パブロフの犬
鷹野ツミ
パブロフの犬
預かっていた犬が死んだ。
ぼくの目の前でトラックに轢かれたのだ。元気だった姿が嘘のようだった。
「……おじさん、本当にごめんなさい」
お母さんに行ってきなさいと言われ、おじさんの家に謝りにきた。焼いて処理した犬だったものをそっと渡せば、おじさんは無表情で受け取った。
「気にしないでいいよ。さあ、上がって」
古びた床はギシギシと音を立てた。足音がうるさかった。
居間にある大きな仏壇に、犬だったものは雑に置かれた。知らない人の写真が沢山飾ってある。おじいちゃんとおばあちゃんの顔だけは分かった。
座布団に座ったおじさんの対面に、ゆっくりと座る。これから怒られるのだろうなと思うと全く寛げなかった。
「どんな風に死んだ?」
その口調は穏やかで、指で持ち上げた眼鏡のカチャという音が妙に冷たく感じた。
「えっと、トラックにぶつかって……」
横たわる犬の姿を思い出し、言葉に詰まった。道路に流れていた生々しい血が記憶の中でじわじわと広がっていく。
「顔色悪いぞ、大丈夫か。でもね、お前がリードを離したんだ。これはお前の責任なんだよ」
そうか、ぼくのせいであの子は死んだのだ。ぼくのせいだ。そう思うと涙が滲んできた。
「よし、今日はもう帰りなさい。また明日うちにおいで」
言われた通り、次の日もおじさんの家に行った。
「どんな風に死んだ?」
昨日と同じ質問だった。眼鏡のカチャという音が耳の奥をツンと刺激した。
「お前の責任なんだ。お前が悪いんだよ。分かっているのか?」
ぼくのせいだ。そう思うとまた涙が滲んできた。ひとしきり涙を流すと、また明日おいでと言われた。
次の日もその次の日もおじさんは同じ質問をした。この質問をする時、おじさんは必ず眼鏡を指で持ち上げるような気がする。カチャという冷たい音はわざとらしい程よく聞こえた。
今日もおじさんの対面にぼくは座る。
おじさんは眼鏡を指で持ち上げた。カチャという冷たい音を聞くと、涙が滲んできた。
「どうした?まだ何も言ってないぞ」
「わ、わかんない。勝手に涙が出ちゃう……」
ポロポロ零れる涙をおじさんが指で掬った。
「よしよし、良い子だね」
おじさんは何故か嬉しそうに笑っていた。
パブロフの犬 鷹野ツミ @_14666
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