仮面の奴隷商人アルド

@RyuseiTurugi

第1話 シヴァ帝国の奴隷事情と奴隷購入初心者

開店してから昼食時を少し過ぎた頃に帝都の一角にある帝室御用達奴隷商エレイソン家の店の前に1人の青年が立っていた。


宮廷魔術師達がまとうローブよりも実用性を重視したデザインのローブを纏っていて、奴等の特徴でもある特有の雰囲気―――人を見下して、相手のあらを探すのに余念のない暗い眼差し―――が全くない。宮廷で見た覚えもない顔だから、おそらく、冒険者なのだろう。


顔のつくりは可もなく、不可もなく。黒髪にも見える濃い緑色の髪を短く揃えている中肉中背のその青年は、その見た目に反して大きな謎の存在感を感じさせていた。


「失礼ですが、当店の商品、奴隷をお買い求めの方でしょうか?」


商売柄、頻繁に大勢の顧客が出入りする店ではないが、彼をこのまま放置していると、なにか良からぬことが起きそうな妙な不安に駆られ、俺は軒先に出て声をかけた。


「はい。ああ、すいません。奴隷を買おうと思ったのですが、なにぶん初めてのことなので、どうすればいいのか分からず、考え込んでしまっていました」

苦笑いを浮かべながら、私の問かけに青年は頭を下げてそう返してきた。


「お時間に余裕がおありで、よろしければご案内しましょうか? ああ、値段にピンキリありますが、奴隷はそれなりに値がするものです。それから、失礼ですが、身元を証明するものはお持ちですか?」


彼のまとう誠実そうな雰囲気とその返答に好印象を抱き、今後長い付き合いになる良客の気配を感じとって、思わず俺は案内を申し出ていた。


「ありがとうございます。この後は特に予定がないので、案内をぜひお願いします。身元を保証するものについては、こちらの辺境伯閣下から一筆いただいたものがあります」


人懐こそうな笑みを浮かべて青年は懐から辺境伯家の家紋が押された手紙を取り出して、渡してきた。


「……確認しました。ありがとうございます。失礼しました。それではこちらへどうぞ。店内にご案内致します」


辺境伯家がこの青年の身元を保証する内容が書かれた手紙を速読、確認して返し、俺は青年を店内に招きいれた。


※※※


「さて、お客様はどのような奴隷をお買い求めでしょうか?また、この帝国の奴隷について、どの程度ご存知でいらっしゃいますか?」


応接室にある椅子に机を挟んでお互い座った状態で俺は彼に問いかけた。


商談なので、相手のニーズの把握は必須事項だ。また、よくトラブルの元となる”奴隷”に関する誤解の芽は早いうちに摘み取っておくに限る。特にこのシヴァ帝国は奴隷を使って、前身のルドラ王国から大躍進したという歴史があり、周辺の同じ奴隷を扱っている国々とは奴隷の扱いに関して、大きく違っている部分がある。


「田舎育ちで、魔術の研究ばかりしていたので、奴隷のことについては全く知りません。今回奴隷を買おうと思ったのは研究に没頭するあまり身の回りのことを疎かにしてしまうので、その世話を頼むためです。あと、研究している内容に関しては機密性が高く、今の所、拠点を持っていない冒険者でもあるので、使用人を雇うのは向いていないと思ったからです。奴隷について教えてもらっていいですか?」


全てを語っている訳ではないが、彼が嘘を言っていないことは身に着けている魔導具の反応からわかった。


「畏まりました。まず、奴隷ですが、広義では各々の理由でモノもしくは労働力として扱われるヒトのことを指しています。大別すると3つに分けられます。

まず、1番奴隷の中で多くの割合を占め、自身を買い戻す・・・・ことができる“借金奴隷”。次に、文字通り重罪を犯した罰として奴隷に落とされた“犯罪奴隷”。

そして、前者2つとは異なり、特別な事情で奴隷扱いされる存在の“特殊奴隷”の3つです」


1つ目の借金奴隷の多くは不作などで苦しむ農村の口減らしや没落・散在による借金の支払い困難等を理由で奴隷落ちした場合が多い。シヴァ帝国では法で、借金奴隷は奴隷として働いて稼いだ一部が自身の資産として認められ、買い主の合意と規定の額を然る場所へ支払うことで奴隷身分から解放されることが認められている。


他の国の殆どではこの奴隷の復権の買戻しは認められておらず、完全にモノ扱いで使い捨てにしても買い主が責められることはまずない。対して、シヴァ帝国で奴隷は帝国の『人財・・』でもあるため、基本的に奴隷の使い捨ては法で規制されている。また、買い主は奴隷の衣食住を保障することが帝国法で義務付けられている。


2つ目の犯罪奴隷。これは死罪に相当するかそれ以上の重罪を犯した犯罪者がなるもので、帝国の人財ではあるが、使い捨てにしてもそれを咎める法はない。

そもそも犯罪奴隷になる罪人の多くは国家転覆を計画した反逆者や盗賊や山賊等の犯罪者。


犯罪奴隷の中には死刑ですら生温い輩も少なくなく、男であれば危険な魔物が出没する場所の使い捨て戦力。女であれば過酷な労働場所へ慰安目的で送られることもある。


そんな犯罪奴隷の常連優良顧客の多くは貴重な金属が採れるが、危険な有毒ガスが大量発生する鉱山を領有している上位貴族達で、犯罪奴隷落ちが決まった犯罪者達がその鉱山に送られて、そこから出てきた者はいない。


3つ目の特殊奴隷は前者2つとは異なる事情で奴隷として扱うことになった者達で、販売する場合も異なり、いくつかの個別条件があって、それを満たせなければ販売を断っている。


特殊奴隷の一例として、戦闘で捕虜となった貴族の将官がなることがある。通常、戦後の和平交渉で、母国が捕虜の身代金を支払うことで、その貴族の将官は国に送還されるのだが、母国が身代金の支払いを拒否したりすると、捕虜となっていたその貴族の将官は特殊奴隷として扱われることがある。


その関係で帝国での特殊奴隷は奴隷の中では借金奴隷よりもヒト扱いされる場合が多く、中には条件を満たした上位貴族に客将として迎えられている場合もあった。


「ふむふむ、なるほど、私の場合は借金奴隷と特殊奴隷から買わせてもらった方がよさそうですね」


説明を聴いた青年はそう返答した。


「注意事項として、犯罪奴隷を除き、奴隷への性行為は合意がなければ、犯罪になるので注意してください。それから、奴隷は帝国に奴隷の代金を支払う『完全買い取り』をしない限り、国外へ連れ出すことは帝国法で禁じられています。もし、故意に「完全買い取り」をしないで奴隷を国外に連れ出した場合は指名手配されて、捕縛後に奴隷共々犯罪奴隷落ち確定なので十分注意してください」


そう注意すると、青年は青い顔をして頷いた。


※※※


その後、店内の販売可能な奴隷の全てを見て回った青年は条件を満たした特殊奴隷1体と廃棄処分寸前だった瀕死で病気持ちの借金奴隷1体を「完全買い取り」で、諸々の手続きと帝都の一等地で高級住宅を2軒建てられる完全買い取り代金の支払いを手持ちの現金で、その場で支払い終え、店を後にした。


「あれ? 御主人様、いつも着けている仮面はどうされたのですか?」


俺が「完全買い取り」で帝国から買い取り、妻にした長い金髪と翠眼のハイエルフの美女、エクリナは俺がいつも必ず着けている翡翠の仮面を外して、店先に出て客を見送っていたことに驚いて尋ねてきた。


「さっきのお客様にはこの仮面は外して話さないといけないと思ったんだ」


そう言って俺、アルド・エレイソンは懐から、先祖代々伝わる翡翠でできている竜を模した顔半分を覆う仮面を取り出して着けて、エクリナを伴って自分の執務室へ戻った。

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