めがね

朝昼 晩

最高のめがねキャラになれるメガネ

「ついに完成したぞーーーー!」

 学園のとある教室で、一人の少女が声を上げる。

 彼女の名は葉加瀬博子はかせひろこ。ボサボサの黒髪で身長が低く、レンズの厚い眼鏡とサイズの合っていない白衣を身に付けている。見た目からもわかる通り天才。学園から、彼女専用の教室が設けられるくらいな頭脳を持っている。

 そんな教室には、博子の他にもう一人いた。

「何が出来たの、ひろちゃん?」

 博子を親しげに呼ぶ少女は黒屋愛美くろやまなみ。艶やかな長髪は金に染められ、身長が高くかなりのモデル体型。制服を改造し、胸元から綺麗に焼けた肌を見せる彼女は、誰がどう見ても黒ギャルと言える。

 まるでタイプが違う二人だが、彼女達はかなり仲のいい幼なじみである。故にこうして、博子の許可無しでは入れない教室で、愛美はくつろいでいるのだ。

「ふっふっふ、これだよ!」

 愛美は、博子の作った物を見る。

「これって、眼鏡?」

「ただの眼鏡じゃないよ!」

 くるくると回りながら、博子は大袈裟に掲げた。

「これは、『最高のめがねキャラになれる眼鏡』さ!!!!」

「…………最高のめがねキャラ?」

 首を傾げる愛美に、博子は眼鏡を渡す。

「とりあえず掛けてみて!」

「う、うん」

 戸惑いながらも、おそるおそる装着する。

 すると、

〖眼鏡の装着を確認しました。対象のスキャンを開始します〗

「うわっ!」

 機械的な音声が鳴り、ピピピッという音がしばらく続いた。

 それが終わると、今度はレンズから空中に、愛美の姿が投影された。

「え、すご! これ私?」

「そう! だが、驚くのはまだ早い。まなちゃん、髪型を変えてもいいかい?」

「いいけど……」

 博子がホログラムに触れ、なにやら操作する。すると愛美の髪型が、ストレートのロングから三つ編みに変化した。それだけではなく、金色から黒色にまで変わっている。

「ええっ、私の髪が!?」

 見れば、投影された愛美の姿と同じになっている。

「ひろちゃん、何これ!?」

「それがその眼鏡の力さ。これを掛けた人の姿を自由に変化できるんだ。まあ、見た目だけだけどね」

「元に戻るよね!?」

「もちろん!」

 その言葉に、愛美はひとまず安堵する。

「でも、なんでこんなの作ったの?」

「それはね、まなちゃん、君を私の理想の眼鏡っ子にするためだよ!!」

「……え、ひろちゃん、眼鏡っ子好きなの?」

「うん!」

 博子はとてもいい笑顔で頷く。

「そ、そうなんだぁ……」

 十年以上一緒にいて、初めて知る事実。それに愛美は、少しだけショックを受けた。

「まなちゃんはすごい美人だし、とてもいい眼鏡っ子になれると思うんだ。ほら、眼鏡っ子が眼鏡外すと美人だったりするだろ? あれって元が美人なんだから眼鏡掛けてる状態でも美人つまり眼鏡っ子は最初から眼鏡外す必要無いんだよまあでも私は眼鏡外したら美人だったり強くなったりする展開も嫌いじゃないんだけどやっぱり眼鏡は着けててほしいっていうかそれが一つの魅力だからあんまりデメリットみたいに扱ってほしくないんだよねつまり至高の眼鏡っ子っていうのはね」

「ああっ待ってストップストップ! わかった、わかったから!」

 あまりの早口に頭が追い付かない。褒めてくれたのは嬉しいが、そんな気持ちにも浸れなかった。

「とにかく、これで私がいろいろ変身すればいいってことね?」

「そういうこと。まあ、体型までは変えられないし、軽いコスプレみたいに思っといて」

 そう言うと、博子はホログラムの操作を始める。

「さぁ、実験スタートだよぉ!!」

 嬉々として幼なじみの姿を変えていく彼女の様子に、愛美は一抹の不安を抱えるのだった。


「まずは王道の委員長風眼鏡っ子! 三つ編みがよく似合うねぇ!」

「肌の色も変えられるんだ~。確かにこういう格好した子、アニメとかで見るかも」

「でも、そこはかとないコスプレ感……。まなちゃん、顔整い過ぎじゃない?」

「そ、そんな褒めないでよ」

「それに委員長はこんな体細くない! 運動してないんだから、もっと脂肪が着いてるはず!!」

「偏見過ぎない?」


「次は女上司風眼鏡っ子! ハイヒールで踏まれてぇ~!」

「ひろちゃん、そんな感じだったっけ……? というか、これは『眼鏡っ子』って感じじゃないかも」

「しかもまなちゃん、おっぱいも大きいから、なんかそういうAVみたい」

「ひろちゃん?」


「続いては後輩風眼鏡っ子! 先輩について回るかわいいヤツ!」

「似合わない」

「ま、まなちゃん?」

「鏡見なくてもわかる。私には絶対似合ってない」

「そ、そんなことないよ! ほら、ちょっとでかい盾持ってみて!」

「なんで盾?」


「次は近所に住んでるやさぐれたお姉さん風眼鏡っ子! たぶん漫画とか描いてる!」

「なんか紹介雑。てか、こんな人実際いるの?」

「そんなこと言っちゃうと、他も全部怪しくなっちゃう……。にしても、やっぱりなんかAV感がすごい……」

「ひろちゃん?」


 実験を始めてから、数時間が経過した。

「ダメだぁ~、これも違うぅ~」

 博子が頭を抱え、床に寝転がる。傍らには、すっかり見た目の変わった愛美。

「青肌全身タトゥーサキュバス眼鏡っ子でもなぁ~い」

「うん、だいぶ攻めてるよね」

 あまりの尖った性癖に、愛美は若干呆れる。

 ちゃんと元に戻れるだろうか?

「……そもそも、ひろちゃんはなんで私の姿を変えたいの?」

「え」

 これは、実験中ずっと気になっていたことだった。博子がノリノリだったので、聞き出せずにいたのである。

「私が黒ギャルなの、そんなに嫌?」

「ち、違うの! そうじゃなくて……」

 否定するが、その先の言葉が続かない。

「……もういい、一旦リセットしよ」

 愛美はそう言うと、ホログラムに手を伸ばし、リセットボタンを探す。

 その時。

「あ、ちょっとまっ」

 ポチッ

 ビーッ! ビーッ! ビーッ!

「えっ、 なになになに!?」

「自爆スイッチだ!」

「はぁ!? なんでそんなの作ったの!?」

「発明家としてのロマンだよ! ほら、『ポチっとな』って言ってみたいじゃん!」

「それはわかるけど自爆スイッチじゃなくてよくない!?」

『爆発まで、10秒』

「「ひっ!!」」

 急な展開に頭が混乱する。まずい早く逃げなくては、でもいったいどこに、いや待てそもそもこの格好のままはまずい!

「仕方ない、その眼鏡を外に投げるんだ!」

「で、でも私の格好!」

「外せば戻れる!」

「本当に!?」

「……たぶん!」

「おいコラァ!」

『残り5秒』

 ダメだ、時間がない。

 ここは博子の言葉を信じ、眼鏡を外す。

 教室の窓を開け、全力で放り投げる。

「ええいままよ!」

 投げられた眼鏡は放物線を描き、距離が離れるごとに愛美の姿が元に戻る。

『……2……1……0』

 ボガァァァァン!!

 眼鏡が頂点の位置になると同時に、それは爆発した。

 あまりの規模の爆発に、まだ学園に残っていた生徒や先生達が注目する。

 愛美はそんな光景に呆然とする。

「ま、まなちゃん」

「……ひろちゃん」

 二人はお互いに近づき、両手を繋ぐと、へなへなと座り込む。

「「こ、怖かったぁ~」」

 愛美は心の底から安堵し、博子はもう二度と自爆スイッチは着けないことを誓った。


 その後、すっかり暗くなった帰り道を、二人は一緒に歩いていた。

「いや~、怒られたね~」

「そ、そうだね」

 愛美の後ろを、博子は俯きながらついていく。大好きな幼なじみを危険に晒しただけでなく、説教にも付き合わせたことを、申し訳なく思っているのだろう。その足取りは、とても重い。

「あのね、まなちゃん」

 だから、せめてもの償いとして、彼女は愛美の疑問に答えることにした。

「私ね、怖かったの」

「え、爆発が?」

「それじゃなくて、その、見た目の話」

 博子の真面目な雰囲気に、愛美は茶化すのをやめる。

「まなちゃん、高校生になってからその見た目になったでしょ? 前までは普通だったのに、急におしゃれになって、もともと綺麗だったから、当然人気者になって」

「…………」

「遠くに行っちゃいそうで、怖かったの」

 ずっと隣に居てくれた親友。そんな彼女が別人のようになり、まるで自分が一人になったように錯覚した。

「だから、二人きりの時だけでもいいから、私が落ち着く姿になってほしかった」

「……そっか」

 でも、結果は上手くいかなかった。どんな姿の愛美を見ても、博子の孤独感は消えなかった。

「ごめんなさい、まなちゃん。もうこんなことしないよ」

「……ひろちゃん」

 愛美がくるりと振り返り、立ち止まる。

「私がなんで黒ギャルになったか、わかる?」

「え、えっと……」

 今まであったことを必死に思い出す。だが、どこにも黒ギャルに繋がるヒントはなかった。

「ごめん、わからない……」

「あはは、だよねー」

 彼女は、少しだけ悲しそうに笑う。

「昔ね、一緒にファッション雑誌見た時にね、ひろちゃんが黒ギャルのモデルさんを指差して、カッコいいって、まなちゃんなら似合うって、言ってくれたんだ~」

 博子にとって、忘れてしまうくらいの日常。しかしそれは、愛美の中でとても大きいモノになった。

「中学は校則が厳しかったから、高校で絶対ギャルになるって思ってた。でも、ひろちゃんが嫌なら」

「ち、違うよ! 嫌じゃないの、嫌じゃなくて、何て言うか、その……」

 全然言葉にできない。ただ漠然と、モヤモヤとした感覚が心に蔓延っている。

「あ、そうだ!」

 すると、愛美が声を上げる。

「ひろちゃん、さっきの眼鏡まだ持ってる?」

「あ、うん、あるけど」

 説教を受けた後、こっそり回収していた。レンズは粉々になっているので、機械としても眼鏡としても機能しなくなっているが。

「ちょっと貸して! ……って、フレームだけ綺麗に残ったんだ。何で出来てるの、このフレーム」

「……企業秘密」

 借りた眼鏡を掛け、スマホで顔を確認する。

「うーん、色がちょっと違うかなぁ。ね、ひろちゃん、どう?」

 そう言って、博子に微笑みかける。

 銀色の無骨な眼鏡を掛けたその少女は、街灯の下で照らされ、いつもより輝いて見えた。

「あ」

 そこで思い出す、かつての彼女を。

 それはまさに、黒髪の

「………………好き」

「えっ!?」

「へぁ!?」

 思いがけないその言葉に、言った本人ですら頬を赤らめる。

「ち、違っ、違くて! いや違わないんだけどっ、その、あぅ」

「ふ、ふぅ~ん。ふぅ~~~~~ん」

 片方はわたわたと焦り、もう片方は髪を撫でながらくねくねしている。

「………………」

「………………」

 そしてしばしの沈黙。

 永久に思えたその時間を破ったのは、博子の手を握った愛美だった。

「ふぇっ!?」

「えへへ」

 優しく握り、引っ張るその手からは、愛美の想いがじんわりと伝わってくる。

「ほら、早く帰ろう?」

「……うん!」

 確かな安心感から、博子は大きく頷く。

 黒ギャルと白衣の天才。

 どうやら二人にとって、お互いが『最高のめがねキャラ』になったようだ。


「ところで、なんかこれ親子みたいじゃない?」

「誰が人妻ギャルじゃ」

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めがね 朝昼 晩 @asahiru24

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