夜明けの晩を待っていた

蔦田

つる石

 昔、うつくしいが体の弱い姫がおりました。妻を亡くした父親はそんな娘を酷く心配し、屋敷から一歩も外に出さぬどころか離れ座敷に住まわせ、自分以外の人間とは話もさせないようにしながら大事に大事に育てておりました。

 あるとき庭に入り込んだ怪我をした鶴を娘が手当てしたと聞き、満月の晩、様子を見に行くと、そこには娘の着物の袂を嘴で咥えて放そうとしない鶴がいました。畜生の癖に娘に執心するとは許し難いと、いきなり刀を抜き斬りかかります。鶴はひらりと飛び立ちますが、そのまま逃げず動かず庭石の上に降りました。

 石の上から座敷をジッと睨むものですから、何かいるのかと思っていると天井から大蛇がぬるりと降りてくる。すると鶴は突然蛇を目掛け飛び掛かり、そのまま庭の松の木に吊るして殺してしまいました。

 鶴は石の上に舞い戻り、ゆらゆらと揺れるそれを見ていましたが、朝日と共に飛び去ってしまいました。それから、娘はみるみるうちに体調が良くなり、青白かった頬には血の気が戻り、幽玄の美しさは目の覚めるような生気溢るる美しさへと変わったそうです。

 父娘は深く感謝し、庭石をつる石と呼び、大切に祀ることにしました。後にこの屋敷は取り壊され、いつしか住宅が建ち並ぶようになりましたが、石だけはどう動かそうとしても動かなかったため、今でもここにあると伝わっています。

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