第2話 仮面の奴隷商と第一皇子

重厚な音と共に謁見の間の扉が閉まった。


今日は帝城からの召喚で皇帝陛下から直々に勅命が下った。

その内容は今年の悪天候による農作物の不作によって困窮した陛下の直臣の男爵領の農村へ、口減らしのための奴隷の出張買い取りだ。


農村の村民たちは苦渋の決断をして、領民のために奔走していた領主である男爵に嘆願したそうだ。


男爵と陛下は帝都の学園で同期の学友同士で親しかったらしく、息子同士も同じく、学園の同期の親友らしい。


謁見の間で対面したーー隠居した俺の父と同じ位の年齢のーー件の男爵は自身の息子と同じ位の年齢の俺に対して、躊躇なく己の不甲斐なさへの悔し涙を流しながら頭を下げてきた。


俺が治めて食糧事情も安定している公爵領・・・はその男爵領と隣接していることもあって、俺に白羽の矢が立ったのを理解した。


俺は扉が完全に閉まったのを確認してから、懐から外していた翡翠の仮面を取り出して着け、控室で待っている妻エクリナと従者達の元へ向かった。



※※※


エクリナ達と合流し、簡単な打ち合わせをその場で終え、男爵領への出張の準備のために従者達は先行して城を発ったため、俺とエクリナだけになった。


エクリナは元々、帝国と敵対し、現在は同盟国となった国の姫将軍だった女傑で、その国の現国王の姉。逆臣と野心的な一部の帝国貴族の陰謀で、父である先王を謀殺された上に、陥れられて王妃と弟の王子ともども、逆臣達の性奴隷にされそうになっていたところを俺が助け出した過去がある。そのときに帝国に亡命して、逆臣達に復讐するため、俺と特殊奴隷になる契約を交わした。


紆余曲折あって、エクリナは先王の無念を無事果たして、王位を弟に渡し、俺と共に歩んでくれることを選んでくれて今がある。うちの戦力の最大戦力の筆頭はエクリナで、元姫将軍だったのは伊達ではなく、文武に秀でて、文字通り公私に渡って俺を助けてくれている。


不意に耳が不快な音を拾ったみたいだが、気のせいだろう。一瞬足を止めたが、俺はすぐに歩き出した。すると、廊下を忙しなく駆ける大きな足音と不快な声が耳に届いた。


「アルド・エレイソン! 無視をするな!!」


「おや? 雑音が聞こえたかと思えば、アルサル第一皇子殿下ではないですか。皇帝陛下より拝命した勅命を果たすための準備に先を急いでいる私達に一体どのようなご要件ですかな?」


走ってきたため、肩を上下させる私と同じ金髪の皇子にそう慇懃に答えたが、


「エクリナ嬢とお前の店でモノ扱いしている奴隷達を解放し『お断りします』!?」


貴族として、遠回しに「俺はこの国で一番偉い皇帝陛下から直々に仕事をもらって、その準備のために急いで帰るところだから、くだらないことで邪魔をするな(=意訳)」と言ったことが理解できていない、俺と同じ歳で誕生日が数日しか違わない、馬鹿殿下は意味不明なことを大声で喚きだしたので、俺は割り込んで即答した。


「エクリナとはお互い同意の上で、更に、皇帝陛下とエクリナの実家のお許しを得た上で、正式に婚姻を結んでおりますし、私の店の奴隷達を解放して、どうするのですか? そうおっしゃるということは、既にアルサル殿下が彼等全員の住む場所と今後の食事の手配も終えてていらっしゃるという事ですよね? 本当に全て済ませていらっしゃるのですか? もっとも、私が殿下の命令に従う道理は微塵もないので、お断りします」


睨みつけてきたアルサルに俺は冷笑を浮かべてそう返した。


「お前は帝国の貴族だろう?」


「ええ、私、アラド・エレイソンはシヴァ帝国の帝室御用達奴隷商人であり、上位大貴族の一角であるエレイソン公爵家・・・の、僭越ながら、現当主を務めています。ですが、私が忠誠を誓っているのは、あくまで現皇帝陛下であって、第一皇子であるアルサル殿下ではないのですよ!」


冷笑と共に俺は考えの足りていない第一皇子アルサルの問いかけに当然の答えを返した。


更に付け足すと、公爵領で隠居生活を満喫している父と共に熱愛の続いている俺の母親は現皇帝陛下の実妹。アルサルと俺は従兄弟同士で、中枢貴族しか認識していないが、帝位継承権第1位はアルサルだが、第2位は俺だ。


皇帝陛下夫妻と俺の両親の仲は円満で、陛下夫妻はアルサルの弟ができても帝位継承権第2位は俺であると中枢貴族に根回しして、第二2皇子をつくった。


俺は帝位に全く興味はないのだが、未だにアルサルが皇太子ではなく、第一皇子のままであることから察せる通り、アルサルは皇太子と認められていない上に、予備である俺が数年前に終えた皇太子教育を未だに修了していない。


不意に、追い付いてきたアルサルの側近達――幼少時代からの取り巻き共――の1人がアルサルに耳打ちすると、アルサルは不機嫌そうに舌打ちするとともに


「おぼえていろ! 貴様!!」


俺に罵声を浴びせて、肩で息をしている者もいる側近達を引き連れて足早にその場を去っていった。


「畏れ入ります。アルド公爵様、エクリナ公爵夫人様、我が主の皇太子妃殿下からお話があるそうです」


奴等と入れ替わりにやってきた顔見知りの皇太子妃殿下付きの侍女がそう告げた。


エクリナの顔を見ると、彼女は笑みを浮かべて頷いたので、俺達はその知り合いの侍女、アンナの先導で、皇太子妃の待つ部屋へ向かった。

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