妖怪めがね

永嶋良一

第1話 妖怪めがね

 「このメガネを掛けるとね、妖怪が見えるのよ」


 突然、優那ゆうなが僕に言った。僕たちがデートで使う、いつもの和風の喫茶店だ。優那と僕は同い年の恋人同士。で、優那って・・・ときどき、こんなふうに変なことを僕に言いだすのだ。僕は顔の前で手を振って笑った。


 「あはは。ばかばかしい。妖怪なんているわけないじゃん」


 僕が笑うのを見て、優那が抹茶フロートをストローでゆっくりとかき混ぜた。この喫茶店では、僕たちはいつも抹茶フロートを頼むのだ。そして、優那が上目遣いに僕を見た。優那の眼がいたずらっこのように笑っている。僕の心臓がドキンと鳴った。僕は、この優那のポーズにめっぽう弱いのだ。僕の心はたちまちメロメロだ。


 「私、健斗けんとがそう言うだろうと思ってた。でも、妖怪って、ホントにいるのよ」


 そう言うと、優那は掛けていたメガネを外して、僕に渡した。


 「健斗、これを掛けてみて・・・」


 僕はそのメガネを掛けた。すると・・・眼の前を歩いていた、ウエイトレスのお姉さんの姿がぼやけて・・・次の瞬間、白い着物を着た女性に変わった。女性の肌が雪のように白く透き通っている。一瞬、冷たい風が、女性から僕に向かって吹いてきたような気がした。僕はブルッと身体を震わせた。そして、首をひねった。


 あれっ、僕は眼がおかしくなったんだろうか・・・


 僕はあわてて、眼鏡を外した。すると、白い着物を着た女性の姿が、再びぼやけて・・・もとの、ウエイトレスの制服を着たお姉さんに戻った。


 ウエイトレスのお姉さんが向こうに歩いていくのを見て、優那が言った。


 「あの人、雪女なのよ」


 「ゆ、雪女だって~」


 僕は呆然として、優那を見つめた。僕の理性は、さっき僕が見たものを否定していた。だって、雪女なんて、この世の中に本当にいるわけがないじゃないか・・・


 しかし、どうして雪女が喫茶店で働いているんだ・・・


 僕はかろうじて声を出した。


 「どうして、雪女がウエイトレスを・・・」


 優那が笑った。


 「もちろん、生活のためよ」


 「生活のためだって?」


 「そうよ。妖怪だって、生きていくためにはお金が必要なのよ。だから、多くの妖怪が、人間に姿を変えて・・・人間世界に入り込んで働いているのよ」


 「妖怪が人間の世界に入り込んでるの?」


 「そうよ。人間は知らないけど・・・妖怪はね、昔から、私たち人間と共存してきたのよ。人間は妖怪の姿を見ることができないから、人間に姿を変えてね。で、妖怪と私たち人間を唯一つなぐものが、この『妖怪めがね』なの。人間はこれを掛けたときだけ、妖怪の姿を見ることができるのよ」


 僕は手の中のメガネを見た。


 「これって、妖怪の姿を見ることができるメガネだったのか・・・」


 優那が再び笑った。


 「だから、さっき、そう言ったでしょ。・・・」


 僕はメガネを優那に差し出した。優那に返そうとしたのだ。優那があわてて言った。


 「あっ、返さなくていいよ。それは、健斗にあげる。私は、もう一つ持ってるから」


 優那は、バッグからもう一つ『妖怪めがね』を取り出して、耳に掛けた。


 僕は首をひねった。


 こんなメガネをもらってもなあ・・・何に役立つんだろう・・・


 すると、優那が窓の外を見ながら言った。


 「ちょっと、健斗。もう一度、そのメガネを掛けて、窓の外を見てみて」


 窓の外は歩道だ。僕は優那に言われた通り、再びメガネを掛けた。喫茶店の窓から外を見ると・・・ちょうど、歩道を中年のおじさんがゆっくりと通り過ぎるところだった。その中年のおじさんの姿がぼやけて・・・壁のようなものに変わった。


 「あの人、実は塗壁ぬりかべという妖怪なのよ。夜道を歩いていると、眼の前が突如として見えない壁になってしまって、どうしても前へ進めなくなることってあるでしょ。あれはね、塗壁の仕業なのよ。でも、塗壁はそういういたずらをするだけで、人間には害はないのよ」


 塗壁だって? なんだか、頭が痛くなりそうだ・・・


 僕は優那に聞いた。


 「でも、優那はどうして『妖怪めがね』なんて持ってるの?」


 「この『妖怪めがね』はね、私の家に代々伝わってるのよ。私の家系は、妖怪と人間をつなぐ役割をしてきたの。妖怪が人間の世界で暮らすには、いろいろと障害があるわけじゃない。また、妖怪同士の争いもあるわけなの。それでね、私の家はこの『妖怪めがね』を使って、そんな妖怪たちの相談を聞いて、妖怪たちを助けてきたのよ」


 「ふ~ん」


 「でね、私の両親はもういい年だから、そんな妖怪の手助けはそろそろ引退したいって言いだしたのよ。私って一人娘でしょ。だからね、家を継いでくれる人に、あらかじめ『妖怪めがね』を渡しておきたいの」


 「ふ~ん。優那もいろいろと大変だなあ」


 そう言ってから、僕は首をひねった。


 えっ? 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る