四、

4-1、

 ――パフパフっ♪


 玄関のインターホンが鳴り、来客を告げた。


 ちなみにそのへんちくりんな呼出音は、金作が彰善ガトリングに頼んでインターホンを改造して貰った賜物である。


(誰じゃろう?)


 傍らのまんぷく丸に目をやると、首を傾げ思案顔である。ということは、来客はいつもの三人や村人連中ではない。


 咄嗟にそう察した金作は、リビングのテーブルに放り出してあったサングラスをかけ、玄関に出た。


「はい、どなたですか?」


 扉を開ける。


 案の定、見知らぬスーツ姿の二人組だった。首にかけたストラップの先に、何やらネームプレートをぶら下げている。どこぞの職員、といった風体である。


「こんにちは。突然失礼致します。こちらは玉澄金作さんのお宅で間違いないでしょうか」

「はあ……。う~ん、どうでしょう」

「私共は、県の教育委員会の者でして」


 ほ~ら、とうとう来なすった、と金作は内心気を引き締めつつ、ただし表面上はすっとぼけた表情を保つ。


「教育委員会!? 何事ですか?」

「いや実はですね。こちら玉澄金作さんが……」

「金作は、私の弟の、いとこの嫁さんの旦那さんですわ」

「はあ……。じゃあ貴方は、金作さんご本人様ではないんですね」


 部下らしい、若い男の方が、手帳を取り出しそのままメモをとる。金作は随分とデタラメな返答をした筈なのだが、二人は緊張しているのか、そこに気付いた様子がない。


「金作さんは最近、こちらのご自宅の庭で何やら大変な発見をなされたそうですが、そういう話をお聞きになりましたでしょうか?」

「いや、聞いてないですねえ」


 あくまですっとぼける、金作。


「はあ、困りましたねえ。……ちなみに金作さんは今、ご在宅でしょうか?」

「いや金作は、ここには居ないです」

「では、どちらへ?」

「内モンゴルかチベットに、砂金掘りに行っちょりますよ。一攫千金ウハウハ大富豪生活を目指すそうで」

「へ!?」


 先輩格の男が、素っ頓狂な声を上げた。若い男の方は、几帳面なのかバカなのか、“一攫千金ウハウハ大富豪生活”と手帳に書き込んでいる。


「なので私が留守番してます。帰国は、いつになるか見当もつかないですねえ。なにしろあいつは風来坊ですから」

「はあ……」


 呆然と立ちすくむ、二人。


 それから何やら二人して、ゴソゴソと小声で会話する。いや距離が近いから、会話は大方おおかた筒抜けなのだが。


 暫くの後、二人はあらためて金作の方に向き直った。


「わかりました。私達はこのまま戻りまして上司に報告の上、善後策を協議してから改めて出直します」

「はあ」

「……ところでちょっと、こちらのお庭の方を拝見したいのですが」

「いやダメです」

「えっ!?」

「私はただの留守番なんで、勝手に許可するわけにはいかないんですわ」

「はあ……」


 金作はこれまたテキトーに言ってみただけだが、二人はそれ以上食い下がることもなく、


「では、日を改めて出直します」


 と慇懃に頭を下げた。


 玄関の扉を閉める、金作。


 そのまま数秒、表の様子を伺う。だが、二人がすんなり立ち去る様子はない。なおも玄関前で、何やらゴソゴソ小声で会話している。


 金作は足音を消しつつ、素早くリビングに戻るとPCをウェイクアップし、とあるソフトを起動した。


 ITスペシャリスト・彰善の発案で一昨日導入したものである。


 敷地内のあちこちに、マイク付きの監視カメラを設置したのだ。それらをこの管理ソフトで任意に切り替えつつ、映像や音声を確認出来る。勿論、録音も録画も可能である。最近はセキュリティ会社と契約せずとも、その程度のことは個人で安価に実現出来る。


 案の定、外の二人組は玄関先でゴソゴソ密談の後、母屋の脇をすり抜けて裏庭側へと移動し始めた。玄関前の監視カメラを通して、状況が筒抜けである。


(ほらほら。やっぱり、コソっと実力行使か)


 金作は玄関にすっ飛ぶと、バンっ、と敢えて勢い良く扉を開け放った。


「おいっ!」


 低音でドスを効かせた声。左手は、玄関前の監視カメラを指差す。


 ぎくっ、と首をすくめる、二人組。


「お帰りはあっちだ。それ以上そっちに進むと、家宅侵入で訴えるぞ。……ちなみに監視カメラは、敷地内に幾つも設置してあるからな」


 ひと足遅れて金作の傍らにスタンバったまんぷく丸が、グルルル、と低く唸り声を上げる。もっともいかんせん、もふもふ過ぎて全然迫力に欠けるのだが。


 とはいえ二人は、それだけでビビったのか、


「あ、済みませんっ。失礼しましたあ」


 慌ててキレイに回れ右ゝゝゝし、脱兎の如く門の外へと駆け出した。


 それを見届けた金作は、おもむろにジーパンの尻のポケットからスマートフォンを取り出すと、


 ――くだんの連中、来訪。プランA、始動。ついては明朝九時、拙宅に集合されたし。


 と友人三人に同報メールを送信した。


 そして、なおも門の外に向かってグルルルと唸るまんぷく丸の、背を軽く叩くと、


「寒くなってきたなあ。家の中に入るぞ」


 と促した。

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