第106話 盲点。嘘……
この世界の管理者がドライアドさん達になった。
今のところ外敵が入ってきたり、何か問題が起きたりなんて事態は発生していないが、後々の為にこの世界を安心して任せられる人が出来た所というのは非常に良い。
なので、俺はその良い流れに乗ってもう1つの大切な話を切り出す。管理者を引き受けて貰えたらすぐに使用と思っていた話だ。
「ドライアドさん達、もう1つだけ良いですか?」
「はい、何でしょうか」
代表ドライアドさんの返事に合わせて、ドライアドさん達5人全員が俺の方に向く。俺が今しようとしてる話題はこれに関することだ。
「ドライアドさん達にも、個人個人の名前を付けたいと思うんですけど……」
名前。それは個人を識別する為の呼称の事であり、その呼称を用いることで誰が誰に用事があるのかが分かる。親が子に付ける、愛情表現の一種でもある。
今回俺がこんな事を言いだしたのは、俺とかフブキとか他の人がドライアドさんを呼ぶ時に、『ドライアドさん』ではどのドライアドさんに用事があるのかが分からないからだ。
今だって、取り敢えず代表ドライアドさんに相談しようと思っただけなのに、ドライアドさんと呼ぶしか無いから全員がこちらを向いてしまっている。
~っす口調のドライアドさんはシャナと遊んでくれていたのに、その手まで止まってしまっている。
だがそこで1つ問題なのが、俺はドライアドさん達をテイム出来ないという問題だ。
名付けって別に真名じゃななきゃ大丈夫だよね? 馬と一緒にするのは失礼だけど、普通の職業の人が荷馬に名前つけたりしてるし大丈夫だよね?
という事を、代表ドライアドさん達全員に説明した。
「――なるほど、マスターさんは私達をテイム出来ないんですね。シャナの事もありますし、私達はテイムされても良いという結論に至っていたのですが……」
代表ドライアドさんが悩んだ表情をして、そんな事を言いだした。決断が無駄になったからなのか、普通とは違う俺の体質に驚いたからなのか。
そんな代表ドライアドさんの心の中は分からないが、まさかのドライアドさん達は俺にテイムされても良いみたいだ。
そこで俺は1つ思い出す。ドライアドさん達がこの世界に入れない時に、俺がドライアドさん達をテイム出来ないという前提で話をしていたことだ。
確かにラン先生との研究で、俺は普通の魔物はテイム出来ないという説が提唱された。
それはいくら挑戦しても普通の魔物には逃げられるというのに、フブキ達だけはすんなりテイムが出来たという事が理由となっている。そこには何かしらの魔物側の特別な要因が絡んでると推測して、特殊個体ならいけるだろうって仮説を立てただけだ。
その要因で一番考えていたのが『強力な意思』と『俺の魂の容量』だ。これさ、ドライアドさん達って明らかにはっきりした意思あるよね?
俺は改めてドライアドさん達の顔を順番に見る。
皆顔立ちは似ていて、髪と瞳の色が若干違う事と髪型ぐらい。体型も似ている。そんな彼女たちは、俺に顔を見られて色んな反応をしてくれる。
代表ドライアドさんは真面目な顔で俺の視線を受け止め、騎士のような話し方をするドライアドさんは自分の後ろに何かがいるのかと振り返る。お嬢様みたいな話し方をするドライアドさんは恥ずかしそうに視線をそらし、~っすと話すドライアドさんは笑顔を返してくれる。残るドライアドさんはぼーっとしてる。
ほら、完全にそれぞれの意思と特徴がある。『強い意志』という条件は絶対に満たしてる。
……それなら行けるんじゃないか? こんな良い機会もう二度と無いぞ。『俺の魂の容量』は……なんとかなる気がする。いや、なんとかする。
ドライアドという強種族、生まれつき弱くてテイムしやすい、友好的な対応をしてくれる。これらが揃っているなんて好条件過ぎる。
「やってみましょう」
「え?」
俺は興奮を抑えるようにして言葉にする。それでももしかしたら行けるんじゃないかという興奮で立ち上ってしまう。
代表ドライアドさんは急に立った俺を見て一瞬困惑した表情を浮かべたが、直ぐにテイムの事だと理解して立ち上がってくれる。
「じゃあ早速やってみましょう!」
「はい、分かりました!」
これが成功したらテイムされた魔物として堂々と街を歩ける。この世界だけじゃなくて、どんな街でも危険な橋を渡らずにシャナと色んなところに行けるようになるんだ。
そのためにも失敗は出来ない。
俺は代表ドライアドさんの手を取って、ゆっくりと魔力を流しこむ。シャナの魔力回復をする為に魔力を渡した要領とは違い、テイムという契約をする為だけの魔力譲渡だ。
言葉に表すのは難しいけれど、同じ魔力を渡すという行為でも明確に違うものだと俺は認識できる。
見えない魔力の器があって、そこに魔力を注ぎ込むイメージが魔力回復のための譲渡。
見えない魔力の器自体に魔力を注いで器の一部にするのがテイム。
ってイメージだ。
「これがマスターさんの魔力……ッ!」
俺がゆっくりゆっくり集中して魔力を送ると、代表ドライアドさんが身悶えだした。
「これは……なんとも……ッ!」
まだまだテイム出来る感触が無く送り続けると、代表ドライアドさんは遂に膝をついてしまう。
流石にもうこれは無理だろうと送るのを辞めると、代表ドライアドさんは俺の手を強く握って大丈夫だと言い張る。
「いや、その感じじゃ苦しんじゃ……」
「いえ……! これもシャナの為なんです。私達もシャナと街へ出かけたい! ……そんな傲慢な夢なんです」
代表ドライアドさんは苦しそうにしながらも、闘志を失っていない瞳で俺のことを見つめる。
その考えは凄く立派だし、俺だってシャナとドライアドさん達が仲良く街を歩いている所を見たい。
けれど、俺的には辞めて欲しい気持ちが強い。それは、何故だか代表ドライアドさんがこんなに苦しんでいるからだ。フブキは、俺の魔力は美味しくて夢中になる物だって言ってた。
だが今の代表ドライアドさんは魔力が美味しすぎて身悶えているようには見えない。単純に苦しくて倒れそうなのを我慢している様に見える。
俺はもう一度ドライアドさんに問う。
「また俺が魔力を送れば苦しくなるかも知れませんよ?」
「……良いんです。私達が望んだことですから」
代表ドライアドさんはシャナをちらりと見た後に、俺を見て微笑む。
「……シャナは可愛いです。愛らしくて我儘で……一緒に居るだけで、苦しいことも忘れることが出来ます。私達の救いなんです。そんな可愛い……可愛い可愛い妹と、何も気にせず街を歩きたいんです。自由気ままに楽しんでるシャナを見たいんです。……そんな願いを、こんな素敵な場所まで頂いた私達が願うのは傲慢でしょうか」
代表ドライアドさんは静かに、それでいて強い意志を込めて俺に言った。傲慢だと、願い過ぎだと分かっていても捨てたくない願い。
代表ドライアドさんは、その願いを捨てないで願い続けることが大切だと知っているから。俺に向かって口にした。
「分かりました。俺も次は最後の最後まで魔力を送るのを止めません。それで良いですか?」
「お願いします」
俺と代表ドライアドさんは向き合って頷き合う。
俺は絶対に代表ドライアドさんをテイムする。代表ドライアドさんは絶対に俺にテイムされる。
そう願いを込めた瞳を向けあって。
俺は段々と魔力を送っていく。ゆっくりゆっくり、テイム出来てくれと願いを込めながら。
隣で代表ドライアドさんが苦しむ声が聞こえだしたが、俺はそちらを一瞥もせずに、目を閉じてゆっくりと魔力を送り続ける。
代表ドライアドさんの魂にある魔力の器に魔力が届くように、テイム出来るが絶対に出来るように今までで一番集中する。脳内で器をイメージして、その器に俺の魔力を送る感じで。
……ってなんだ、器が割れてる?
俺が魔力を器に注ぐと、その器が少し治って、治った部分がまた割れる。そのタイミングで代表ドライアドさんが苦しみだす。
代表ドライアドさんが苦しんでいる原因はこれだったのか?
俺はもっと深く集中する。周囲の音や匂いの情報が俺の脳に届かないくらいに深く。
代表ドライアドさんの器は5箇所が割れている。そのどこに注いでも……治ってすぐに割れるか。これをどうにかしたらテイム出来るのかも知れない。
けどこんなんどうすれば良いんだ? 治っても割れるならどうしようも……。
そう思った時、器の根本に覚えのある魔力があるのに気づいた。温かくて、一緒にいるとこっちまで元気になりそうな魔力。例えるなら天真爛漫で無邪気な魔力。
……これはシャナの魔力? そうだ!
俺は根本にあるシャナの魔力を少し掬って、俺の魔力と代表ドライアドさんの魔力の繋ぎになるような感じで器を治していく。俺の魔力とシャナの魔力の連携技だ。
……よし、いけた!
上手く器が治った。その調子で他の4箇所も修復し、改めて魔力を送る。
「苦しくない……凄い、なんて綺麗な魔力……」
代表ドライアドさんの言葉と同時に、俺に代表ドライアドさんの魔力が返ってくる。そして、シャナの時にも感じたあの感覚が俺と代表ドライアドさんの間に出来る。
「……テイム出来た」
俺は『特殊個体』じゃなくてもテイム出来るみたいだ。
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