手紙

 目の前には紙と筆がある。

それを文机の上に置いて凝視する。あの男性に手紙を書こうと思ったのだが、何を書けば良いのだろう。

カタクリは男性が持って来た栗を剥いて食べている。美味しそう、、、、私も食べたい。

「ねぇ、カタクリ。何を書けば良いと思う?」書く内容が思い浮かばないので、出窓に座っていたカタクリに助けを求める。カタクリは剥いていた栗を一旦置き、橘を私の方に投げた。橘は昨日、カタクリが境内から実っていたやつを取ってきた。

 橘を手に取り、頭を捻る。これを送れという意味なんだろうか。

「オレもあの男に手紙を出そう。、、、というか墨は?」

「ない!」きっと、前回使用した時に使いきったのだろう。使いたい時に使えない時ってあるよね。

カタクリは部屋を見渡した後、自分の手に目を向けた。

、、、、血で書く、と言い出しそうだ。

「替え用の墨、探すよ」

「そうか」

何処に置いたかな、、、と記憶を辿るが全く思い出せない。

「棚の上に茶色の箱に詰めて保管していたんじゃないか?」

「あ、、、」

茶色の箱は高い棚の上だ。

 棚の上に置いてあった箱をカタクリに取ってもらい、箱を開けると替え用の墨が入っていた。

カタクリの背丈は私より高いから、高い棚の上とかでも届くのだろう。背丈は五尺二寸だった気がする。

「良かった〜。これで書ける」

「どうせなら、男を困らせるか」悪戯っぽそうに口元に弧を描くカタクリ。

 橘を見る。小刀で傷を付けて果汁をすずりに絞る。

「、、、よく覚えていたな」

 幼い頃、カタクリが橘の実の汁を使って紙に絵や文字を書き、それを私が当てるという遊びをよくしてくれていた。書かれた文字や絵は透明になって、浮かび上がらせれるまで見ることはできない。

「楽しかったね〜!」

「オレはお前が紙ごと自分を燃やしてしまいそうで、肝を冷やしたよ」

カタクリが肝を冷やすって、小さい頃の私はそんなに使い方が危なかったのかな?

「それだけじゃない。桜の木に登って落ちそうになった時とか、沢で転けた時とか、、、。あぁ、奉納された算額も折ったことあったな」全て心当たりがある。そして全てカタクリのお説教も紐付きでついて来た。

 少し前、社の裏手にある沢で転び、びしょ濡れになって翌日に風邪を引いた。治るまで看病をしてくれたが、治ると一時間近くまでお説教された挙げ句に「しばらく沢に行く時はオレに言うように」と忠告を受けた。

 算額の件は問題をカタクリと協力して解いていたのだが、難しくて投げたら偶然折れてしまった。そういやカタクリは和算が得意なのか結構、私に教えてくれたりもしていた。

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