第79話 1回戦目終了。王様!
ミュード君とヴァレアの試合が終わって、次の試合が始まった。今やろうとしてるのはアイファとサクラ・タチバナさんの試合だ。
だが、誰がどう見ても問題が起きている。闘技場にアイファしかいない。正確にはあと審判がいるが。
その状況に周囲から不満の声が漏れる。もう1人はどこに行ったんだとか、アイファ様にビビって逃げたのか、とかだ。
こんな憶測で決めつける不快な声は、第3試合の途中で棄権したホワイトノイズ選手にも浴びせられていた。ミエイル様の棄権の時は、誰も何も言わなかったからこそたちが悪い。
『えーここで連絡が入ってきました。サクラ・タチバナ選手は、故郷で大きな問題が起こった為、急遽故郷に戻ったそうです。本人も出場できない事を大変悔しがっていたとの連絡が入ってきました』
その発言に更に周囲から不満の声が漏れる。
こりゃ都合の良い言い訳をして逃げたな。だったり、冷めることするなや。なんて言葉だ。
それに一部から生まれたその不満の言葉は、大量にいる観客の隙間を縫うようにして不満を持つ者たちに伝播していく。
本当に故郷で問題が起こっての帰宅なら、本人も悔しいだろうし気が気でないはずだ。それなのにこの言い草には引っかるものがある。端的に言えば不快だ。
どうにか出来ないものかと考えていると、アイファが審判のマイクを奪った。
「文句を言ってる奴らは少し黙れ」
大きくはない、されどアイファのよく通る凛とした声が聞こえた瞬間に、会場中が静かになった。誰もがアイファの声に怒りの感情を感じたのだ。
「お前達には、歓声で消えて私達の戦闘中の声は聞こえないだろう。だがな、ここに立つ分にはお前たちの声は私に聞こえている。声援だろうと文句だろうとだ」
その言葉に周囲で息を呑む音が聞こえる。おそらく、文句を言ってた人達のものだろう。
「本当にサクラ・タチバナが逃げたと思うのか? 王の名を冠する学園が、その理由が正当なものか確認しないと思うのか? 王を馬鹿にしてるのか?」
アイファは怒りを声音に漏らしながら、演説を続ける。
「お前らは誇りある王立学園の生徒なのだろう。王立学園の生徒ならば教養を身につけろ。1年であろうと、必修の教養学で最初に様々な国の事を習っただろう。地理でも歴史でもなんでも良い、そこで
アイファがそこで一区切りし、俺達に考える時間を与える。
倭国……倭国と言えばスレイン王国の東側の海、その大海を長時間かけて渡った先にある島国のことのはずだ。確かとある1つの港町だけが貿易できてるとかなんとか。
うん、その港町にも倭国にも行ってみたいな。
でもそれが今の状況と何の関係があるんだ? アイファは地理に歴史と言っていた……歴史か。
確かあそこは巫女頭が国王と同じくらい権力を持っていて、共存関係だと教科書に書かれていた。確か王家がヒイラギ家で、巫女頭家がタチバナ家だったはずだ。
ん? タチバナ?
「そろそろ気付いただろう。そこで改めて問う。本当にサクラ・タチバナが逃げたと思うのか?」
アイファが低い声で凄みながら問いかける。
先程まで文句を言っていた誰もが返事を出来ない。アイファの演説で、サクラさんが逃げたわけじゃないと理解したから。そして、それに気づいてしまえば自分が口にしていた言葉が、戦士を侮辱するものだと分かるから。
「サクラ・タチバナはここまで来る事の出来る実力者だ。噂は私も聞いている。彼女は自分の戦闘に誇りを持っているだろう。だからこそこの試合に出ることが出来なくて相当悔しいだろうな。……そんな人間を憶測や薄汚れた願望で貶すな! 王立学園の生徒なら! 自身が誇りある存在だと思うなら! 貶すのではなく称える生き方をしろ! ――そうですよね国王様、王妃様」
勢いよく捲し立てたアイファは、最後に声を冷静なものに戻して、国王と王妃に問いかけた。まさかの流れに観客からも小さな動揺の声が漏れる。
皆の視線がアイファの視線の先に動く、そこは王族達が待機している場所だ。そこから2人の人物が顔を出した。
1人は男性にしては長い色素の薄い金色の髪の毛をかき上げて後ろに持っていっており、適度に髭を生やして程よく筋肉のついた元気そうな男性。武に秀でているという印象よりかは、何でも出来る人という印象を受ける。
もう1人は茶色に近い金色の髪の毛を真っ直ぐおろした女性だ。アイファと似た背丈と容姿をしているが、アイファよりも更に凛々しさを増していて美麗という言葉が似合う。その、細いながらもしっかりとした立ち姿からは武に精通している印象を受ける。
その2人を見た瞬間、観客席は静かに張り詰めた空気に包まれる。
国王と王妃が直接見に来るというのは、相当光栄なことなのだ。この2人に良い印象を持ってもらえれば、将来の就職で最強の有利材料となる。
そんな異様な空気感のなか、国王が一歩前に出る。そして、それに合わせて使用人がマイクを渡す。
「皆の者、肩の力を抜くが良い。国王だからとそんなに緊張をしなくて良い。……そうだな、アイファの言ったことはすべて正しいと認めよう。サクラ・タチバナの事情は余も聞いている。彼女は逃げたのではなく、やむを得ず一時帰国しただけだ。王立学園の生徒ならば、勉学や思考力も磨くと良い。引き続き学生生活に励みたまえ」
そう言うと国王は下がり、続いて王妃が前に出てくる。
「王妃のエステル・ディ・スレインよ。フェリックスが全部言ったから私からは少しだけ。皆本当に強いわね、皆の戦闘楽しく見させて貰ってるわ。これからも正々堂々と戦士の矜持を持って戦ってくれると嬉しいわ。やっぱり真剣勝負だからこそ面白いものね!」
王妃様が微笑みながら観客席に語りかける。国王の話は重く苦しい緊張感に包まれていたが、王妃様のお陰で少しだけ空気が緩まる。
少し気を抜けたからか、周囲からも小さく息を吐く音が聞こえる。
「じゃあ私はこれぐらいにするわ。皆残りの戦闘も楽しむのよ。それとアイファも頑張りなさい」
王妃様が最後に笑顔で観客席とアイファに話しかけて下がると、観客席からは歓声が至る所からあがりだす。「王妃様ばんざーい!」「国王陛下ばんざーい!」なんて風にだ。
「道を間違えてはいけないわよ……ね」
そのノワの小さな呟きは歓声に消え、俺の耳には届かなかった。
数分の間歓声が続き、段々と声が収まってきた。
『国王陛下、王妃様、貴重なお話をありがとうございました。以上で、第7試合はアイファ・ディ・スレイン選手の勝利となります! 皆様大きな拍手をお送り下さい!』
そこでアイファの勝利宣言がされ、アイファは静かに控室に戻る。普段なら明るく手を振って帰る所だが、アイファの表情は硬い。何かを不快に感じている様な表情だ。
まぁそれも仕方ない。あれだけ怒りを滲ませた演説をしたのだから、相当不快だったのだろう。俺だって不快だった。武人の誇りを強く持つアイファならそりゃああなる。
『では次の試合に参りましょう! 次が1回戦最後の試合となります! 第8試合、ミイナ・グランヴェル VS メイズ・ノーンブルウです!』
例の合図とともに2人の生徒がでてくる……はずだった。なんか3人出てきた。
メイズ君側からメイズ君1人。ミイナさん側からミイナさんと細身の若い執事の2人。それも闘技場に歩み出てきたと思ったら、執事が魔法袋からテーブルと椅子と紅茶セットを取り出して、ティータイムの用意を始めてしまった。
これには審判も驚愕し、ミイナさんの方に寄っていった。どうやら注意しているようだ。
が、しばらくすると執事が一旦消え、また出現して審判はそれ以上何も言わなかった。多分執事も職業の能力の1つ……ってことなんだろうな?
そして審判の合図で試合が始まって10分。メイズ君が顔を抑えて地面に蹲った所で決着がついた。顔が溶けている。
第8試合ミイナ・グランヴェルの勝利。
[準々決勝第1試合]
ビビット・サライラエ VS サラリナ・ウィンテスター
[準々決勝第2試合]
エフリア・ウェイド・ミラリア・ルフ VS ガウル・ウルフガンド
[準々決勝第3試合]
シュラ・ミミアリア VS ヴァレア・グーディリア
[準々決勝第4試合]
アイファ・ディ・スレイン VS ミイナ・グランヴェル
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