ちょっとお洒落をした日のはなし

火属性のおむらいす

第1話

髪を耳より下でひとつに束ね、分厚い眼鏡をかけて、校則どおりに制服を着るどこにでもいるような生徒。それが私だ。周りからは「地味」だとか、「真面目」だとかそんな印象がついている。幼い頃はそのせいで軽いいじめにあったこともある。今でも大人たちはいい顔をするけれど、同級生はみんな私に目もくれない。だから私はこの姿が嫌いだ。けれど、この姿は「私」のイメージとして浸透してしまっていて、今更変えることはできない。

____けれど、今日は、今日だけは違う。

休日の朝、わたしは鏡の前でくるりと回ってみせた。身にまとっているのは、奮発して買った他の子たちが着ているようなカジュアルで、大人っぽい服。髪はゆるく巻いておろしている。この歳になるまで触れてこなかったお化粧にも頑張って手を出してみた。…動画の見よう見まねだけれど、我ながら会心の出来だ。そして、目にはコンタクト。何度もお願いして母に買ってもらったものだ。目元にそっと触れる。いつもならレンズに阻まれてしまう手がすっと肌に届いた。少しくすぐったくて小さく笑う。

鏡には、いつもの私とはまるで違う、街中で見るようなきらきらした高校生の姿の私が写っていた。…よし、これなら大丈夫。

「いってきまーす!」

かわいい鞄を持って家を出る。どこへ行こうかな。近くのデパートにショッピングに行っても良いし…あ、少し遠いけど駅の近くに新しいカフェができたんだっけ。なんだか美味しそうなスイーツがホームページに載っていたし、そこにしようかな。まるでずっと日陰で閉じこもっていた時間を取り戻すかのように、私は色んな出会いに思いを馳せながら、バスに乗りこんだ。窓にはおめかしした自分の姿。誰も今の私を見て「ブス」だとか、「地味」とは言わないだろう。街ゆく人たちの目を奪う…程では無いけれど、きっとクラスの子たちとも馴染めるくらいにはなっているはずだ。ああ、お洒落は見える世界を変えるんだな。そんなことを思いながら、私はイヤホンを取り出してバスの席でひとり、好きな音楽に身を委ねた。


走ること数十分。私の住んでいるあたりとは打って変わってたくさんの建物が並ぶ駅前に到着した。お昼の時間には少し早いせいか、お目当てのカフェは空いている。ラッキー。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「1名です」

「お好きな席へどうぞ」

店員さんの爽やかな笑顔に迎えられ、私は中へ入る。やっぱり実際に見ると、ネットよりもずっと素敵に見えた。ヨーロッパ風のつくりになっていて、白い壁には素敵な絵画もかかっている。いつもならこんな場所私には釣り合わない、なんて思ってしまうけれど、今日はリラックスして楽しむことが出来る。来られてよかったな、と思いながら、私は注文したくまちゃんのアイスクリームが乗ったパフェを頬張る。甘くて美味しい。可愛いからつい写真も撮ってしまった。あとで幼馴染に見せてあげようかな。そんなことを考えている間に美味しいパフェはあっという間に無くなってしまう。暖かいコーヒーで一息ついていると、窓の外の景色が目に入った。街中には、多くの人が行き交う。特に今日みたいな休日には大勢の若者で賑わうのだ。手を繋いで歩く子供と父親、きゃあきゃあと黄色い声をあげる二人の少女、その隣で何かを夢中になって見つめている小学生…。みんな幸せそうだ。いつもなら気圧されてしまう眩しい空気も、今はしっかりと受け止められる。…きっと私自身も眩しい空気の中にいるのだろう。それが無性に嬉しかった。


コーヒーを飲み終わり、お会計を済まして外に出る。気づけばもう昼だ。頭上で輝く太陽の光がちょっと眩しい。混んできたカフェの近くから抜け出すと、ふと見慣れた姿が見えた。…幼馴染だ。彼女だけは、冴えない私といつも一緒にいてくれたんだっけ。学校が違うからちょっと会うのは久しぶりかも。…この姿を見たら、彼女は驚くだろうか。もしかすればかわいくなったねって、言ってもらえるかもしれない。そんな希望を抱きながら私は彼女に手を振った。

「おーい!かなちゃん!」

彼女はその声に気づいたのかふと顔を上げると、ぱっと笑顔になってこちらにかけてきた。

「久しぶり〜、元気にしてた?」

…そう1歩踏み出した私の隣を、幼馴染は通り過ぎて行った。

「…え?」

思わず振り返る。幼馴染の子はもう1人の、素朴な格好をした女の子と笑顔で話していた。ショックを受けて、でもどこか冷静に気づく。

____分からなかったのか。私のことが

当たり前だ。いつものような野暮ったい眼鏡もしていないし、お化粧だってしている。いつもの「私」の姿じゃないから…。

「…」

ずっと、おめかしして良い方向に変わったと思っていた。お洒落なカフェで美味しいものだって食べられたし、いつもよりも自分に自信がついたような気がしていた。

___でも、いつもの自分が持っていたものを私は失ってしまったのかもしれない。

「…かなちゃん」

小さな声で呼んでみる。幼馴染は気づかない。

そのまましばらくぼうっとしていると、突然誰かとぶつかってしまった。

「あっ…ごめんなさっ…!」

…ぶつかった相手はクラスメイトだった。

「あぁ、ごめんなさい」

クラスメイトは軽く謝って通り過ぎていく。その目は完全に知らない人に向けられたものだった。

「…。」

黙ってクラスメイトの去っていった方を見やる。彼はきっと私のことに気づいていない。

___なんだかすこし、寂しいな。

しんみりした気持ちで空を見上げ、私は歩き出す。今日はもう帰ろうか。ちょっと疲れたし、なんだかいつもの眼鏡が恋しくてたまらない。


帰りのバス、窓の方を向いて片手でひとつずつ輪っかを作って、目に押し当ててみる。

…お洒落はとっても素敵だ。けれど、いつもの自分も愛してあげようかな。

そう思った。

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ちょっとお洒落をした日のはなし 火属性のおむらいす @Nekometyakawaii

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