、もしそれが本当なら冗談だと思った。
だから然る後にもう一度聞いた。
「今なんていった?」
すると今度はソフィアは小声で囁くように言う。
「えっと……その、だから……私は魔法が使えないの。何回も言わせないでよ。…………いじわる」
「は、はあああああああああああああああああああああああああ!?」
多分過去最大の叫び声だったと思う。喉に焼けるような痛みを感じながら叫ぶと、突然僕はベッドに押し倒された。
桜花狂乱~魔法が使えない私でも、魔法使いになれますか?~ くろゆ。 @yutablack0504
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