下町のイヲマオ

家猫のノラ

第一話

女の滑らかに紅く輝く唇から息が漏れる。

「ドゥ」

嬉しくてたまらないというように、口角が上がる。

「ポン」

男のゴクリと息を呑む音が聞こえ、女の口角は一層上がった。

「ヤ」

そう言うと同時に女は盤の側面にあるボタンを押した。

盤上に映し出された駒の一つが一度消え、少し離れたところにまた現れた。

シャヨン(草食動物。弱さや優しさの象徴となることが多い)を模った可愛らしい駒がリベア(肉食動物。獰猛)を模った駒を背負い投げた。リベアは盤上から消え、もうこの試合で現れることはない。

「くっそぉぉぉ!!」

男の情けない声が酒場に響く。夜もふけた今、客はホログラム相撲ドゥポンヤ(相撲とは違うルールも多々みられ、チェスに近いものを感じる時もあるが、私情によりホログラム相撲と名付けたい)に興じている二人しかいない。

「約束通り首飾りは貰うぞ」

元々女にしては低すぎて、その上酒にやられてガサついている。そんな声でこんなことを言われては、男の方に同情してしまうというものだ。

「くっ」

女は豪華な金の首飾りをぎっちりと掴み、その先にいる男を嘲笑った。

こうやって何度も、賭けで金品を取ってきたのだ。

「覚えておけよ!!」

首元が寂しくなった男は、芝居がかった台詞を吐きながら酒場を後にした。覚える以前に聞く気もない女は、手に入れた首飾りはいったいいくらで売れるかということばかりを考えていた。


この下町に伝わるジョークがある。

『切り揃えられた前髪と歳に不釣り合いな着方をした着物、それにパイプ。

この三つが揃ったら、せいぜい自分を取られないようにするんだな。

この下町にホログラム相撲ドゥポンヤでそいつの右に出るものはいないんだから』


貧相な家の窓からパイプの煙が空に溶けていく。

彼女の名前は、イヲマオ。

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