めがね②。~ 就職支援研修 ~

崔 梨遙(再)

1話完結:約1700字。

 10年以上前のお話。僕は、研修会社で講師の仕事もやっていた。あの頃は、フリーのコンサルタントだったので、いろいろな仕事をやっていたのだ。いろいろ、兼業していた。僕は研修を受講するのも好きで、前に出て講師をやるのも好きだった。研修の講師は好きな仕事だった。好きなことをやってお金をもらえるのは幸せだ。


 その研修会社には、1年半くらいお世話になった。2年かな? まあ、そのくらいの期間だ。本当は、もっと長くやりたかったのだが、その研修会社が倒産したので、そこで契約が打ち切りになった。もっと続けたい仕事だった。


 で、その研修会社にはいろんなコースがあった。若手(20歳~30歳くらい)向けの就職支援研修、主婦層(26歳から40歳くらい)向けの就職支援&ビジネス研修、男性の多いビジネス研修などがあった。1クラスあたり、大体10人くらい。僕は、その3種類の研修を1回ずつ担当した。期間は、1種類半年間。だが、最後のビジネス研修は1年くらいだったので、やっぱり2年近くお世話になったのだろう。“だろう”というのは、最後、倒産の際に後始末を手伝ったからだ。最後は、もう研修講師ではなかった。


 最初に担当したのは、若手向けの就職支援研修。基本的なビジネスマナーから教える。会社でやっている新入社員研修のような内容も多かった。名刺の受け取り方や、報連相、電話応対、ディベート、履歴書の書き方、職務経歴書の書き方など、懐かしく思われる方もいらっしゃるのではないだろうか?


 そのクラスの、最年少の二十歳の女の娘(こ)。名前は竹原小春。眼鏡っ子。その女の娘は、多重人格ということだった。なので“小春ちゃんには気を付けて!”と上司から言われていた。確かに、変だった。喜怒哀楽が激しいとか、そういうレベルではなかった。明るく素直な日、トゲトゲしく皮肉屋な日、全く喋らない日、僕が喋れないくらい雄弁になる日、毎回、キャラが変わる。4つまでキャラを把握したが、多分、人格はもっと多かったと思う。研修中に人格が入れ替わることもあった。だが、“気を付けろ”と言われても、どう気を付ければいいのか? わからない。


 小春は背が低かった。150センチあるかないか? だった。その分、顔も小さく華奢なのでスタイルは悪くないが、そのロリっぽさがオッサンのスケベ心をくすぐるらしく、よく痴漢にあうということだった。


 或る日、不機嫌そうに入室して来た小春は、荷物を置く前に愚痴った。


「崔さん、今日、電車で痴漢にあったんですよー!」

「それは災難やったね、大丈夫? 気分が悪かったら休んでてもええよ」

「いや、どうせするなら、ちゃんと最後までしてほしかったですー!」

「え、最後までって?」

「私が満足するまで」


その時、“やっぱり、この女の娘、変わってるなー!”と思った。


 何がおかしいのか? いつも笑っている26歳の同じクラスの女性の妙子が、事務職で就職が決まった日、小春はトゲトゲ人格だったので、


「何がおかしいねん、なんでいつもヘラヘラ笑ってるねん、キモイんじゃ!」


と、妙子と真正面からぶつかった。あの時はなだめるのに苦労した。研修中、喧嘩、口論の仲裁に入るのも僕等の仕事だった。ちなみに、研修会社の登録を抹消して事務員として就職した妙子は、2日でクビになったらしい。2日でクビになるなんて、初めて聞いた。いったい何をやらかしたのだろう? わからない。


 そんな或る日、小春が倒れた。というよりも座っていられなくなってソファーに寝転がった。目眩がするらしい。何度も、とは言わないが、何度かそういうことがあったので、僕はその状況には慣れていた。だから、家族に電話して迎えに来てもらえるようにした。迎えが来るまで、ソファで横になっていた小春が寝返りをうつので、眼鏡のフレームが曲がらないように、僕は、


「竹原さん、眼鏡のフレームが歪むから眼鏡を外すで」


と言って、小春の眼鏡を外してテーブルの上に置いた。


 やがて、家族が迎えに来た。


「竹原さん、ご家族の方が来たでー!」


と言ったら、


「俺を呼んだか?」



 眼鏡を外したら、また新しい人格が出て来た。今度は男性のようだった。







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