第32話 空虚は、空虚として――

 ――生まれながら未来は決まっていた。


 


「....があああ!」


「く.....!」


 


 斬り合う。短刀を手にした白鷹と、ただひたすらに。


 まるで駄々をこねるように、剣を振るう。


 白鷹は――吹き抜ける風のように身軽で、龍源道が繰り出す攻撃をすり抜けるように避けていく。


 関係ない。このままやってやる。


 捉えられぬというならば。捉え切るまでひたすらに続けてやるのみ。


 縦横に振るう龍源道の斬撃の軌跡が白鷹を捉え、短刀と斬り結ぶとき。白鷹の身軽な体躯は容易く背後へと後ずさっていく。


 最早。龍源道の戦いは敵と向き合い、果たし合う戦いではなくなっていた。


 ただただ、眼前の敵を黙らせる為。己が技を振るうだけの戦いと化していた。


 ――己が運命は、全て己が外側にある代物により決められていた。望む未来は、何一つ得られやしなかった。


「貴様に何が解る....!貴様如きに....!」


「何が解る、という奴に限って――何も答えちゃくれねぇもんだな....!」


「黙れ....!」


「黙れなんて言って人の口を塞ごうとしながら、他人に理解を求めんじゃねぇ!そういうのが、情けねえっつってんだよ!」


 白鷹の目は。言葉は。――不思議な程、こちらの心を燻していく。


 言えない。言いたくない。この者には――己が本心を。理由は、解らないけれども。


 紋章符を懐から三枚取り出し、白鷹は龍源道へ放つ。


 爆雷の紋章を宿したそれは、龍源道の斬撃により断ち切られるが。その瞬間、龍源道の視界を埋め尽くす爆撃として顕現する。


 その瞬間。――龍源道の肉体が突如として重くなるのを感じた。


 己が肉体を、若き頃に”回帰”させる『蛇』の加護が切れかかっている。


 龍源道は、己が懐より”玉石”を取り出し――それを舌先に乗せる。


 魔道の行使により重くのしかかってきた負担の全てが消え去り、全身に力が漲っていくを感じる。


「――まだ、死ぬわけにはいかぬ....!」


 


 アランより受け取った四つの内、一つ。


 視界の外から、己が命を獲りに来ている気配の最中。思わず口を付いた言葉に、無意識が首を傾げ疑義を唱える。


 ――本当に?本当に、死ぬわけにはいかないのか?


 ――生きて、何を求める?銘文のように、笑いながら死ねる場所を探すつもりか?


「.....」


 爆炎に紛れた白鷹が龍源道の死角を取り、飛び掛かる瞬間――空間に浮かび上がる『竜』の紋章と共に。龍源道の姿は消える。


 龍源道は、白鷹の死角側へ”転移”を果たし。その首元目掛け、抜刀の一撃を見舞う。


「な....!」


 


 抜刀の一撃は白鷹の首へ向かうが。直前に殺気を感じ取った白鷹は身体を捩じり斬撃から逃れる。


 ――ここで、自分の身を転移させたのか....!


 龍源道が操る『竜』の紋章には”転移”の効果がある。


 本来、負担が大きな”人”の転移。だが――龍源道はアランに与えられた玉石を体内に飲み込む事で、その負担を石に押し付けていた。


 キン、と小太刀が鞘に収まる音が聞こえると共に。龍源道は腰を落とし、逆手に柄を持ち――白鷹を見る。


「.....ッ」


 読めない。


 攻撃の機が。斬撃の間が。龍源道の構えを見た瞬間――白鷹の足が止まる


 見える。見えずとも、見える。不用意な一手を打った瞬間に、瞬時に放たれた抜刀がそっ首を斬り裂く様が。


 踏み込めない。後の手を取られた瞬間に、確実に死ぬ。熟達の居合の使い手の、死の圧力を白鷹は感じ取っていた。


 されど――足を止める白鷹の迷いを。龍源道もまた感じ取る。


 殺意の発露と共に、柄を握る右手に力を籠める。


 白鷹は、玲瓏きっての忍である。だからこそ――龍源道から僅かに漏れ出た殺意と、右手に力を入れたその瞬間を見逃さなかった。


 故に反応してしまう。


 龍源道の目線の方向から防護姿勢を取り、返しの一撃を見舞わんと一歩を踏み出す。


 踏み出し、短刀を動かした瞬間。龍源道は力を籠め、殺気を醸しながら――その全身を、ピタリと止める。


「しまっ....!」


 


 龍源道の虚を掴み、白鷹はその代償を払わされる。


 一拍遅れた抜刀と共に龍源道は白鷹の脇腹に斬撃を見舞い。即座に己が全身に『竜』の紋章を仕込む。


 斬撃と共に、龍源道の姿は転移により消え。白鷹の横手側へ現れる。


「ぐ.....おおおおッ!」


 転移からの、抜刀。


 一太刀目を何とか白鷹は弾き返すが。弾かれた後の身を翻し、後方へ飛びずさりながら龍源道は回転斬りを行使。


 紋章の力により更に刀身が伸びた龍源道の刃は、白鷹の胸元を斬り裂いた。


 ――まずい。


 白鷹の顔に、焦燥の色が滲む。


 機先を読み取る事の出来ない居合の絶技と、己が位置を変えられる転移魔道の組み合わせ。


 常に先手を打たれ続けて、一方的に斬られ続けている。


 回転斬りを終えると共に。龍源道はまた納刀し、腰を下ろして居合の構えを取る。


 このまま何も対策が思いつかねば。ただ嬲り殺されるだけであろう。


 ――迷うな。


 この行動が正答であるという確信はない。だが――やるしかない。


 白鷹もまた腰を下ろし。片膝を地面に付け、右手に握る短刀を、刀身を横にしながら前に突き出す。


 この体勢へ変化する最中では、龍源道は攻勢を仕掛けなかった。


 腰を落とし、居合の構えにて待つ龍源道と。片膝をつき、的を小さくしながら待ちの構えを取る白鷹。


 龍源道は、見る。


 恐らく、何をするのかは決めたのだろう。その目に、もう迷いはない。


 視線は龍源道の体躯全体を見ており。かなり意識を割いている。


 その目を、龍源道は見る。


 相手の実力の程を見て尚――必死に勝機を見出さんとするその目を。


 気に入らなかった。


 ――次の一手にて、確実に仕留めてくれる。


 相手は、居合か転移の二択であると思っているのであろう。


 ――ならば。これはどうじゃ。


 龍源道の頭上に『竜』の紋章が浮かび上がる。


 転移の魔道か――そう白鷹は一瞬判断しかけるが。紋章は龍源道の姿を消すではなく、別の何かを呼び起こした。


 それは、竜そのものであった。


 逆立つ鱗を纏いた竜が、その巨大な牙を剥き出し――紋章より生み出される。


「.....こういう事も出来るのか!」


 生み出された竜がその顎を開くと。白鷹以上の長さの口腔が生み出され。その牙が白鷹を噛み砕かんと迫りくる。


「――こんなもんに喰われやしねぇぞ....!」


 白鷹はその上顎に短刀を突き刺すと。そこから巨大な氷柱を竜の下顎に向け生み出し貫く。


 氷柱により竜を地面へ縫い付けると。突き刺した短刀で上顎の口腔を斬り裂き、竜の頭部に飛び乗った白鷹は、その脳天に刃を落とす。


 紋章により生み出された竜を屠ると共に。白鷹は、龍源道の姿を追う。


 龍源道が先程までいた位置には紋章が一つだけ残され。その姿はもう消えていた。


 ――見目が派手な竜の襲撃で目をくらませ。死角より攻め込むつもりなのだろう。


 紋章による竜の生成は予想外であったが。転移による襲撃は何処かで仕掛けてくるはずだ――と。そう白鷹は判断していた。


 それを打破する為の仕掛けを、白鷹は持ち合わせていた。


 左手の指を揃え、顔面の前にて拝むと――白鷹はかつての仇敵を思い浮かべる。


 巨大な肉斬り包丁を携えた鬼の如き巨躯の男の影。それが出現すると共に――白鷹の周辺には、内側に古代文字が刻み込まれた六角の線により形成された結界が浮かび上がる。


 藍坂牛太郎。彼の者が操りし『探知』の結界魔道を、白鷹は召喚により顕現させる。


 線の内側。現れた竜の紋章が白鷹の死角に現れた瞬間。結界はその位置を、白鷹に知らせていた。


 紋章より龍源道が転移されるよりも早く。白鷹は龍源道に向け走り出す。


「.....ようやく、読み切った!」


「ぬぅ....!」


 転移と同時に行使される龍源道の斬撃を飛び上がり避けると共に、白鷹は氷の足場を形成。そのまま――龍源道へ短刀を突き込む。


「まだじゃあ、小童!」


 白鷹の視線の動きから、短刀の突き込みの位置が心臓であると読んだ龍源道は。己が胸部を『竜』の紋章により塞ぐ。


 突き込んだ短刀の切っ先が鱗により阻まれた瞬間。白鷹は即座に上への斬撃へと短刀の軌道を変え、龍源道の右肩を斬り裂く。


「……!」


 右肩からの血飛沫を舞わせながら、龍源道は『竜』の紋章を重ね己が身を即座に背後へ逃がし、白鷹と距離を取る。


 斬り裂かれた右肩の痛みに表情を歪ませながら――先程一瞬だけ垣間見えて、消えた影の姿を龍源道は思い起こしていた


「....藍坂牛太郎か」


「おう。――お前等が置いていったあの野郎の『書』。ありがたく使わせてもらっている」


 かつての魔王軍の将であり。そして玲瓏を攻め込み、その喉元まで追い込んだ張本人。アランが罠代わりに置いていったその『書』を用い、眼前の少年は牛太郎を召喚する術を得たのか――。


 顎砲山で『書』を回収してから、然程の時も経っていないであろう。この短期間で、召喚の行使ができる程に『書』を読み込んだというのか――。


 あの、歪み狂った戦闘狂の『書』を。


「.....」


 ――先程の銘文との戦いよりも、己は有利な状況にある。。


 ――銘文との戦いでは使っていなかった玉石を用い。紋章による自身の”転移”すらも解禁した戦い。だというのに、ここまで仕留め切れずにいる。


「....研ぎ澄ませ」


 ――眼前の少年は、確かに銘文を超えうるだけの力があるのかもしれない。だが、ここまで手をこまねいている理由はこの少年の力量ではなく。己の戦いに因るものだろうと龍源道は判断していた。


 ――ここまで。ただ己が力を振るって、目前の相手を叩きのめす事しか考えられなかった。だから、わざわざ転移などという大袈裟な力まで用いたのに、こうして一撃を喰らった。


 ようやくここに来て、龍源道は冷静さを取り戻しつつあった。


 相手の力量を、手札を知り。最善を選ばんとする思索が。剣士としての、戦いに臨む姿勢が


 一つ息を吐き。納刀した小太刀を逆手にて掴む。


 それと共に。白鷹も短刀を前に軽く突き出し構える。


 恐らく、この斬り合いの後に――勝者が決まる。


 力を籠め、小太刀を引き抜くと。白鷹もまた、龍源道へ一歩を踏み出す。


 最後の果し合いが、始まる。


 



 


 龍源道はふ、と息を吐くと共に。小太刀を引き抜く。


 引き抜いた動作に合わせ、白鷹もまた小太刀にて防御姿勢をとる――が。


 抜刀と共に現れるはずの――『竜』の紋章が、見えない。


 刀身が伸ばされないまま抜刀されたそれは。龍源道の手からも離れていた。


 小太刀が投擲され――白鷹に向かう。


「....!」


 刀身を伸ばしての抜刀か。龍源道の転移か。この二択を意識し続けてきた白鷹の眼前に、全く意識していない攻撃が眼前に現れる。


 投げられた小太刀は白鷹の喉元まで迫り。白鷹は身を捩り避ける。


 避けられ、空手となった龍源道の右手は――されど、上段に振り上げられている。


 白鷹の背後へと過ぎ去って行った小太刀は、紋章が浮かぶと共に――龍源道の手に戻る。


 龍源道は、『竜』の紋章を用いた転移を、己ではなく、小太刀に仕込んでいた。


 居合か。もしくは龍源道の転移か。二択に囚われていた白鷹の意識の虚をつく、『竜』の使い方であった。


「避けられるか、小童.....!」


 


 小太刀を避ける為に身を捩った白鷹に、上段からの斬撃が襲い来る。


 ――避けられないだろうな。


 既に己が身は捩られていて。龍源道の斬撃は小太刀を手に戻した時より予備動作を終えている。回避は、明らかに間に合わぬ。


 ならば、と。白鷹は睨むように龍源道の姿を見やって――。


「ぐお....!」


 龍源道が振り上げた右腕に――短刀が突き刺さる。


 白鷹もまた、龍源道が上段の斬撃を行使するよりも前に、短刀の投擲を行っていた。


 龍源道の手首の上あたりを貫いた白鷹の短刀は、僅かながら斬撃の速度が鈍る。


 その僅かな間に――白鷹は己が左手を合わせ。その身を鷹へと変化させる。


 鷹は上段の斬撃を行使する龍源道の左方へと飛び上がり、旋回し――龍源道の頭上を取る。


 鷹は、白鷹へ再び姿を変え――龍源道の上から降り落ちる。


「が....!」


 白鷹の両足が龍源道の首を蟹挟みし、体重をかけ首投げしようとした瞬間。


 


「やるな!だが....!」


 


 首投げの方角へ、己の体幹ごと流すと同時。龍源道は、『竜』の紋章を再度行使する。


 白鷹の眼前から龍源道は転移によりその姿を消す。


 


 その瞬間を、白鷹は見ていた。首投げにより体幹が流され。魔道を行使する瞬間の――視線の動きを。


 反射的に白鷹は、その視線の先に身体を向けていた。


「が....ああああ!」


 転移を終えた龍源道の眼前。


 肉斬り包丁を携えた藍坂牛太郎の影が――転移先にて、既に斬撃を行使していた。


 肩先から、腹先まで。斬撃に見舞われた龍源道は、凄まじいまでの血飛沫を上げる。


 それでも。龍源道は迷いなく白鷹へ転移からの斬撃を見舞う。


 斬撃は白鷹の火傷跡を横切るようにその顔面を斬り裂くが――それ以上の深さを斬る事は叶わなかった。


「.....」


 龍源道は――うっすらと目を細め、己が血だまりに浸る様を見ていた。


 その手は血色を失い。細く皺が寄った老爺の姿に戻っていく。


 ――最後の最後。転移先を見破られ、召喚魔道による斬撃を置かれていた。こちらの攻撃をひたすらに耐え、読まれ、斬られた。紛う事なき敗北であった。


 虚ろな目。虚ろな姿。


 老爺は――死に瀕して、空っぽそのものな己が姿を晒していた。


「....白鷹と、言ったな」


「ああ」


 倒れ伏した龍源道の近くまで寄ってきた白鷹へ、老爺は静かに呟く。


 震える右手を天に掲げ、再度『竜』の紋章を生み出すと。その手に一冊の『書』を転移させ、白鷹へと差し出す。


「教団の者は、全員己が『書』を執筆する事が義務に課される。....これは、儂の『書』だ。お主にやろう」


「....何故?」


 白鷹は、そう問いかけながら、龍源道の『書』を受け取る。


 その様を見届け、僅かな笑みを浮かべながら――。


 


「何故であろうな....」


 


 そう龍源道が呟くと。もう目は見えなくなっていた。


 光が失われた己が眼前には――代わりに、己が記憶がぶわりと溢れ返ってきて。


 


「....誰か、一人でも。儂の事を.....」


 そこまで呟くと。龍源道の鼓動と意識は、途絶えた。


 戦乱の世を生きた、老爺の死が二つ。


 その静寂の中――白鷹はただ、佇んでいた。


 何故だかは解らないが――言いようもない哀しみが胸中に生まれ来るのを感じた。


 こうして、戦いは終わる。


 長らくの間、玲瓏を守り続けてきた――入鹿銘文の死と共に。

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