セブンスター

野谷 海

第1話 出逢い

男は車を運転していた。


向かう場所は特に決めていない。


ただ我武者羅に、暗い田舎道を道なりに進み続けた。


男は死に場所を捜していたのだ。


海がいいか山がいいか、痛いのは嫌だな、楽に消える方法はないんだろうかと、そんなことだけを考えながら進んでいると、ついに行き止まりに突き当たった。


そこは偶然にも海だった。

どうやら海浜公園のような所だが、真冬の深夜ということもあり他に人の姿はなかった。


それだけでなく辺りを見渡せば、墓地が何ヶ所か連なっていてなんとなく気味が悪い。


ひとまず車を路肩に停め、外に出て煙草に火をつける。


左手に持っている軽くなった煙草の箱を見て男は

「あと3本か…」と小さく呟いた。


顔を上げると目に止まった自動販売機の光に吸い寄せられるように近づいた。


最後にコーヒーでも飲みたいが、開いた財布の中には数枚の小銭しかなく、合わせても100円にも満たなかった。


もちろんそんな金額で買える飲み物など売っておらず、男は衝動的に自動販売機を思いきり蹴り上げてしまった。


だがすぐ我に返り、いかんいかんと自分を戒め、「お詫びといってはなんだが、これが今の俺の全部なんだ許してくれ」と財布の残りの小銭を全て自動販売機に投入した。


最後の最後まで情けない気持ちでいっぱいのまま車に戻り、しばらく目を瞑った。


さてここからどうしようかと目を開け前を向くと、

先ほどとは景色が違う。


目の前が真っ白になるくらいの猛吹雪のカーテンが

ヘッドライトに照らされて全く前が見えない。


これはしばらく動けないかと思っていると、

助手席側の窓ガラスが"コンコン"と音を立てた。


突然のことでビクッと驚きながらも音の鳴る方を向くと、パーカーのフードを被った髪の長い女性がこちらを覗いていた。


驚きながらも窓を開けて

「どうされました?」と尋ねると


「いきなりすみません、実は家族と喧嘩をして家を追い出されてしまったので、少しの間車に乗せてもらえませんか」とのことだった。


多少警戒はしたが盗られるものなどないし、死ぬつもりなのだから今さらどんなトラブルに巻き込まれたとしても大した問題ではないかと思い

「かまいませんよ」と返事をした。


「本当ですか、ありがとうございます!」

女性は車の助手席に座る。


「寒かったですよね?暖房強めましょうか」

と気を利かせたが


「いえ、全然大丈夫です」とあっさり断られた。


さて、こんな時どんな会話をすれば良いのだろうか。


外の気温のせいだけとは思えない凍ったような空気に包まれながら、振り絞った言葉を吐き出す。


「こんな天気の日に喧嘩だなんて、とんだ災難でしたね」


すると彼女は哀しそうな顔を浮かべてこう答えた。


「わたしが全部悪いんです」


「わたしのせいで寂しい思いをさせてしまったので、

バチがあたったんだと思います」


それを聞いた俺は

「何があったのかは分からないけど、仲直りできるといいいですね」と、当たり障りないことを言ってみたが、ここで会話が終わってしまった。


会話することも特にないので音楽でもかけようと、

車のナビを操作していると彼女が口を開く。


「お兄さんはここで何をしていたんですか?」

一番聞かれたくない質問が飛んできてしまった。


おそらく20代前半であろう初対面の女性に、まさか死に場所を探してましたなんて言えるわけがない。


「ちょっと考え事がしたくて、深夜のドライブをしていたんです」


嘘ではない。


「そうなんですね、この場所はよく来るんですか?」


「いえ、初めてで土地勘もないので、この雪の間は動けないなと思っていたんです」


「じゃあすごい偶然で車に乗せてもらえたんですね!

大雪に感謝しないと」


このとき初めてこの女性の顔をまじまじと見たが、色白でなんとも整った顔立ちをしている美しい娘さんだった。

思わぬ不意打ちを喰らった俺は


「そ、そうですね、でも早く止むといいですね」

と少しドギマギしながら答えた。


「雪が止んでも家には帰れないんです…」

彼女はボソッと呟いたが俺には聞き取れなかった。


夜は老けていくが吹雪はまだ止む気配はない。


彼女とはそれから会話を重ねて少しずつ素性が分かってきた。

年齢は21歳の学生で名前は『ハナ』というらしい。近所に住んでいて、あてもなく歩いていたら吹雪いてきてしまい、ライトの点いている俺の車を見つけて声をかけたのだとか。


「雪が止んだら君はこれからどうするんだい?」


「ハナでいいですよ!うーん、まだ考え中です」


「ではハナちゃんのご家族は、外がこんなに吹雪いてるのは知っているのかな?携帯はもってきていないのかい?」


「すみません、財布も携帯もないんです」

彼女は俯きながら体育座りのような姿勢で答えた。


「そうか、できる限りの協力はしたいんだが、俺も携帯は持ってきていないんだ」


「こんな事は以前にもあったのかい?」


「恥ずかしながら、、、以前も同じような天候の時に1週間ほど家に入れてもらえないことがありました」


なかなか強烈な教育方針のご家庭だな。


女の子にそこまで厳しくするのはもはやDVの域じゃないかと、心の中で思ったが他人の家庭にとやかく言えた立場ではないため堪えておこう。


どんな言葉をかけていいものか悩んでいると、

先にハナちゃんが喋り出した。


「あの…お兄さんさえ良ければなんですけど時間が許す限りでいいので話し相手になってくれませんか?」


「あぁ、俺でよければ話を聞くよ」


俺の車で女の子と2人きりなんてシチュエーションは何年振りだろうと思い返しながら、冥土の土産が1つ増えたななどと思っていた。


「ハナちゃんは好きな食べ物ってあるかい?」


相変わらず自分のボキャブラリーの少なさに呆れるとともに悲しくなるような質問をぶつけた。


「アイスです!」即答だった。


女の子はこんなに寒い日でもアイスが好きなのか。


「あと味噌ラーメンも捨てがたいですね」


「3年前に出来たラーメン屋さんの味噌ラーメンが、スープは濃厚なんですけどしつこくなくて、チャーシューは低温調理でレアに仕上がっていて、おまけに薬味に柚子と生姜がついているのでサッパリ楽しめて絶品なんです!」と、とても満足げな顔。


「そ、そうなんだ、それは是非食べてみたいな…」

あまりの勢いに気押されてしまった。


「じゃあ、明日というか日付が変わっているので今日ですけど…食べにいきませんか?」


「それはいいね」


と言ったものの、すぐに金がないことに気づいた。


だが流石にさっきの話を聞いてしまっては最後の晩餐とまではいかないが、食べてみたい気持ちと、今更引くに引けないため、今できる最善策を頭の中で必死に模索した。


「ハナちゃん、ちょっと車を動かしてもいいかな?」


「え、はい大丈夫です」

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