強く、気高き者⑩

 翌日、改めて3人で闘技場へ向かうと、予想以上の人混みに巻き込まれてしまった。闘技がアルベルト王国の人々にとって国民的な人気を誇るイベントであることは一目瞭然。ただし闘技の勝敗を対象にした賭けも行われているので、戦闘狂なのか賭け狂いなのか、その両方なのかは定かでないが・・・と、ここでフィオから如月に報告が入る。

「淳ちゃん、ねぇ淳ちゃん。」

「どしたフィオ。トイレなら闘技場につくまで―」

「ラビちゃんがいないよ。」

はっと振り返る如月。下も見る。フィオとは迷子にならないようにしっかりと手を繋いでいたが、ラビには即答で断られてしまった。仕方ないので、離れず付いてくるように念を押したが、さっそく人混みに飲み込まれてしまったか。

 もちろん普通のお子様ではないので、すぐに見つけて事無きを得たが、普通のお子様ではないということは―

「如月。離れるなと言っただろう。全く、何でちゃんと付いてこないのだ。」

迷子の張本人に怒られる始末。ごめん、ごめんと謝る如月であったが、戦う前から大汗をかいてしまった。そんな如月、何故ラビがはぐれてしまったのかを訊かなかった。もしも理由を尋ねていたならば、この後少しは落ち着いて応対できたのに。訳を知ればラビのセリフも腑に落ちるのに。ただ、ラビは話さなかったかもしれない。自分から喋らないということは、ラビなりのサプライズという奴だろうか。


 宿で暴れられても困ってしまうので黙っていたが、受付での闘技参加登録直前、やはりラビにバレてしまった。そして当然、大騒ぎ。

「なにー!!訊いてないぞ。私だけ見学なのかっ。ズルいぞ。私も出るぞ!」

回りの視線を痛い程に感じる如月。受付の女性も困ってしまう。

「だって仕方ないじゃないか。もう一人しか参加できないんだから。」

「・・・・・・ん―私が参加する。その方が攻撃力はずっと高いはずだ。」

「もちろんそうさ、その通り。ただ、ラビ・・・何か嫌な予感がするんだよ。」

そう言ってしゃがみ込み、ラビと視線の高さを合わせ、小声で話を続ける如月。他の人には内緒だぞ、と。子供の注目と集中力を高めるには打って付けの方法である。

「昨日の夜、少しだけ下見をしたんだが、虫型の戦士が戦っていた。」

「!!」

ラビの顔色の変化を如月は見逃さず、耳元で追い打ちをかけた。

「どうやらあれは、セミファイターとゴキブリ戦士。」

もちろんはったり。罪悪感はあったが効果は抜群だ。ラビの興奮が冷めていく。今ラビの頭の中ではセミが飛び回り、ゴキブリが這いずり回っているはずだ。ラビは大の虫嫌いなのだ。勝負あり、のはずだった。


 「しかし敵のガードが固けりゃ、お前ェの軟(やわ)な攻撃じゃジリ貧だろう。」

「だからできるだけ道具は揃えてきた。なんとか・・・えっ?」

突然ラビが声変わりした?そんな訳ない。声は如月の頭上からだ。混乱した脳みそを整える。フィオとラビが見上げる大男。

「相変わらずヒョロヒョロしてやがるな。飯は食っているのか、如月よ。」

「クォーダ!」

人目もはばからず、如月は大男に抱きついた。やめんか、馬鹿野郎。気持ち悪いと如月を振り切ったクォーダに今度はラビが挨拶する。

「相変わらず時間にルーズな奴だ。」

ほぼ真上を見上げるようにしていラビが嫌味を吐くけれども、その表情はどこか温かい。

「まぁ、そう言うなって。俺はお前ェや如月みてぇにピョンピョン飛べる訳じゃねぇんだからよ。これでも急いで来てやったんだぞ。」

「ふん、どうだかな。さっきだって私に気付いていながら、どこかに消えてしまったじゃないか。」

「煙草を切らしていたのを思い出して―そんなことはどうでもいい、あれだ。勇者様はどいつだ?便所か?姿が見えねぇようだが。」

と、いうことで勇者様登場という流れになったのだが、当のフィオは驚いたのか、如月の背後に身を隠してしまった。如月のズボンをキュッと握りながら、顔だけちょいと覗かせていた。

「ほら、フィオ。」

如月に背中を押され、重たい荷物を持ち上げるかのようにゆっくりと手を挙げた。

「ほぅ~~~・・・この小っこいのが勇者か。クックック・・・ラビ、良かったな。いいお友達ができたじゃねぇか。宿で飯事(ままごと)でもするか、がっはっはっはっはっは・・・・・・」

バカ笑いしながらラビとフィオの頭をゴシゴシ撫でるクォーダ。

「ぐっ、やめろ。縮むだろ・・・」

身長200センチ、体重130キロくらいだろうか。とにかくデカイ。身体も武器も、態度も度量も。


 不安と緊張で血の気が引くフィオ。見兼ねた如月が励ましにかかった。見兼ねた如月が励ましにかかる。見た目よりは優しいから。見た目よりはしっかりしているから。見た目よりは・・・3つ目で早くも断念、諦めた。ただ最後に一言、見た目通り強いから安心して行っておいで。そう言ってフィオを見送った。果たして耳に届いていたかどうか。クォーダの十歩後方をとぼとぼついていくフィオ。無理もない。初めて会った得体の知れない大男とコンビを組むからというだけではない。満席の闘技場。観客席は闘技場を囲むように人でびっしりと埋まっていた。そして、落ち着いて座っているものなどほとんどいない。皆、思い思いに言葉を発しながら盛り上がっている。酒の入っている者も多かろう。フィオからすれば狂気の沙汰だった。歓声の細かい内容は聞き取れなくとも、その雰囲気は察することができる。クォーダ、フィオ組の完全アウェイ。

 「まずは西門より、アルカレスト、アルベルト両王の入場だー!!」

自国の国王が目の前で戦う。かつて勇者と共に魔王討伐を目指した伝説の剣士の登場に盛り上がらないわけがない。しかも賭けの対象だというから制御不能。戯言がフィオの耳に届き、さらに緊張を高めた。

「あ、あの・・・クォーダさん。私は何をすればいいでしょうか。」

モジモジしながらやっとやっと口を開くフィオ。ずっと俯いて顔など全く見ることができない。対してウキウキ、ワクワク、闘技が待ちきれないクォーダは罵声すら称賛の声にすり替えていた。

「何もしねぇでいいぞ。隅で待ってろ。あいつらとは俺がやる。何十年前の話か知らねぇが、アルカレスト、アルベルトって言やぁ、有名な剣士だ。そいつらと手合わせ願えるのは悪くねぇ。尤も、とっくに爺さんになっちまって、剣を振るのか杖を振るのか知らんけどな、がっはっはっはっはっは・・・お、呼ばれたぞ。行くぞガキんちょ。」

手を繋ぐことも振り返ることも目線を合わせることもなく、クォーダはさっさと歩いていってしまった。

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