第2話 軍資金

どこへ向かったのかと言うと、俺は24時間対応可能なブランド買取をやっているお店を探しだした。


金目のものなどほとんどないが、唯一さっき小銭しか入っていなかったこの財布には、いい金額がつくはずだと思った。


死んだ両親から貰った財布だが、冥土にもっていけるものではないから背に腹はかえられない。


お店を見つけ財布を買取査定に出した。


査定を待っている間ハナちゃんも店舗をみたいと言うので、一緒に店内に入ってきた。


受付を終えて彼女はどこを見ているのだろうと探していると、店舗の片隅にあるゲームコーナーのクレーンゲームをかじりつくように見つめていた。


声をかけようかと思ったその時、店内放送で呼ばれたためレジまで戻った。


「お待たせしました、査定額はこちらになりますがよろしいでしょうか?」


思ったより高い値段がついていた。


「はい、お願いします」

心の中で今までありがとうと財布に別れを告げた。


俺は人生最後の軍資金を手にし、

ハナちゃんの元へと向かった。


ハナちゃんはまだ同じ場所にいたので、

まず両替機に向かうことにした。


「欲しいのはどれだい?」コインを入れて尋ねる。

いきなりだったのか少し驚いた様子で、


「いえ、そ、そんな悪いですよ」


「遠慮しなくていい、臨時収入がはいったんだ」


「でも……じゃあこの子を…」

恐る恐る指を刺した先には


「んーと…この…ネコ…かな?」

おそらく白いネコのキャラクターだった。


「ネコ好きなんですけど…本物にはあんまり好かれなくって、なかなか触れないので…」


「よしわかった、任せてくれ」


気合を入れてボタンをおしたが、

ぬいぐるみを持ち上げる途中でアームが弱くなったかのように落とされてしまった。


その後何度か挑戦するが一向にとれない。

横を見ると不安そうに見つめる視線が痛い。


「意外とむずかしいね、ハハハ…もう一度」

深呼吸をして挑む。


「頑張ってください!」

とハナちゃんは小さく両手を胸の前で握りしめる。


時間だけが過ぎていき………これが10回目の挑戦。


この時にはハナちゃんはクレーンゲームの横面に回り込んで、奥行きの指示を送ってくれるようになっていた。


「もう少し…もう少し…そこです!!」

慌ててボタンを離す。


「今回はなかなかいいんじゃないか」

今までで1番安定してぬいぐるみを掴んだアームは、

そのまま放出口の真上までネコらしきものを運んできた。


その時のクレーンゲーム横から見つめていたハナちゃんの輝いた顔が脳裏に焼き付いた。


「よし!とれた!!」年甲斐もなく大きな声をあげて、2人でハイタッチを交わしていた。


ぬいぐるみを渡すと満面の笑みで

「ありがとうございます!ホントに嬉しいです!」


この笑顔にはおそらく戦争を止める力がある。

本気でそう思った。


その後、他のゲームを少しだけ遊んで店の外に出ると空が少し明るみ始めていた。


さっきまでの吹雪は止んでおり、

シンシンと柔らかな雪が少しずつ降りそそいでいた。


「そういえば私お兄さんの事なんて呼べばいいですか?」車に乗り込んですぐ、唐突に問われた。


もうすぐ死ぬやつの本名を教えてもなぁ。

と思い周りを見渡すと、自分の煙草と目があった。


「ナナホシ…ナナホシっていうんだ」


「ナナホシさんですかぁ、ちょっと呼びづらいので、ナナさんって呼んでもいいですか?」


なんとも女の子らしい名前になったもんだと思ったが、今日1日の呼び方なのだから


「好きに呼んでかまわないよ」と答えた。


「ナナさんって、なんだか七三分けみたいでいい響きですよね」笑いを堪えながらハナちゃんは呟いた。


俺はとくに拾わなかった。


「ではナナさん!出発進行です!」ネコらしきを両手で上に掲げながら高らかに声を上げるハナちゃん。


「了解!」

この子はこんなキャラだったのかと新たな発見に驚きつつアクセルを踏んだ。


「そーいえばどこに向かおうか」

まだ早朝というにも少し早い。


「昼はラーメンを食べに行くとして、それまでまだ時間がありそうだね」


「ナナさん…私行ってみたいところがあるんですが…」ハナちゃんは申し訳なさそうに言う。


「どこだい?」


「漫画喫茶です!」

さっきのネコが獲れた時のような顔だ。


「でも私、お金持ってないので何か私にできる事でお返しするしかできないんですが…」


とりあえずコンビニに車を止めた。


「ではこうしよう」

ポケットから先ほどの一万円札を1枚取り出す。


「このお金をハナちゃんに貸す、返すのはいつでもいい」


「そのお金で買い物するときは、貸しているだけだから申し訳なさそうにしなくていいんだ」


ハナちゃんは少しの間悩んでこう答えた。


「分かりました!必ずお返ししますのでお借りします!」


最後の軍資金だ。

人のために使った方が気分もいいだろう。


とはいえ漫画喫茶とはまた意外なことを言う子だ。


まぁ俺もシャワーを浴びたいとも思っていたからちょうどいいかもしれない。


漫画喫茶についた俺たちはファミリールームという少し大きめの部屋を借りた。


「じゃあ俺はシャワーを借りてくるからゆっくりくつろいでて」と伝えると


「わかりました!いってらっしゃいませ隊長!」

と敬礼している。

よほど楽しみだったのだろう。

テンションが分からない。


シャワーから戻ってきた時、部屋の中には大量のドリンクと山のように積まれた漫画の中で

スースーと寝息を立ててぐっすり眠っている、

なんともかわいらしい生物がいた。


「起こしちゃ悪いし、俺も懐かしい漫画でも読むか」


懐かしい漫画を読み耽っていると隣の山がゴソゴソと揺れだした。


「あれ、わたし寝ちゃってました?もったいないことしちゃいました〜」


「おはよう、あまりに気持ちよさそうに眠っていたから起こせなかったんだ」


「ナナさんはどんな漫画を読んでるんですか?」


「俺は昔から好きな『ツーピース』を読み返してる」

「もう一度完結編を読んでおきたかったんだ」


「有名ですよね、どんなお話なんですか?」


「ハナちゃん『ツーピース』しらないのかい?」

食い気味に尋ねる。


「はい、タイトルしか…」


俺は約30分かけてお気に入り漫画の素晴らしさを熱弁してしまった。

これは確実に引かれてしまっただろうと恐る恐るハナちゃんの顔を覗いてみるとキラキラした顔で漫画を手に取り


「天使の実ですか…興味深いです!読んでみたくなりました!」


今のままで充分天使だよと言いそうになったのを堪えると同時に、死ぬ前に大好きな漫画を若者に布教することが出来た喜びを噛み締めていた。


「ハナちゃんはどんな漫画を読んでいるんだい?」


「わたしは基本恋愛ものですね」


「切ない恋愛漫画を読んで、不幸なのは自分だけじゃないって自分を慰めるみたいな…」


聞かない方がよかったのだろうか。

困った…なんて言おうか。


「あ、でも全然気にしないで下さい!過去のことなので…」両手を前にバタバタとさせる。


「わたし飲み物とってきます!ナナさんは何かいりますか?」


「じゃあホットコーヒーを」


「わかりました!ブラックでいいですか?」


「あぁ」頷きつつ見送る。


変な空気にしてしまっただろうか。

反省しよう。


「お待たせしました〜」


「ありがとう」コーヒーを受け取る。


ホットのため火傷しないよう恐る恐る口をつけると、そのコーヒーは氷のように冷たかった。


「んっ」

思わず声が出た。


「どうかしましたか?」ハナちゃんが尋ねる。


これはイタズラなのか、それとも間違いなのかどっちなのだろうと顔を伺うが、それらしい反応が見られないのでアイスとホットを間違えたのだろうと思い何も言わなかった。


「いや、な、なんでもない」


その後しばらく漫画を読んだりウトウトしたりしていると、気付けばお昼頃になっていた。

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