第2話 薬草? ハルトは何してる。もっとRPGすればいいのに
さっそくルカの持ってきた眼鏡をかけ、森に入る手前の草原で薬草摘みをしていた。これだよこれ、この景色。薬草を摘む手にも力がみなぎる。
面倒くさい冒険をしなくても、この視界が手に入った。こっちの世界の人間にはこのめがねは作れない。このレベルの眼鏡を作れるドワーフを探す旅に出なくて良かった。
世界はこんな色をしていたんだ。
と、意気揚々と薬草摘みをしていると
「ハルト、お腹、空いた」とルカが言う。
「そういえば、荷物、眼鏡だけか?」
常に荷物が多いはずのルカが、カバンも持っていなかった。
「うん。スマホ、使えないらしいし」
電波ないだろう。異世界だし。
「他の荷物は持ってこなかったのか?」
「うん。現地調達しろって立林が言ってた」
「なんで?」
前世の世界の便利グッズみたいなの持ってきてほしかった。
「荷物はできるだけ増やすなって」
異世界転移だし、空間の広さとかいろいろあるんだろう。
「じゃあ、腹減ってるよな」
ルカがうなずく。可愛らしすぎる仕草で。
自分用に用意してきた弁当をルカに渡す。布で包んであるだけのサンドイッチ。
「食べていいの?」
両手で受け取って、聞いてくる。かわいい。
「食え」
「わ~い」
ルカはこれまでで一番いい笑顔ですぐに食べだした。
異世界から移動してきたんだから腹が減っているのだろう。とてもよい食べっぷりだった。
ルカが食べている間、薬草を探すことにした。
昼飯がなくなったから、早く集めて早く帰ろう。
ルカも食べ終わると薬草を探し出した。
「ハルトぉ~、これ薬草?」
少し離れたところでルカが聞いてきた。ルカは薬草摘みと言うよりは、異世界の草原を楽しんでいて離れてしまった感じだった。久しぶりだったけれど、この感じはデジャブとでもいうのだろうか。懐かしかった。
ルカがいる。
それだけで俺は幸福だった。
「私が見るわよ」
俺とルカの中間にいたレイラがルカに近づいて行く。
「ん」
ルカがレイラに自分が摘んだ葉を見せていた。
「え? なにこれ。薬草? 毒草?」
そう言う声が聞こえてきて
「ハリー、これ何ぃ?」とレイラに呼ばれた。
レイラはいつもなら薬草は採らない。一緒に来ることがあっても、俺の横で雑談をしているだけ。だから薬草の種類がわからない。まったく知らないわけではないけれど、植物に興味がない。だからわからない物の方が多い。
見知らぬ俺の知り合いらしきルカが現れて、優越感のようなものに浸りたかったようだが無理だったのだろう。
「ちょっと待って」
見える位置にある薬草を数本摘んで、地面に置いた籠に入れると立ち上がる。
ルカはこの世界に来たばかりだから薬草がどれだか知っているわけがない。俺も前世の高校では生物やってたけど、あれとは何か違う気がする。そもそもちゃんと勉強していなかったし、前世の記憶は遠い昔のことで、そんなとこまで覚えてない。
何よりこっちにはモンスターがいる。植物系のモンスターだっていないわけではない。元居た世界の植物と違う植物も生えている。
「これは薬草だよ。傷薬になるヤツ」
「これが? 葉っぱ違うんじゃない? 薬草はこれって言ってたと思うんだけど」
レイラが持っていた葉を見せながら言う。
その葉を受け取って見る。
「これは薬草じゃないよ。ほら、ここが開いてる」
そしてちぎって匂いをかぐ。安全な香りがしなかった。
「薬草と勘違いしやすいけど、これは食べられないし塗っても傷が悪化する」
「え?」
「毒草だよ」
微量だけど人間には毒になる成分が入っているからあまり食べない方が良い。
「毒!?」
「間違って食べてもすぐは死なないけど」
「すぐじゃないけど死ぬってこと?」
そこまで大げさにおどろかなくても……
「死なないけど、大量に食べたらわからない」
レイラがどの程度を大量と言うのかわからないけど。
「ホント?」
「それに、不味いから死ぬ量まで食べ続けるのは難しい」
「安全で美味しい草が食べたいわ」
「そうだろ?」
レイラたちの近くに生えている植物を見る。
「これは、毒消しになる植物だ。これも見つけたら採っておいて」
二、三株採って二人に見やすいところに置く。二人でじっとそれを見ている。
「この辺りの草を全部採って、後でハルトが選別するっていうのでいいんじゃないの?」
薬草摘みに飽きてきたのかルカがうんざりしたように言う。
なんてことを言うんだ。俺の手間が恐ろしい程に増えるだけだ。
「冗談でもそんなこと言うな。使いもしないのに摘んだら、植物に恨まれるぞ」
「恨む? 植物が?」
「恨む。生きているから葉が伸びるんだ」
ルカが持っている葉を何とも言えない表情で見ている。
どういう環境で育ったんだと言いたくなったけど、俺も知ってるあの世界から来たのならわからなくても仕方がない。
「違う子を引っこ抜いちゃったら可哀想だから、ボクは見てるね」
にっこりと笑ってルカが言う。
ふつうに天使のようだった。
そして椅子にちょうどいい大きさの石を見つけて座る。
逃げた。しかもなんか都合の良い理由をつけて。しかも言い方がかわいすぎるし……
「あたしもそうする」
二人で並んで座る。
はじめから期待してなかったからいいんだけど。もしかしてとほんのわずかは思っていた。近くにあった毒消しをいくつか採って籠のところへ戻る。すると二人もついてきた。
はしゃぎながら。
何がしたいんだ、この二人は。
俺が薬草摘みを再開すると、ルカとレイラが籠の中を覗き込む。
気、合ってないか? レイラの方が俺よりもルカと一緒にいる。
「おお、これが薬草? おんなじ葉っぱがいっぱいある」
「そうよ。これが薬草」
レイラも覗き込んで偉そうに言う。レイラはちゃんとわかってないと思うんだけど。
「いっぱい採れてるからもういいんじゃない?」
ルカが上目遣いに聞いてきた。
飽きてるだけなんだろう。
「まだ籠に入るから採りたいんだけど……」
「十分だよ。あんまり採ったら薬草さんに恨まれるよ」
首を傾げ、愛らしく言ってくる。こういうところは天才的。
「それじゃあ、もう少し採ったら終わりにする」
「そうしよう」
ルカが嬉しそうに微笑む。
俺が薬草を採っている間、ルカとレイラは楽しそうに話していた。
会ったばかりなのに、昔からの友人みたいに。
ルカは明るいから誰からも好かれる。あんなに面倒くさくて気難しいレイラも楽しそうにしているし。
黙ってひとりで薬草を採っている自分が淋しい。レイラもいつもならすぐにいなくなってしまうのに、今日はルカと話している。
そろそろ籠いっぱいになってきた。
「終わった?」
ルカが声をかけてくる。
「ああ」
「じゃあ、帰ろう」
満面の笑みで言う。
どこに帰るつもりなんだ?
俺が籠を背負うと、適当に拾った茎を振り回してルカは元来た道を戻る。レイラと楽しそうに話しながら。
なんでこんなに違和感なく入り込んでくる?
そして、ルカが俺の足にしがみついてきた所に来ても、ルカはそこを通り過ぎた。
俺が立ち止っても二人はスタスタ行ってしまう。
何か特別な場所なのではないのか? 移動するためのドアがあったりしないのか。でもルカは気にもせずに行ってしまう。
レイラが家に向かって歩いて、ルカも同じ方向に歩いている。
俺に会いに来たんじゃないのか?
記憶が戻ったばかりだけど、俺にとってルカはとても大切な存在だった。後先考えずに抱きしめたいくらい大切な。
ルカは違うのか?
レイラと話している方が、俺と話してる時よりも楽しそうじゃないか?
二人の後ろを歩きながら淋しさを感じた。
でも、ルカがいて、笑っている顔を眺めると、そんな気持ちは失せる。
ルカは美少年で話しかけづらいけれど、人懐っこいから誰からも好かれる。ちょっと遠巻きにされるけれど、笑顔で話しかけられるとかなり嬉しい。お日様のような温かい笑顔は周囲の空気を和ませる。
だからルカが生きている方が良い。
二人のうちどちらかしか生きられないのなら、地味な空気しか作れない俺が生き残るより、場を華やかに変えてしまうルカが生きている方が良い。
だから前世の俺はそう行動した。
二人のうちのどちらかしか生きられないなら、ルカが生きていた方が良い。
誰もがそう考えるから。
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