聖女リアナの眼鏡

プロ♡パラ

第1話



「おい見ろよこれ! 『聖女リアナの眼鏡』だってさ! 聖女リアナさまって眼鏡をかけていたんだな。知らなかったよ」

「馬鹿かお前。解放戦争の時代に、眼鏡なんてないだろ」

「へ? ……じゃあ、これはなんなんだ?」

「あの馬鹿な専制者がつかまされた偽物だろうさ。御用商人の誰かがうまく口車に乗せて高く売りつけたんだろ。なんて愚かな浪費だ! まさしく、人民の敵に他ならない……」

 代々のオルゴニア皇帝は、聖遺物や美術工芸品等の蒐集家として知られていた。その所蔵品は、宮廷の奥深く、限られた者のみが立ち入りを許可された冷暗な宝物庫に展示されている。

 しかし今、皇帝は失脚し、帝都は完全に共和派の手に落ちていた。

 

 聖女リアナの眼鏡を手始めに、聖女エレインの兜、聖女カーロッタの杖、聖女ルースの首飾り──聞いたこともない突飛なものから、一方で説得力を感じさせるようなそれらしいものまで、とにかく宝物庫の中には物が大量に収められていた。

 玉石混交といった感じだな、と共和政府の調査官は宝物庫の中を眺めて思った。分類して運び出すだけでも一苦労だ。その上こうも、多岐にわたっていては、すべてを鑑定し終えるまでに、途方もない時間がかかるだろう。

 とはいえ、いまやこれらはすべて人民の財産──もとい、共和政府の正統な分捕り品である。

 すべては、革命のために役立てられなければならない。

 手前から順に探していてはらちが明かないな、と調査官は立ち上がった。もっと、奥の方だ。本命を探さなくてはならない。絵画だ。それさえあれば、残りはみんな、おまけみたいなものだ──

 探し物は、やがて見つかった。

 その絵画は宝物庫の最も奥まったところで、一種祭壇のような形式で展示されたいた。

 それは『六人聖女原画』の一つ、『聖女リアナ原画』だった。──解放戦争時代に作成されたといわれている『六人聖女原画』は、それまでの美術様式とは隔絶した写実性と表現力によって描かれた、六人の聖女の図像である。もとは一枚の巨大な絵画だったのが、歴史の中のいずれかの時点で描かれている聖女ごとに分割され、それぞれ異なる所有者の手に渡っている。そのひとつひとつが歴史的、宗教的、そしてなにより美術的に計り知れない価値をもっており、ひとたびでもその所有者となった者は、未来永劫、歴史にその名を刻まれることになる、といわれている。

 なるほど美しい絵画だ、と調査官は感心した。これが解放戦争の時代に描かれたものだとは、驚くべきばかりだ。額縁の中に、まさに聖女が封印されているかのようだ。聖女リアナが、すぐそこにたたずんでいるかのような存在感を持ち、絵の中からこちらに向かって微笑んでいる──。

 しかし、それは所詮、絵画だった。価格を付けられないほど価値があるものだとしても、それに価値を付けて、売り払ってやらなくてはならない。いままさに、人民は苦しんでいる、人民は飢えている。絵画では腹の足しにならない。だから、この宝物庫の中にある他の雑品と同様に、売り払わなくてはならないのだ。

 そこでふと、調査官はあることに気がついた。聖女リアナ原画の隣に、もう一つ、絵画が飾られている。

 並んである二つの絵画を見比べてみれば、一見してそれらはよく似ていた。

 調査官の頭の中には一瞬、奇妙な考えが浮かんだ。

 ──もしかしてこれは、もう一つの聖女原画だろうか?

 いや、そんなわけがない、と彼はすぐに思い直す。現在、六人聖女原画は全て所在が明らかになっており、他の五つは全て別の場所で保管されている。だからこの場に、聖女リアナ原画の他に、もう一つの聖女原画があるわけがないのだ。

 聖女原画は、作成された当時から盛んに模倣されてきたのだ。きっと、このもう一つの絵画も、そのようにして作成されたものなのだろう。

 それに、よく見てみれば、その絵画に描かれているのは、六人聖女のどれにも似ていない修道女の姿だった。

 伝承には残されていない、修道女の姿──

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