六、

6-1、

「わはははは。上手くいったぜ」


 金作は、自宅の座敷で高笑いしていた。


 八畳、いや田舎の旧家の座敷ゆえ、昨今の和室の十畳分程はあるだろうか。その畳敷きの上にチープな絨毯を三枚重ね敷きにし、くだんの箱詰めされた縄文土器が二〇個、並べられていた。


 それらの間をまんぷく丸と吉兵衛が、尻尾を振りながらわふわふばうばう走り回っている。


「作戦、成功じゃったのう」


 倫輔ウドさあがしみじみ頷き、彰善ガトリング笙歌しょうかもうんうんと頷く。


 金作の作戦立案は、なぜか毎回ドンピシャ当たる。ガッツリ綿密にプランを構築せずとも、なぜかスルスルと相手がどつぼゝゝゝに嵌り、全てが上手くいくのだ。あたかも金作に未来予測能力があり、その分かり切った結果に向かってプロセスをトレースしているだけ、といった感じさえ受ける。


 いや、まあ、金作に力を貸す三人も皆優秀なので、何があろうと臨機応変に対応出来るという要因も大きいのだが。……


 ともあれ、今回の作戦に限っては、ほぼ金作一人の功績だろう。


 今回金作は、敢えて教育委員会メンバーの面前で堂々と、縄文文書ブツを移動させた。移動先は東京近郊にある、金作の元・実家である。


 連中がそれを把握し、現地へと赴いたであろうタイミングで、今度は別の引越会社に委託し某所へ運搬させた。某所とは、笙歌の実家たる神社である。


 そこに個人経営の引越業者を待たせ、ブツを積み込む。運搬先は日本海側某県の、とあるレンタルコンテナーだ。そこに四人が予め待機し、ブツ到着と同時に借り物の小型トラックに積み込んで、再び金作宅へ戻したのである。


 本来、教育委員会ごときが大手引越会社の業務情報を探ることは出来ない。しかし何らかの手を使って、委託内容を把握される可能性を、金作らは考慮した。


 とはいえレンタルコンテナー会社であれば、バレるのはせいぜい契約者名程度だろう。何を、いつからいつまで保管したか……などといった情報まで把握できるものではない。


 なのでレンタルコンテナーまでブツを運搬させ、そのまま自分達のトラックに積み直して金作宅へと運び込んだ。そのトラックも、金作が知人に直接借りたものだから足が付きにくい。


 教育委員会の連中にしてみれば、再三、目の前でブツを持ち去られ、挙げ句足取りがあやふやになる。毎回ガックリと気落ちし、やる気をなくしたことだろう。金作の作戦は、そういった相手への心理面まで考慮した、大雑把ながらも理に適ったものだと言える。


 なにより、県教委において煙たがられつつも切れ者と名高い、岩切をまんまと出し抜いたのは、上出来だろう。


 もっともそんな県教委の内部事情まで、金作の知るところではないが。……


(公務員なんて、与えられた仕事をルール通りこなすだけじゃ)


 今回はなにも、金作がブツ発見を教育委員会に報告し、彼らがルール通り調査に動いているわけではない。謎のスポンサーから県議会議員経由で依頼された、全くイレギュラーな活動でしかない以上、上からの指示がない限り自ら引き続き金作を追うこともないだろう。


(ひとまず山は越えた。当分は相手の出方待ちだ)


 金作はそう読んだ。


「はあ、それにしても……疲れた」


 笙歌が両手で腰を抑えつつ、ぐうっと背を伸ばした。


 なにしろ最終段階“プランC”は業者に丸投げ出来なかったため、四人はトラックと倫輔のRV車に便乗して千キロ近く走った。そして某県のレンタルコンテナ―にて二〇個の縄文土器を積み込み、再び千キロ近く走って戻ってきた。


 高速道路を使用すれば記録も残る。それを恐れ、一般道を走ったため、余計に疲れた。


 で、先程、座敷へ土器を運び込んだのである。これまた手慣れた引越業者スタッフならばともかく、四人にとっては結構な作業負担だ。それぞれの表情に、疲労の色が濃い。


「よし。んじゃあ、また例のホテルで少し静養するか」


 金作の音頭に三人も同意する。


 すぐさま、縄文土器をデカいブルーシートで覆い、座敷のカーテンを閉めその下部にも簡単な覆いを施した。


「うん、こイで外からは覗かれんじゃろ」

「OK、OK♪」

「既にデジタルデータはあるから、最悪、こいつが盗まれても問題はないっちゃけどな」

「いや、そげなわけにゃあいかん。現物っちゅう根拠がっせ、あの縄文文書もんじょがモノを言うんじゃ。現物は大事じゃっど」

「そうか。なる程そんなもんじゃろなあ。……まあ、ほとぼりが冷めたら、どこか安全な保管場所を確保して、そっちに移そう」


 ホームセキュリティシステムの稼働を確認し、四人は外へ出て、あの海辺のリゾートホテルへと向かった。


 季節は既に、一一月の下旬。冬真っ只中である。


 いかに太平洋岸の南国とはいえ、冬の浜辺は強めの冷たい風が吹き付ける。駐車場で倫輔のRV車を下りた四人は、強風に首を竦めつつホテルのロビーに駆け込んだ。


 チェックインの手続きを済ませ、明るく暖かい建物内を歩いて部屋へと向かう。


 その途中、美女と野獣とオカマの三人組と、すれ違った。


 ひと目で、何やら只者ならぬ、胡散臭さを感じずにはいられない三人組である。服装は三人それぞれバラバラだが、ユニフォームの如き統一感がそこはかとなく窺える。


「あっ!」


 ふいに、笙歌が小声を上げた。


「あんた、この前のババア!」


 ん?、と首を傾げる、少々目付きの悪いボンキュッボン八等身美女。


 即座に、


「あっ! あん時の……」


 と気付いたらしく、笙歌を睨みつける。


 たちまち、辺りにのっぴきならぬ緊張感が漂った。


「おいおいおい。こんな所で、妙な騒ぎなんぞ起こすなよ」


 素早く彰善が、二人の間に割って入った。同時に三人組側も、ゴツいガタイの男が、


「オシャンティ様、あきまへんで」


 と、美女のジャケットの裾を引く。


「あっ。コイツら……。アハ~ン!」


 ひょろガリ出っ歯のオカマが何かに気付いたらしく、慌てて美女の耳元で何事かを囁いた。


 ハッ、と顔色を変える美女。


 笙歌をひと睨みし、フンッ、と鼻息荒く立ち去る美女。意味ありげな目で金作らを睨みつつ、美女の後を追う野獣とオカマ。


「……」

「なんじゃ、ありゃ!?」

「あの女、この前さあ」


 笙歌は、前回ここでエステサービスを受けた時の、喧嘩の一幕を説明した。


「……ということがあったの」

「あン連中、オイどんが何者か、知っちょるようじゃったな」

「何か、そんな感じだったよね。……じゃあ、あの時喧嘩をふっかけられたのも、そのせいかな」

「う~ん、違うっぽいなあ。あのカマ男がたった今、真っ先にオレに気付いて、美人のねーちゃんに耳打ちした感じだよな。以前の喧嘩は偶然じゃね?」

「まあ、言われてみれば……そうかも」


 倫輔の指摘に笙歌がもしやと疑問を呈するも、金作がそれを否定する。


「まあ、でも何にせよ、怪しい連中だな。……一応、オレはこのホテルのシステムを監視して、連中を探る」

「そんな事、出来るのか?」

「ああ。まあ、連中が偽名でチェックインしとったら、その素性までは解らんだらーがな。でもチェックアウトくらいは監視出来る。ホテルの共有Wi-Fiから、システムに潜り込んでハッキングする」


 腕組みしつつ、そう言う彰善に、金作は首肯した。


「よし。んじゃガトリング、連中の監視は頼んだで。オレ達の休息も、連中が動き出すまでじゃ。連中がチェックアウトしたら、オレ達も行動開始」

「「「わかった」」」

「あ、笙歌はもうちょい、ゆっくりしてていいぞ。二、三泊余計に泊まっていけよ」

「何言ってんの!! またあたしだけ、除け者にする気ぃ!?」


 笙歌の抗議の声が、ホテルの広い廊下に響き渡った。

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