私の曇ったレンズが映すもの
国見 紀行
フィルター越しに見たあなた
私は不器用で、物事に頓着がない。
お化粧も平均を超えて整えないし、毎日汚れてない服を着る程度のファッションセンス。メガネが多少曇っていても気にしない。
そんな私でも彼女のことは奇麗だな、と感じる。
私と同じ、営業課の三島先輩。
営業成績は常に上位、服装も体型にあった美しいボディラインを際立たせる着こなしを見せ、口紅も最近流行りのメーカーが発表したばかりのものを差している。
所作もキビキビとそつがなく、取引先に行けば仕事の話にも隙がない。
絵に書いたようなキャリアウーマンだ。
「おい、川端くん」
「は、はい!」
ぼんやりと彼女の仕事ぶりを見てると突然部長に呼ばれた。
「こんど取引先に出す資料、昨日提出してっていってたの出てないけど、どうなってる?」
「あ、あれ? 社内クラウドにアップしましたけど……」
「そう? けど見当たらないんだ。確認しておいて」
「は、はいぃ……」
これだ。
私と言えば機械オンチでこんな簡単なことすらミスをする。
IT社会だのデジタル化だの言われてるが、私はこの会社の一番の若手であるにも関わらず手書きや紙の本に魅力を感じるアナログ派なのだ。
彼女のように凛々しくありたいとは思うが、自身弁えればそんな無謀なこと挑戦すること自体烏滸がましい。
部長に言われた資料の保存先を四苦八苦しつつ調べると、予想通りクラウドには上がっていたけど指定のフォルダではなかった。こういうところだ。
細い回線にイライラしつつ転送が終わると終業のチャイムが鳴る。
そんな一日を、私はもう1年以上続けていた。
「あれ? 三島さんメガネだったっけ?」
「いえ、コンタクト探してたら朝の時間がなくなっちゃったんです」
ようやく暑い時期が終わろうとしていたある日、三島さんが年に数回あるかないかの『メガネデー』がやってきた。
いつもは絶対にない、コンタクト忘れの日である。
彼女がこういうポカをやらかすことは珍しく、男性社員のなかでは決まってあらぬ噂が立つ。
「きっと男だ。朝に時間がなくなるほどの事があったに違いない」
「いやいや、誰かが彼女のコンタクトを盗んだに違いない」
「にしては、メガネの彼女はまた一段と……」
そんな会話を尻目に、私はぼやける視界でトイレに向かう。
鏡を見ながら「私もメガネしてるんだけどな」と思っていると、三島さんもトイレにやってきた。
「川端さん?」
「あ、はい?」
呼ばれて振り返ると、突然メガネを取られた。
「やっぱり。はい」
何かを確認すると、彼女は突然時分がかけていたメガネを外し、私に装着させた。
す、と彼女のきれいな顔が目に飛び込んできた。
「ん。いつもの川端さんだね」
にこっと笑うと、そのままメガネを持って彼女はトイレを後にした。
「……ずっこいなぁ。あんな笑顔」
ニヤついた顔が取れるまで、私はトイレから出られなかった。
完
私の曇ったレンズが映すもの 国見 紀行 @nori_kunimi
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