第104話 「忌子」 sideドライアド

 魔の森の中腹。

 深い深い森。

 陽の光が薄っすらと差し込んで、小鳥のさえずりが聞こえる大自然。


 酷く過酷だけど、美しくて懐かしい理想の土地。


 たまに聞こえる猛獣の鳴き声に、凶暴な魔物の痕跡。

 そして、それすらも狩る強者達。

 そしてそして、その強者達ですら敵わない魔の森の王者達。

 

 そんな生きるだけで大変な土地が私達の故郷。ドライアド達が暮らす場所。




 ドライアドは大樹から生まれる。

 私達の村にも中心に大樹があった。それはもう大層立派で、大人が何人も手を繋いでも囲めないぐらいの大きさ。


 それを村のドライアド達は尊敬と畏怖を込めて御神木と呼んでいた。ドライアドはその御神木になる実から生まれる。大きな大きな白くて硬い実から。


 ある日、御神木に6つの実が出来た。村のドライアドは新しい命の誕生を喜んだ。それはもうお祭り騒ぎで、三日三晩御神木を崇めたり、村人同士で飲んで食べて騒いだりした。



 祭りが終わった1日後、1人目のドライアドが生まれた。

 彼女は後にその5人のリーダーとなり、皆を纏める代表的存在になった。彼女は身体が弱かった。


 1人目が生まれた1週間後、2人目のドライアドが生まれた。

 彼女は話し方が独特で、取って付けたような敬語を話していた。姉ドライアドの真似をしたのかもしれない。彼女も身体が弱かった。


 2人目が生まれた1ヶ月後、3人目のドライアドが生まれた。

 彼女は正義感が強く、話し方も外界の騎士のようだった。姉ドライアドがくれた本でも読んだのかも知れない。彼女も身体が弱かった。


 3人目が生まれた半年後、4人目のドライアドが生まれた。

 彼女はお淑やかで、話し方も上品だった。姉ドライアド達から宝石のように可愛がられたからかも知れない。彼女も身体が弱かった。


 4人目が生まれた1年後、5人目のドライアドが生まれた。

 彼女は一番明るく、いるだけでその場の雰囲気を明るくしてくれる子だった。毛色の違う沢山の姉のおかげかも知れない。彼女も身体が弱かった。



 5人のドライアドが生まれた。全員が生まれるのに1年と半年以上がかかった。別にそれは珍しいことじゃない。ドライアドは寿命が長いし、基本的に楽観的な性格をしているものだから、誰も気にしない。


 そう、気にしないはずだった。


「最近御神木が元気ないのよ」


 1週間が過ぎた。


「何故じゃ。私達は毎日欠かさず供物を捧げておる」


 1ヶ月が過ぎた。


「葉っぱが減って御神木の瑞々しさも減ってきたわ」


 半年が過ぎた。


 ドライアドにとって御神木は命と同じくらい大切な物だ。

 新しい仲間を増やすためにも必要で、豊かな実りを授けてくれるのも御神木、そして過酷なこの環境で私達のことを守ってくれる結界を張ってるのも御神木だ。


 それだけドライアドの御神木への執着は凄い。楽観的にも限度がある。


「あの子達が芽吹いてからよ」


 1年が経ち。


「あの子達は身体が弱いじゃない」


 2年経ち。


「もしかしてそれと何か関係があるんじゃないかしら」


 3年が経った。


 その頃には私達を見る瞳は全く変わっていた。生まれたのを喜んでくれていた時とは正反対の瞳。冷たくてゴミを見る瞳。


 御神木の元気がない。考えられるのは、一番最近生まれた私達。私達は共通して身体が弱い。弱いと言っても、病気になりやすいとかそういう事じゃない。


 


 魔力総量も少ない。魔力を一度に練れる量も少ない。魔法の威力も弱い。魔力を操る素早さも遅い。


 何もかもが弱い。



 ドライアドは魔力で生きていると言っても過言じゃない。

 食べ物から栄養を摂ったりは出来るし、普通の人間とほぼ生態は変わらない。ただ違うのは、ドライアドは精霊的な種族って事だけ。魔力が種の存在としての根本となっている。魔力の強さが魅力だったり、その人の地位となる事だってある。



 そんなドライアドの根幹に関わる能力が全員異常に弱い。1人じゃない全員が圧倒的に弱い。そしてそれに合わせるように、私達が生まれる毎に御神木が弱っていっている。


 『じゃあこの子達が関係しているんだ』


 御神木に縋っているドライアドからしてみたら、理由はそれ以外考えられなかった。




 そこからは単調な日々だった。

 私達は忌み子。

 御神木が望まなかった子。

 不完全な状態で産み落とした子。


「お前たちを殺しはしない」


 昔からの言い伝え。同族殺しは一族全員の不幸を招く。


「お前たちにはこれから御神木の世話をして貰う。一生、ずっと」


 長老はそう言った。

 そして、その言葉通り私達は御神木のある場所に閉じ込められた。


 朝は誰よりも早く起き、村人よりも起きるのが遅かったら掃除道具を投げつけられて起きる。寝るのは全員が寝静まった後に祈りを御神木に捧げてから眠る。

 食事は1日1つの果実のみ。勿論5人で。


 ある日突然長老は言った。


「産み落としてくれてありがとうございます。私達の命はどうでも良いので村の安全をお守り下さい」


 そう言えと。


 私達5人は従った。従ったけれど、完全には従わなかった。

 私達にだって感情はある。私達にだって願いはある。些細な願いが1つ――


「産み落としてくれてありがとうございます。私達の命はどうでも良いのでの安全をお守り下さい」


 ――私達の末の妹。大切な子。絶対にこの子だけは守ってみせる。





 私達が御神木のお世話をするようになってから20年と少しが経った。詳しい時間は覚えてないけど、ドライアドにとっても少し長い時間。それを御神木の管理という名目の軟禁状態で過ごした。


 この20年、御神木は全く良くならなかった。良くなるどころか、次第に幹の鮮やかだった茶色はくすんだ灰色に近づき、葉っぱは落ちて緑色ではなく紫色に近くなっている。


 明らかに死期が近い。


 私達5人の中ではそう結論が出ている。この御神木はもう駄目だと。私達が何をしても、何もしなくてもどうしようもないと。


 でも村人にはそんな事関係ない。全ては私達が原因。


「この忌み子が!」

「あんた達がいなければ私達の安全が脅かされることなんて無かったのに!」

「死ね! 死んじゃえ!」


 なんて暴言を吐かれて、石を投げつけられ、風魔法で切られる。そんな事をされても命だけは取られない。村の掟があるから。


 私達は耐えた。耐えて耐えて耐えて耐えた。どれだけ殴られても、どれだけ魔法の的にされても耐えた。


 何故ならここが私達の居場所だし、あの子の居場所だから。


「そうだ、まだ生まれてないなら掟も関係ない」


 ある日誰かが私達に石を投げながら言った。

 それを聞いた瞬間、私達5人に戦慄が走った。


「駄目です! 絶対に駄目です!」

「許せないです。それだけは!」

「そんな横暴許すはず無いだろう!」

「駄目ですわ!」

「それだけは……駄目っす!」


 皆怖くても悔しくても苦しくても反論した。

 今まで無表情を貫いていたのに、この時だけは私達が反応した。反応してしまった。


「やっぱりそうなんだ……あれが原因だ!」

「いつまで経っても落ちてこないあれが原因なのね!」

「悪魔だ! 悪魔が生まれるんだ!」

「掟なんて関係ない! あれはドライアドなんかじゃない!」


 村人たちに火が着いた。普段殴られても蹴られても魔法を当てても何も言わない奴らが反論した。じゃあそれが嫌なことって事だ。それをすれば良くなるかも知れない。


 そんな考えで。


 そこからは良く覚えていない。とにかく必死だった。私達5人が全員必死だった。


 村人の攻撃があの子に迫る。私達は身を挺して守る。またあの子に攻撃魔法が飛んでいく。村人に飛びついて魔法を阻止する。邪魔だと殴られる。必死にしがみつく。別の所からあの子が狙われる。自分の身体で魔法を受け止めて防ぐ。


 そんなやりとりを沢山した。あの子の実は少し傷ついているし、御神木にも流れ弾が当たっている。村人たちは何かに取り憑かれたように錯乱してあの子を殺そうとする。御神木への被害なんて考えない。


 もう駄目、このままじゃ私達もあの子も全員死ぬ。


 そう思った時だった。


「あーあーうるせぇなぁ。人が心地よく寝てんだから静かに出来ねぇんかおい……って結界消えてんじゃん」


 突如青肌の青年が現れた。上半身裸でズボンしか履いていない。ここはこの世界でも有数と言っていい程危険な魔の森。そんな所で、武器も、防具すらつけていない青年が現れた。

 その青年は異様な雰囲気を放っている。圧倒的に準備不足と言える見た目なのに、誰も近寄れないような雰囲気。頭から生えている角が原因だろうか。……龍の角にも見える。


「ははーん、俺様天才だから読めちまったなぁ。賢者のクソ野郎が言ってたあれだなぁ? ってことはそっちのボロボロ5匹が正義で、集団のが悪か。無知は嫌だねぇ」


 青年はにやりと笑うと大きく口を開けた。そして口に赤色の粒子が集まり、瞬きした瞬間――ズガァァァァァン!!!


「俺様は悪は嫌いなんだよなぁ」


 激しい轟音と共に目を開いていられない程の光が私達の周囲で瞬いた。

 私達はその衝撃と光で耳と目を塞ぎ、蹲ることしか出来なかった。わたしたちが理解できたのは、青年の口から魔力の暴力とでも言えるような物が射出されたということだけ。



 しばらくして耳鳴りや目の異常も無くなってきて、周囲を性格に判断できるようになった時。私達5人と御神木以外が更地になっていた。


「嘘……」


 ドライアドは強い。攻撃だけじゃなくて、魔法への防御力も相当高い。そんなドライアドがたった1回の、それも適当な感じで放った咆哮一撃で消滅した。


 私達は恐怖した。その威力だけじゃない、その威力を誇るのにも関わらず私達だけを避けるという精密さも併せ持っているという事に心から恐怖した。


「あーやべぇ、これ賢者の奴に怒られんじゃねぇか?」


 青年は勝手に攻撃して勝手に焦っている。そんな青年を置いて、私達はあの子のもとに駆け寄った。何故か?


 それはあの子の実が地面に落ちていたから。衝撃でかも知れないし、今がちょうど生まれる時期だったのかも知れない。まぁどっちでも良い。私達の大切な子が生まれる。


 白い実が割れて、1人の女の子が生まれる。7歳くらいの女の『子』が。


「可愛い……」

「ありがとう」

「愛してるぞ」

「大好きよ……」

「ずっと一緒にいるっす」


 私達5人から自然とそんな言葉が溢れた。

 ドライアドから生まれるはずのない子供。肌の色も髪の色も違う。けれど、確実に私達の妹であり、愛おしい子供である。


「ふぅん。よう様の息がかかってんのか。だから木が枯れたんだな。賢者の野郎いけ好かねぇけど予想は当たってやがるぜ。じゃあなドライアド、そいつ大切に育てるんだぜ。俺はてんの野郎に会わなきゃいけないんでな」


 そう言って青年は樹海に消えていった。


 私達はその青年の背中を見送り、心に誓った。これから先絶対にこの子だけは守っていく。どこで何があろうとも絶対に。



 こうして私達の長い旅が始まった。過酷で楽しい旅が。

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