精一杯の優しさ

 しばらく泣いたらアンズは落ち着いたようだった。

「、、、何で私を境内の外に出してくれなかったの?」

アンズはそう聞いてきた。その質問がくるのは予想していた。

「さっきも言ったがオレは人ではない」

「、、、!!」

 やはり、まだ受け入れられるのは難しいようだ。

いきなり神だと言っても訳が分からないだろう。、、、ずっと一緒にいたのなら尚更。

「お前に言葉や文字を教えてやることは出来ても、どうしても人として育ててあげることは出来ない」

 これに関しては正直、賭けだった。

アンズを身無子みなしごとして村人に託すことも出来た。だが、いずれ秘密は隠し通せなくなる。

 マヨイの子供だと分かり、オレの姿が見えればアンズは生き神として崇められてしまうだろう。案の定、マヨイの血が濃かったのか、アンズはオレの姿が見えていた。それが分かれば生き神として山に招かれ、ずっと此処で生きていくことになる。

 山に招かれた生き神は神の子とされ、生みの親は親ではなくなり、共に暮らすことは許されない。そして神の声がキける道具として利用される。実際にマヨイもそうだった。生き神として山に招かれたのは二十の時だったが、神職からは生き神として身を捧げるのを受け入れさせる為に外と関わりのある物を制限され、境内から出れば生き神の力が失われるとでも思ったのか、社から出るのを禁止した。

境内にも出られない生活。

 果たしてこれが幸せなことだろうか?

「少なくとも神職に見付かっていれば今より窮屈な生活を強いられることになっただろう」そう告げるとアンズは分かりやすい程、青ざめる。

 神職に見付からないように隠れた。

 密告を防ぐ為、村人にも関わらせなかった。

 下山を防ぐ為、柵を作った。

 渡り廊下から此方側には結界が張ってあるから神職には出入りできないのを良いことに、摂社を主な住まいにした。

 全てアンズを守れる精一杯の『優しさ』だった。それが、この子を苦しめていた行為に繋がろうと知りもしなかった。

本当に申し訳ない。

 子供の好奇心というのは恐ろしいもので、成長するにつれて外への憧れを強く抱くようになった。

それは、この地から外の物を近付けようが遠ざけようが、変わらなかった。

アンズを見るとまだ行動範囲の制限に固まっている。

「境内に出られないなら鎮守ちんじゅの社にも出入りできない、、、」

 鎮守の社というのは奥社に行くまでの道だ。アンズが奥社に入ったのは"あの時"の一度だけ。奥社のことを覚えていなくても無理はない、まだ生まれて一日しか経っていなかったのだから。

「じゃあ、この簪は、、、」アンズが自分の手に握っている物を見る。

 懐かしい簪が目に映る。ずっと昔にマヨイから預かった物だ。最近見ていなかったが、本に挟んだまま忘れていたのか。

「お前が持っておいてやると良い」

「、、、良いの?」

「良い。オレは使わないからな、、、好きに使え」

「、、、ありがとう」

(きっとその方が良いだろう、、、)

 アンズは不思議そうに簪を色々な方面から見ている。貰ったのは良いものの、どうやって使うのか分からないみたいだ。

でも、、、簪を貰って嬉しそうだった。

「そういや渡り廊下の鍵って何処にあるか知ってる?部屋中探しても見付からなくて、、、」

「鍵ならオレが持ってる」たもとから渡り廊下の鍵を取り出す。

 アンズがあの男と接触しないように、わざと鍵を開けずに行った。ついて来ているのはアンズの性格上で分かっていたので、開けられないように文机に入れられていた鍵を回収しておいた。

「カタクリが持ってたの!?」

どうやら、少し意地悪をしてしまったみたいだ。

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