猫目の彼女と敏感な僕 -rain-
判家悠久
-rain-
本来ならゴーグルだろうが、豊橋精密器製の粉塵保護眼鏡で、被災地支援はまかなえている。特別救援隊はゴーグルの締め付けがとよく嘆くから、最前線は労うしかない。
粉塵保護眼鏡が最低でも必須なのは、超巨大大津波で大潮を大いに被り、まだ3年経っても、粉末化した潮が舞うからだ。当然粘膜にうっかり着くと、夜には眠れなくなる。こんなシークエンス、捜索2ヶ月タームに、休暇4ヶ月タームの繰り返しで、俺たち色部藤原筋も積極的に動く。
それは今から3年前、2043年3月の関西にも雪がちらついた日に、南海トラフ大震災が起こった。具体的にいつかは、未達最大震度8級の地震が南海トラフで起こり、日本中の電子機器が止まったので、ハワイ観測所の大凡しかない。
いや、分かるだろうも、震度6級の余震が引きも切らないので、どれが巨大崩壊の決定打になったかは、そう、学術歴にも一切定かではない。それは想定の20倍の死者行方不明者数640万人にも上ったら、生き残って証言出来る方が皆無だからだ。
被災地はどこか。さあだ。西日本全体には違いない。関西臨海部は湾岸が崩壊し、浸水したまま。古代の中洲が数多と同様になる。space NEAD社の小型衛星が大集結して最大望遠したが、何かしらのデバイスが動いた計測は無かった。そう、日本国政府はトリアージとして、関西はまず放棄した。
いや関西のそれだけならばも、伊方原発は止められず、為す術なく巨大津波に押し込まれたので、垂直臨海爆発した。伊方原発の場所は、四国・中国・九州と接し過ぎている為、残らず被曝地域になった。日本国政府の支援は全く対処しようが無かったが、世界中の有志船舶会社で、中国、東南アジア、ロシアへと西日本の日本人が一時避難した。この急対応で、実は今も誰が生きているか把握出来ていない。肝入りで配布されたマイナンバーフォンも、いざ潮を浴びると二度と起動せず、廃棄袋は無駄に山積みされた。
南海トラフ大震災対策として、静岡市が機能政令都市に制定された。実はここだが、震災対策として、名古屋市が機能政令都市に制定されていたが、主家そして俺が、過去、名古屋に超巨大津波が到達するのを知っていたので、主家の兼ねてからの進言で、辛うじての対策は施されていた。
それだったら、伊方原発のメルトダウンの予知夢はだが、震源地の南海トラフより遠く、津波も防壁を幾重にも張られていた。そう、きっかけになる懸念さえなかった。そしていざ南海トラフ大震災。海底が複雑で揉まれる内に、想像し難い波状巨大津波を揉み起こし、今の伊方原発は無造作に関門海峡の流れの底にある。
まあ、主家は万能ではないし、世の中の予知能力者の脳の許容量を超える事は、流石に察する事は出来ない。どうしても、神の采配はある。
そうこうで西日本は、厳密に言えば、紀伊山地のその連なりから京都に伸びて、以西は、30代以上しか脚を踏み入れる事が出来ず、連結諸条例で厳しく規制されている。これはとても悲惨な話だ。
西日本は未復興地に設定されてしまったが、その境界線の和歌山・三重・愛知は整備しないと、いつか半減期を迎える西日本への交通網を張れない。その為に斥候復興隊が連絡網前線に随時送られる。何よりは、遺族関係者の願いから、3年も経つので遺骨収集が急がれた。
派遣2度目の俺達のメンバーとして。藤原一菅波家は予知の系統にして主家の御子神典善。藤原二土肥家は念動力の系統の白戸充郎。藤原三桑沢家は遠目の系統の弐瓶小峰。藤原四辻井家は身体能力の系統の蓮池丹念。藤原五烏丸家は共鳴の系統の俺祝延太喜雄の五人衆。成果は、悲しいが思った以上に遺体遺骨を発見している。
そして今回の探査地域は三重県津市になる。南海トラフ大震災の複雑な潮流で、伊勢湾が巨大津波に飲み込まれて甚大な被害を招いた。名古屋の解体は順調なのだが、どうにも準安全地域の三重県の復興進捗が遅い。国会答弁でも切り出されるが、担当全大臣が官僚に耳打ちされて、善処しますで放り投げる。何かが起こっている。
俺としては、害獣の大繁殖とは察しているが、主家は珍しく区切りを見つけて、そうよねと心許ない返事をする。
そしてキャンプ3日目で、念動力の系統の充郎さんが、自衛隊に引き抜かれ現地徴収された。充郎さんの念動力は、重機の一切届かない奥のその奥を捩じ切り、到達出来ない場所は無いので、俺達の遺体遺骨発見はそれに不可欠だった。
主家が自衛隊に懇願したが、かくかくしかじか。海岸沿いは未だ大型重機が入れないからピンポイントで破壊して、線にしない事には復興の為に縦断出来ないと押し切られた。
充郎さん酷使されて、流石に死んじゃうでしょうも、充郎さんは駄目なものは駄目とトリアージ出来るから死なないと、主家に諭された。それもそうか。充郎さんは分かりやすいから。
そんな感じで、残った俺達4人は探索を続ける。道筋は主家が予知夢で進路を取る。俺は逐次、思念を辛うじて拾い小さな共鳴を見とる。そして小峰が遠目で辺りを見渡し、構造物を素通し、それらしき何かを発見する。仕上げは、丹念さんがどうにか構造物を避けて、遺体遺骨に骨片を見つける。周囲にラベルらしきものがあれば良いが、無い場合は主家と俺とで協力してリーディングする。これで9割は現地建物情報からも察して、親戚が存命ならば何とか納骨出来る。ただ。
「俺思うんですけど、ここまでの思念の中に、何か生き生きしているものがあるんですけど。誰かいる、いない、限界集落情報って何処まで把握してるんですか」
「ああ、それ、私も。何かと遠目で残影見るけど、やはり誰かいますよね。やだな、また小競り合いになったら」
「それは無いな、足跡が若い。反勢力のそれではない」
「丹念さん、それいつから知っていたのですか」
「お前達が気づかないって事は、諸兄等はかなり将来有望って事だ」
「で、」
「つまり、」
「そうよ。丹念さんの見立て通り、残された子供達よ」
そう言えば、南海トラフ大震災は、全てがシャットダウンし何が起こったか分からず、兎に角大避難の号令だったので、肉親がてんでバラバラになった。
今でも探していると、親側から切に早朝の捜索願い番組が流れているが、その大凡は死亡しているとが、マスコミの言わぬ調べだ。
しかし、子供が生きているとすれば、捨てた親の元に行くだろうか。今日食べる米が1/3になったのに、養いきれると、子供側でも思いもしないだろう。
そして丹念さんが仕込むぞで、日暮れ前から、辿り着いた定点宿営地五号31で、ストックされたカット野菜でカレーを作る事になった。ただ、丹念さんは何を思ったか、大定食屋から大鍋を拝借して、そして自前の、何をそんなに背負って来たの、ええそれかのターメリックを解放して、軽く200人分を煮込み上げる。
「丹念さん。ここ、そんなに長居するんですか。いやー、早春でも一週間カレー持ちますかね」
「太喜雄、今に分かるさ」
まあいいかだったが、カレー、カレー、カレー、カレー、の若いどよめきの共鳴が来る。えっつ。そして小峰が、粉塵保護眼鏡を外し、遠目でぐるり見渡し、酷く動揺する。丹念さんは、意も介さず丁寧に大鍋をかき混ぜ、カレーの濃度をグッと上げる。ジャガイモの甘さがやたら引き立つなの間に、主家が野外炊具2号誉で米飯の炊き上げに入っている、ああその蒸気は、どうしても200人分か。この夥しい共鳴は数多でも、ちょっとはおかわりしても良いと思う。
そして、その時が来る。本名かどうか分からないが霜山亜湖と名乗る17歳のリーダーが、仏頂面でカレーライスを下さいと、プラスチック皿を抱えた全子供達総勢187名でご相伴にあやかりに来た。充郎さんに変わって、俺こそが、ジョークの一つ言うべきだろうが、苦労してるなで涙しか出なかった。
かくして、定点宿営地五号31は、本格派カレーの出来栄えもあって、子供達の歓喜の声が連なった。不意に、対面する亜湖の顔を窺いながら。
「それだったら、東日本に来ればいいのにな」
「いいえ、皆わかってるんですよ。ここにいる子供達は、親の3/4に見放されたって」
「亜湖さんさ、それ日本国政府の生存者情報DBにアクセスしてから、言いなよ」
「太喜雄さん、子供だからってなめないで下さい。農作物の自作、淡水魚の養殖、放置された自動車に重機はマスターしてますし、通信基地局もプログラミング書き換えてアクセス出来ます。そう知り得て、覚悟は出来ているのです。もうここにいる子供達に帰る先は、どうしても無いのですよ」
「でもさ、どうやって、先々生きていくの」
「そうですよね。明日、改めて私達のキサラギ砦に、お招きします。それを見てからにしましょう」
キサラギ砦の子供達は、綺麗に全食平らげると、深く一礼して帰って行った。
ただその晩は、想像以上の交流で、俺達4人皆寝返りを何度も打っていた。そりゃあ眠れもしないか。何故、もっと早く来れなかったのだろう。今回はそれを七重にした思いが辛かった。
そして翌朝7時。霜山亜湖一人で、さあと俺達をもてなし返しに来た。いや、と切り出そうとしたら、主家に制された。そう俺は何としても、キサラギ砦の子供達を連れて帰りたかった。
そうこうで、亜湖の案内で山辺へと上り始める。そうか、この道なりを直感で避難したんだろうなと深く察した。そして中腹に来ると、何処から資材を集めたのか、いやどこをどう器用に重機を扱ったか、大型キャンプ場が砦、そうその名に相応しい3階建てのキサラギ砦が仕上がっていた。これなら武装勢力に来ても弾き返せるだろう。
「いや、マジで凄いね」
「ええ、都合3回ばかり防ぎ切りました。ガソリン尽きれば、ただのヤンチャにすぎませんからね」
「勝てるものなのかー」
俺はよろけながら、キサラギ砦に寄りかかると、共鳴と映像が来た。皆整然と弓矢を引き、まあ射抜いてるな。これは言わぬ事だ。
そして、キサラギ砦の3階部の天守台から、声が張られる。
「あと、30分で雨が来る。皆、早く、オケを出せ、広げろ、」
その号令と共に、キサラギ砦の子供達総勢が忙しく動き回る。どうしても水か。何気に主家を見ると、俺を見てコクリと頷く。主家の見立てと、ほぼ合ってるらしい。
そして芳しい樹木の香りが立ち上がる。もう、雨はすぐそこだ。そう、大人達の手助けも無しで、キサラギ砦の子供は生きて行く術を備えている。
そうとは言え、君達には丹田さんの天辺カレーを作れないだろうけど。そこは素直に、俺達を頼っていいからは、にわか雨が上がったら、今日もまたカレーの炊き出しだろうから、俺はさも仲間ぽく言えるかな。四十路ちょい超えのおじさんの声が届けばとは誓う程に思う。
猫目の彼女と敏感な僕 -rain- 判家悠久 @hanke-yuukyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます